第六話



「キミ、一人?オレらとあそばない?」


そんな風に考えて、ぼうっと立ち尽くしていたのがいけなかったんだろう。

声をかけられ顔を上げれば、そこにはニヤニヤと不快で不躾な笑顔を貼り付けたふたりのコドゥの姿があった。


「君みたいなカワイイコが一人でいると、ワルイヤツに命のキセキとられちゃうよ?」

「……っ」


命のキセキ。

それを内に秘めた特別なナヴィ。

レイアの名を冠する世界で12人しかいないと言われるもの。

どうしてミャコがそのひとりだと、気付かれてしまったのだろう?

それが分からなかったから、コドゥはナヴィを手当たり次第傷つけ、その命を狙っていたはずなのに。


……でもそれは。

逆に言えば何の罪も無いナヴィが傷つくことがなくてるってことで。

ミャコにとってそれは、願ったり叶ったりなことではある。


「オレはダイロン。キミ、なんて言うの? まさか御名とか、持ってたりして?」

「俺はイスルだよ。つーかさ、実にけしからん体つきだね、うむ」

「……」


見下すような笑顔は変わらず、にじり寄ってくるふたりのコドゥ。

ミャコにとっては全くおんなじに見える、そんな顔。

それが怖くて、二人から離れるように一歩下がる。


思わず周りを見回す。

僅かに感じる、実は宿の外に出たときから感じていたいつくもの出所の分からない視線。

その出所を探そうとしたけど、ミャコのほうに向けられた視線はひとつもなく。

それに、ミャコの中の不安が増大して。


人数が増える前に逃げるべきか戦うべきか。

ミャコの思考にそんな選択肢がよぎった、その瞬間。



ジリリリリンッ!

突然、金属を打ち鳴らす音が響いた。



「こらぁ! そこのチンピラコドゥどもーっ、何してるっ!!」


甲高い鈴鳴るようなナヴィの声。

ミャコや二人のコドゥだけでなく、周りの視線までさらに強まってる気がして、

ミャコはなんだかますます落ち着かなくなっていたけれど。


「おまえらまさかウルガヴ法を知らない悪党か! ナヴィを害するコドゥは牢屋行きだぞ!」


そう叫ぶのは、何だか奇妙なナヴィの二人組だった。

いや、実際しゃべっているのひとりなんだけど、うーん、なんて言えばいいんだろ?

あ、そうだ。さかしまの腹話術師って表現が一番しっくりくるかもしれない。


その二人組、喋っていないほうのナヴィは、ナヴィにしては珍しい、ウェーヴのかかった黒色の長い髪と、黒真珠を思わせる瞳の持ち主だった。


今までたくさんのナヴィに会ってきたけど、その誰にも当てはまらない、初めて見る子だ。

凄く目立つ容姿をしているのに、どこか気配が希薄というか、影のような気がするのは、その白蝋めいた顔に表情が乏しいからなんだろう。


まるで人形のような、でも一度見たら忘れられないような、どこかで目にしたような惹き付ける何かを持ったナヴィだ。


もうひとりは、その黒髪の人形めいたナヴィの肩に腰掛けられてしまうくらい小さなナヴィ? だった。


どうして疑問符がつくのかと言うと、金色フルアーマーを身にまとい、大仰な鉄仮面でその顔が分からなかったからだ。

ナヴィだと咄嗟に思ったのは、その囀る小鳥のような高く細いナヴィ特有の声せいで。

そのすべてが金色のミニサイズのフルアーマーには、まるで何かの目のように陽光を反射する円形の筒にはめ込まれた、鏡のようなものがついている。


鏡は暗く透き通っていて、見ようによってはその中に重なる円の紋様があるようにも見えて。

何だか見つめられているようで落ち着かないそれに、ミャコは見覚えがなかった。

たぶん、根源を示す紋様とは別物なんだろうけど。



「な、なんだよいきなりっ」

「オレたちは声かけただけだぞっ!」


甲高く通る小さなナヴィ? の言葉に、うろたえ反論する二人のコドゥ。



「ウソつけっ、そのコ泣きそうじゃないかっ!」

「え? あっ……」


怒り心頭な様子のフルアーマー。

黒髪のナヴィは、何も語らない。

ただ、責めるようにコドゥたちを見つめている。

だけど、その言葉に一番びっくりしたのはミャコだった。

見かけの割りに泣き虫。

それもよく言われたことで。

ミャコは何だか情けないやら恥ずかしいやらで、慌てて顔を伏せた。


「ちょっ、待てって!本当にオレたちは何もっ」

「そうだよっ、ただ声をかけただけだって!」


すると、ますます焦った声を出す二人のコドゥ。

何だかその言葉は真に迫ってて。

もしかしたら本当に悪気は無かったのかな、なんて思い始めたとき。

交わす言葉を持ち合わせていないようにも見えた黒髪のナヴィが、そこで初めて口を開いた。


「……それが嘘でないなら今のうちにさっさと立ち去ることだな。ダイロンとイスルと言ったか? 君達が悪役として舞台に上がりたい、と言うなら話は別だが」


思ってもみないほどに饒舌。

見た目にそぐわない、コドゥのような言葉遣い。

そしてあからさまに、コドゥを挑発するかのような……ミャコにはちょっとよく分からない部分もある、そんな台詞。


ミャコはそれに驚きもしたけど、同時に焦った。

アイラディアの世界でナヴィがコドゥに逆らうのは普通じゃない。


確かに力はナヴィのほうが圧倒的ではあるけれど。

逆らうものではなく、従うものであることがナヴィにとっての通念だからだ。

だけどそれは、それぞれの根源のもとに命のキセキを持つ、普通じゃないナヴィ……レイアには当てはまらない。

逆に言えばコドゥにただ従うことを良しとしない我侭なナヴィがレイアに選ばれ生まれてくるのかもしれないけれど。



「お、おい、滅多なことを言うなよ! くっ、くそっ、逃げるぞっ」

「違います、俺らは違いますよーっ!」


ミャコがそんな事を考えているうちに、二人のコドゥは慌てて逃げ出していく。

まるで何かに怯えるように。

自分たちは無実だと、アイラディア様に訴えかけるみたいに。


一触即発なまずい事態かと思いきや、あっさりと引いたコドゥたちに拍子抜け半分、安堵半分でその背を見つめていると、強烈な視線に晒される感覚。



「な、何?」


内心びくびくしながらその視線の先、奇妙な二人組に顔を向けると、ぼそっと独り言を言うみたいに、黒髪のナヴィの呟きが届いてきた。


「……猫耳巨乳か。ベタだな」

「えっ?」


たぶん、ミャコと会話するつもりじゃなかったんだろうけど、その言葉の意味を理解するのに、しばらく時間がかかって。

その何もかも見透かすような目が、どこに向いているかに気付いて。


「わわわっ、こ、これは違うのっ!」


ミャコは慌ててフードからはみ出ていた耳を隠す。


「……」

「アキ様、ここはそっちかよ! ってツッコむシーンじゃないの?」


小さなフルアーマーのナヴィは、手刀を振り下ろすふりをしながら、黒髪のナヴィの沈黙を代弁するかのようにそんな事を言う。



「……」


しかし、黒髪のナヴィは答えない。

まるでもう語ることはないとでも言わんばかりに。

まるで時間でも止まったしまったみたいに。

ただ、ミャコのことを見つめている。


……アキ。

やっぱり聞いた事の無い名前だった。

この世界は今までミャコがいた世界と違う。

別にやり直しをしているわけじゃない。

そう、はっきり宣言されたような、そんな気もしたけど。



「あのっ、その。ありがと、助けてくれて」


あのまま二人が来なければ騒ぎになっていた可能性は高かった。

下手に抵抗していたら、ミャコがレイアの一人だということが町中に広がっていたかもしれない。

でも、あのコドゥがミャコの正体を知っていたのは確かなようだったし、それがあのコドゥたちだけとも限らない。

いろいろな事が不確定で断定はできないけれど、一刻も早くこの場所を、この町を離れたほうがいい気がして、ミャコはひとつ頭を下げるとその場を立ち去ろうとする。


「ちょっとちょっと! せっかく助けてあげたのにありがとうではいそうですかで終わるわけないでしょっ、ここは払うもん払ってもわなぎゃわわぁっ!? いたい、いたいですってアキ様、ピーナッツになっちゃう!」


言われてみればそりゃそうだよねと振り返ると、アキと呼ばれたナヴィの細い指が、後ろから鉄仮面のこめかみ部分をぎゅっとしぼっていて。


「わかった、わかったからはーなーしーてーっ!」


あっさりと白旗をあげる小さなナヴィ。

やはりというかなんというか、主導権はアキと呼ばれたナヴィにあるらしい。

そこでようやく手を離し、解放されたフルアーマーのナヴィは、ぜえぜえと息をつき、深呼吸して息を整えてから再び顔をあげる。


相変わらず、その表情は見えなかったけれど……。



             (第七話につづく)







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