第46話 失敗は誰にでもある

 ハントキャットの森から帰ってきて良かったのだろうか?

 仕事は?

 これらの質問をシャルロットに投げたが返ってこなかった。拠点に戻ったあと、彼女は事務所に入った。

 今日の仕事はどうなろうのだろう。

 遅い朝食をすませたあと、先輩の一人に聞いてみた。


「アレンくんは待機だ」


 そう言われた。どう時間をつぶそうかと考えていると廊下にエルザとシャルロットがいた。なにやら深刻な話をしているようだ。シャルロットは気づき、離れた。エルザはどことなく寂しそうな顔をしているのが印象に残った。


「どうしたの?」

「ん? なんでもない」

「エルザ?」


 ぴたり、とアレンに接近する彼女。裾をクイクイと引っ張ってくる。


「私の部屋へ」


 なにか知っているのだろうか?

 気になったのでエルザについて行った。


 エルザの部屋に入ったはいいが、彼女はなにも言わなかった。聞いても答えてくれない。口止めされているのだろうか?


「アレン。ここのリーダーのギルとは・・・・・・なにか特別な関係がある?」

「それはどういう意味?」

「シャルロットに言われた。ギルには気をつけてって」


 ギルとはここで初めて会った、初対面だ。気をつけてとはいったい・・・・・・。

 ノックの音がした。アレンは奥の風呂場へ隠れる。誰か来て、短い会話をしたあとドアが閉まる。エルザがやってきた。


「会議室に集合。仕事の話らしい」


 アレンと彼女は廊下を出る。会議室に向かった。ギルが座り、先輩魔法士の一人が座っている。赤い髪のポニーテール。マインだ。


「来たか、アレン。今日は俺と一緒に行ってもらう。エルザは休みだ」

「私も行く」

「その必要は、ない」


 ギルは、断ち切るようにはっきりと言った。さすがのエルザも無言になる。


「どこへ向かうんですか?」

「ついてくればわかる。さっそく行くか」


 ずいぶんと大ざっぱな説明だ。


「でも僕はカートが・・・・・・」

「それならマインに」

「私が一緒に行く。アレンを一緒に乗せるのは私の役目」


 エルザの目は真剣だった。それは否定を許さない決断に満ちている。驚いたのか、ギルは一瞬黙った。


「・・・・・・いいだろう。一緒に来い。ただ、移動役として来るだけだ。わかったな?」

「はい」


 会議室を出る。廊下でシャルロットとすれ違った。声をかけてくるわけでもなく、一瞬目が合っただけだった。

 アレン、エルザはギルを先頭に拠点を出発する。カートに乗って空を飛んでいる中、彼女は尋ねた。


「アレン。指輪装備してる?」

「うん。仕事だからね。なにがあるのかわからないし」

「よし」

「今日はずいぶん慎重だね」

「シャルは魔法士を辞める」

「え!? なんで?」

「わからない。理由は話さなかった。でも、そのあとギルに気をつけてって。だから気をつける」


 彼は何かをたくらんでいるのだろうか? それとシャルロットが辞める理由がまったくわからないが。

 速度が遅くなる。どうやら目的の場所に到着したようだ。そこは切り立った崖だ。カートから下りるギルに、アレンたちも続く。


「ここから先は俺とアレンで行く。エルザは待機していろ。いいな?」

「はい」


 ギルの後ろをアレンは歩く。山を上がっていく先になにがあるのか、彼は説明してくれない。ギルは立ち止まった。下に落ちているなにかを確認する。そしてまた歩き始めた。

 不安が募っていくが、ギルが説明してくれる気配はない。なにを見ていたのかチラッと視線を下げた。そこには白い骨が見えた。野生動物の死骸だろうか。この先になにかいるのか?

 思い出すのは先輩魔法士の話だ。南の山にサンダータイガーというやばい魔物がいる、と言っていた。ここがその南の山なのだろうか?

 山の上のほうに獣が見えた。遠くにいるがすぐに姿を消す。頭頂部に特徴的な角を持っていた。

 あれはサンダータイガーに間違いない。


「ギルさん。あの魔物は・・・・・・」

「静かにしろ。もう少しで着く」

「ここはサンダータイガーがいる危険区域ではないですか?」


 一瞬、ギルの表情の曇った。


「そうだ。・・・・・・これから俺がそれを倒すからよく見ていろ」

「ギルさん一人で、ですか?」

「そうだ」


 なんのために? そう問いかける前に、ギルは歩き出した。

 頂上は高さの違う岩が多くあるような足場の悪さだった。辺りを一望できるため、気持ちはいい。風も少しあるため、額から流れた汗で涼しく感じる。


「来たか」


 ギルはアレンに向かって言ったのではなく、その向こう側から忍び寄るように近づいてきたサンダータイガーに向かって言った。


「ウィン」


 突風がアレンの背中を強烈に押した。悲鳴を上げる間もなく倒れ、岩の上に放り出される。ギルは無表情のまま、アレンに向けていた手を下げた。そしてカートに乗ると、飛び去っていく。

 アレンは立ち上がった。逃げるように飛んでいくギルを目の端でとらえる。

 ギルに気をつけろ、というのはこういうことか。しかし、どうして彼が僕をこんな目に? ・・・・・・いや、考えるのは後だ。

 体勢を整えさせたのは、サンダータイガーだ。素早い身のこなしで、迫ってくる。素早い獣か。一番苦手な魔物だな、そう思うと胸が高鳴り始めた。

 今、アレンが装備しているのは状態異常魔法の指輪だ。右に五つ。左に三つ。ただ、サンダータイガーにどのデバフが効くのかは知らない。遠距離変換できるレンジは使えないし、使えたとして当たるかどうか。となると近づいてきたときに使うしかない。

 魔物との距離は五メートルほど。じりじりと距離を詰めていく様は、猫が獲物を狙うような感じと似ている。アレンは手のひらを前に出した。その動作に反応したのか、サンダータイガーは角を向けてきた。そこが光ったかと思おうと、射出する雷撃。ふいを突かれたアレンはまともに受けてしまう。


「うわっ!」


 ビリビリとした痛みに襲われた。倒れそうになるが、なんとか踏ん張る。

 そうか。こいつは違うんだ。てっきりハントキャットみたいに突然襲ってくるかと思ったら、まずは遠くから雷撃で攻撃。弱ったところを素早く攻撃するんだ。

 サンダータイガーは飛び上がっていた。大きな牙と爪がアレンに到達する瞬間。


「フォーガ!」


 透明の壁によって、獣は弾かれた。現れたのはカートに乗ったエルザ。獣が倒れている間、彼女は素早く下りてきた。


「乗って!」


 アレンを乗せて宙を浮く。急発進だったのでよろけたが、どうにか彼女の肩をつかむ。下ではサンダータイガーがカートを見上げていた。


「ありがとう。助かったよ」

「ここは危険。離れる」


 カートは元の場所へと移動する。安心したのもつかの間、向こうからなにか来た。それはカートに乗ったギルだ。お互いのカートが止まり、にらみ合いになる。


「いなかったから戻って正解だな。余計なことをしてくれる」


 ギルの鋭い目つきはエルザに向けられていた。彼女は普段とは違って、眉根を寄せ、不快感をあらわにしている。


「殺人魔法士。なぜこんなことを?」

「言うと思うか?」

「なら、言わせる」

「新人が俺に勝てると? 面白い!」


 空中戦が始まった。


「ウィン」


 放たれる風の刃。当たれば弾かれ、地面に激突。威力は低いがこの場面では最適な風魔法だ。エルザは巧みにカートを操作して避ける。後ろにアレンがいるにも関わらず、機敏に動くさまは魔法の才に長けた彼女ならではか。


「ならこれはどうだ? ウィンレイ!」


 風の刃が雨のように降ってきた。これはさすがに避けられない。


「フォーガ」


 魔法壁を張り、しのぐ。風の刃がぶつかるたび、爆発したかのように音をたてた。その間、カートがゆらゆらと揺れ始める。

 そうか。このカートの制御もしつつ魔法を放つ。僕を乗せていることでおそらくかなりの負担になっているんだ。だとしたら僕が下りなければ・・・・・・。でも、下にはあの獣がいる。どうすれば?


「ウィン」


 エルザが防御している間、ギルはいつの間にか回り込んでいた。風は後ろに立っていたアレンの体をかすめた。命中しなかったのは、彼女が途中で気づき、カートを動かしたからだ。それでもアレンはよろめいて落ち、カートの端に両手でつかまる。


「アレン!」

「エルザ。このまま下ろして!」

「でも」

「僕は大丈夫! 秘策があるから! 僕を信じて!」


 少しの間があったあと、カートが下がり始めた。彼女もアレンを乗せたまま戦うことに不利を感じていたのだろう。アレンはぶら下がったまま地面に下りた。


「あいつをやっつける。それまで待ってて」


 アレンはうなづいた。彼女は再び上がっていく。近場に岩があったので隠れた。さっきのサンダータイガーはこの付近にいるかわからないが、とりあえず姿をさらすのは賢明ではない。

 秘策。そんなものはなかった。ただ、あのままだと二人ともやられてしまう。最悪、隠れて逃げれると思っていたのだが。

 グルルルル・・・・・・。

 獣のうなり声に耳を塞ぎたくなった。

 いる。それも近くに。

 岩からちょっとだけのぞいてみる。ちょうど目が合った。最悪だ。

 どうする? といっても準備しているのはデバフの指輪だけだからこれでなんとかするしかない。いくら僕が速射だからといっても、一つずつ使っている間に襲われるだろう。

 どうすればいい?

 岩陰に隠れている間にも、魔物は近づいてきている。

 なにが有効なのか、わかる手段はないのか?


「それがわかると、だいたい予測つくじゃん? 新しく出会った魔物には、このデバフを使えばいいって」


 思い出したのは、先輩魔法士がしてくれた話だ。

 今まで試した獣系には睡眠が効く。だからサンダータイガーも睡眠が効く可能性が高い。考えている時間はない。勝機は一度だけ、やつが近づいたときだ。

 足音は聞こえない。どこから来るのかわからないため、いっそのことこっちから仕掛けようかなどと考えている間、岩の上にサンダータイガーは上がった。獰猛な獣は獲物であるアレンを見下ろしている。襲いかかるのと手のひらを前に出す動作が同じだった。


「スリー!」


 アレンは閉じた目をゆっくりと開けた。目の前にはサンダータイガーが横たわり、いびきをかいている。


「やった。成功だ!」


 やっぱり共通性はあるんだ!

 今のうちにここを離れよう、といっても行き先に迷う。一人で下山するのは無理な気がする。それまでに魔物に襲われる可能性が高い。一匹ならいいが複数匹は手に負えない。上のほうでは風切り音がする。勝負の行方はまだ決してない。

 エルザがもし負ければ・・・・・・。いや、そこは信じよう。彼女は学生のとき全国一位だった。リーダーの人にだって負けはしないだろう。となると、彼女が迎えにきやすいポイント、高台に避難しておくか。となるとさっきの頂上付近になる。

 結論が出たところで走った。周りに獣の姿はない。岩に隠れながら進み、頂上に戻った。岩のデコボコしたところに身を屈め、空中戦を観戦する。風魔法を駆使するギルに対し、エルザは土魔法で応戦。つぶてを放つが、風のバリアで防がれてしまっていた。膠着状態になる。

 互角か。いや・・・・・・違う。

 ギルの表情に焦りの色が見えた。彼の乗っているカートが元気なく下がっていく。

 持久戦になったとき、元々ある魔力値が大きくものをいう。さらに途中でどれだけ魔力を消費したかが鍵になる。ギルはウィンドカッターを連続して発動していた。弱小魔法とはいえ、それによって魔力値は減っていた。さらにカートの操作にも魔力を消費している。結果、ギルはカートの操作も手こずるようになってしまった。

 突然、ギルはエルザに背中を見せた。もう限界と感じたのだろう、町の方角へ逃げていく。

 さすがエルザ。

 アレンは立ち上がり、両手を振って位置を示した。彼女は何かを叫んでいる。

 グルルルル・・・・・・。

 上空に気を取られ、背後のサンダータイガーに気づくのが遅れた。さっきのとは違う。別のもう一匹だ。


「ガアッ!」


 襲われることを覚悟したとき、そこへ雷が飛んできた。次にアレンが見たとき、サンダータイガーは体から煙を出しながら倒れていた。


「間に合ったわね」


 カートに乗ったシャルロットが、厳しい表情で迎えてくれた。彼女はカートを岩に着地させる。


「シャルロットさん!」

「早く乗って。ここから脱出するわよ」

「ありがとう」

「お礼はいいから早く」


 せかされて、乗ろうとするが。倒したはずのサンダータイガーは起きあがっていた。

 しぶとい。というより自らも雷を使うため、同属性には強かったのか。獣は飛び出し、アレンに覆い被さった。牙が喉元を狙う、そのわずかな隙に魔法を使ったのはアレンだった。


「スリー!」




 勝負がついたあと、アレンはシャルロットの後ろに乗って、宙を滑っていた。前にはエルザが先導する形でカートを走らせている。


「ごめん」


 シャルロットはポツリと言った。


「なんで謝るの? シャルロットさんはなにも悪くないよ。僕を助けに来てくれたんだから」

「トドメを刺し忘れたわ。倒れたと思ったから安心したのよ。やっぱり私はどこかミスが多いわね」

「気にしないほうがいいよ。失敗は誰にでもあるから」

「そうかしら?」

「そうだよ。一、二回の失敗で僕は責めない」

「でも今回、失敗したら大けがしてたかもしれないわよ。それでも?」

「うん。そんなこともある。でもまあ、本当のこというと、そっちのほうが楽なんだよ」

「楽?」

「自分が失敗したとき、周りが許してくれる確率が高いでしょ? 僕、責められるのが嫌いだからさ」

「ふふっ」


 シャルロットは微笑んだ。


「やっぱり甘いかな?」

「いや。アレンらしいなって」


 夕日がきれいに周りを照らす。それは感動するような光景で、まるで命の危機を脱したご褒美のようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る