第七話



「えっと、あらためまして。お礼の代わりってわけでもないんだけど、この近くにナヴィ専用の酒場兼宿屋があるって話を聞いたんだけど知らない?」

「ナヴィ専用? それってもしかしてここかな? 一応アタイが泊まってるとこなんだけど」



振り返って示すのは、セイルさんのいる酒場兼宿屋。

言われてみれば、ここの酒場には昼間からたむろしてて当たり前のはずのコドゥたちの姿はなく、人っ子一人いなかった記憶がある。

ここがナヴィのためだけの宿屋だというのなら、閑古鳥だというのも納得のいくことだろう。


何せナヴィだけで旅するなんてこと、それこそ普通じゃないからだ。

旅をするなら、必ずその従うべきコドゥがいるはずだった。

まぁ、この世界がミャコの知っているものと同じかどうかは、最早確証は持てないんだけど。



ミャコとしては、それ以前に目が覚めたらここにいたわけで。

実のところ、泊り客かどうかすら怪しかった。

と、ミャコと同じようにその建物を見つめていた黒い髪のナヴィは、ミャコの言葉を聞き終えるが早く、くるっとミャコに向き直りその手を差し出してきた。



「え、え?」


いきなりの行動にわけが分からず戸惑っていると、躊躇なくその手が近付いて、ミャコの手に触れた。


見た目以上に脆く柔らかく、そしてあたたかい手のひら。

うろたえる間もなく、ぐっと引っ張られて。

気付けばミャコたちは連れ立って宿屋の中へと入ってた。


「まぁまぁ、立ち話もなんだし、お互いの紹介も兼ねて中で話そうよ。ちなみに拒否権はありません……と言っております」


それは、喋らない黒髪のナヴィの代わりにと、肩上で器用にこっちを見上げてくる小さなナヴィの、そんな言葉のせいもあったんだろうけど……。





「おや、子猫ちゃん。帰って来たかと思えばお客さんを連れてきてくれたのかい? ほほう、これはまたべっぴんさんだ」



半ば強制的に宿屋兼酒場へと舞い戻ると。

カウンターにいたセイルさんが、感嘆の声をあげて近寄ってくる。

そして、不躾なくらいじっと、黒髪のナヴィを見つめる。

黒い髪のナヴィってなかなかいないから、気持ちは分からなくもないけど。

見られることに慣れているのか、黒髪のナヴィは負けじとセイルさんのことを見つめ返していた。

そして、なにか言おうと口を開きかけ……



「あなたがここの店主? 部屋のほうは空いてるかしら。一泊したいんだけど」


それを遮るかのように、フルアーマーのナヴィが口をはさんだ。

甘く高く軽快に喋りだすフルアーマーに、眉を上げるセイルさん。

すぐにセイルさんの興味がその小さなナヴィに移った。


「ああ、もちろんだよ。うちはナヴィ専用の宿屋だからね。むしろこちらからお願いしたいくらいだ」


ミャコほど驚いた様子もなく、そう言って笑ってみせる。

そして、そのやり取りで確信したのは、どうやらここの世界でセイルさんは、ミャコの知る情報屋ではなく、ここを経営していること、だった。

やっぱりミャコの知るものとは違う世界なのかなとは思ったけれど。

そこかしこに前の世界の面影があって、何だかミャコは落ち着かなかった。



「へぇ、どうりでコドゥくさくないわけだね。人が入ってるって感じでもないけど。ちなみに、おいくら?」

「お一人様、一部屋、100B(バイテ)でどうかな?」

「ええっ。た、高くない? 100Bって、普通の宿の10倍じゃん!」


セイルさんの言葉に、誰よりも早く反応したのはミャコ自身だった。


「ん? 一体何を驚いているんだい? 昨日説明したばかりだろう。私の愛というサービスつきだと。それで納得してくれたじゃないか」


初耳と言うか、目が覚めたらこの宿のベッドの上だったわけで。

お金を払った記憶も、その説明とやらを聞いて納得した記憶もミャコにはなかった。

その場に流れる、なんとも言えない空気。



「や、ほら。だって10倍でしょ? よくよく考えてみればやっぱり高いなって?」


その時ミャコは、何も知らない自分のことを知られてはいけないような、そんな気分になっていて。


だからそう言って誤魔化し笑い。

セイルさんは、そんなミャコを訝しげというか、ちょっと心配そうに見ていたけど。



「ウルガヴ法が世界に広まって一般化したとはいえ、ばれなきゃ法を破ってもいいって考える輩も少なくない。そもそも法なんて関係ないなんて悪人どもも、町の外に出てしまえば『ドリード』どもと変わらない比率でお目にかかるだろう。自然とともに生きてきたナヴィであるから、空の下で眠りにつくなんて当たり前、なんて観念は捨てるべきなんだよ。ウルガヴ法という頼もしい味方ができたとはいえ、ナヴィにとってこの世界が危険である事には変わりないのだからね」



―――【ドリード】。

いつの頃からか現れた、コドゥやナヴィを害する存在。

その性格は野卑で凶暴で、意思疎通はできない。

その数も種類も多く、ミャコも全ては知らないけど。

戦う術を持っているナヴィならともかく、コドゥにとっては危険な存在だった。


きっと、ミャコと同じように高すぎるかなってセイルさん自身が思っている部分もあったんだろう。

新たなお客さんのため、とばかりにこの宿が高いわけを教えてくれる。


ウルガヴ法。

それは、ちょっと前に聞いたばかりの言葉だった。

それも、前の世界にはなかったものだったけど、この世界では知らない人はいないのかもしれない。

知ったかぶりしてるのもまずいだろうから、そのうち何かで調べとく必要があるかも……なんて考えていると。



「つまり? この宿屋にはそういった危険がないってこと?」

「ああ、そうさ。この宿屋に泊まっている限りは、君たちに快適な就寝を約束しよう。それが、私の愛だ」


フルアーマーのナヴィの問いかけに、歌うようにそう宣言するセイルさん。

なるほど、愛ってそういうことだったんだ。

たぶん、セイルさんの力でこの宿を守ってるってことなんだろう。


うーん。まぁそれなら、安くはないのかな?

身の危険の心配をせずに眠れるって言うのは価値のあることだと思うしね。



「ま、仕方ないか。んじゃ100Bね」


そこまで話を聞いて、ミャコと同じように、納得したらしいフルアーマーのナヴィがそう言うと、黒髪のナヴィがお金を支払う。

そう、宣言通り、一人分の宿賃だけを。



「すまないが、お一人様一部屋100Bなんだ」

「ん? 100Bあるでしょ?」

「いや、しかし、君たちは二人なんだから」

「ああ、そう言うこと。大丈夫大丈夫。ワタシはアキ様の肩当てだから、人数には入れなくてもいいんだよ。ほら、一心同体ってヤツ?」

「……肩当て、だったんだ?」


変なナヴィだと思ってたら、そもそもナヴィでもなかったらしい。

って、いくらなんでもそれはないでしょ。

確かに随分小さな子だなぁとは思ってたけど、ちゃんと二人には別個の意思があるし、何より喋りが軽快だしね。


まぁ、身体が小さいぶん確かにスペースは取らなさそうな気はしなくもないけど、

あまりの宿賃の高さに対しての苦しい言い訳だと取られてもおかしくなかった。

もっとも、二人してその表情が分からないからその真意のところは掴めなかったけれど。


「そうか、ならお一人様で」


元々取る気はなかったのか、あまりに堂々と値切るものだから感心したのか、あっさりと頷くセイルさんがいて……。



              (第八話につづく)

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