第45話 シャルロットの決断
まだ日が浅い、鳥の鳴き声がする時刻。
シャルロットはふとんから起きた。あまり眠れなかった。
洗面台の鏡を見て金髪をとく。癖毛なのでいつも苦労する。昨日、ギルから言われたことを思い出す。それはアレンを辞めさせるための手段だ。私がここにいるのも、ゴーザからもう一度だけチャンスをもらったからであり、その役目を担っているのは私だった。
早朝、ハントキャットの森に行け。そのあとのことは君に任せる。
ギルは全容を言わなかった。あとで責任逃れをするつもりなのだろうか。そのあとのこととは、つまりはこういうことだ。
アレンを森まで連れて行き、私だけカートで引き返す。彼はカートに乗れても進むことができないため、そのまま放置。森はハントキャットの巣なので、アレン一人で生き残る可能性は少ない。
ギルは昨日の初仕事で、アレンの能力を観察していたんだ。それでこうすればいいと命令してきた。ギルも本部から、おそらくゴーザから言われたのだろう。私一人だけだとまた失敗する可能性があるため、間に一人かませた。それがギルだ。
辞めさせる、というより死ぬ可能性が高い。こんな命令を下すギルという男に非情さを感じている。
なにも殺さなくてもいいのではないか。そんなにアレンが邪魔だということか。その理由は、今はもう聞く手段はない。
パジャマから魔法士の制服に着替え、部屋を出た。脇に抱えるのはカート。アレンが入り口に立っているのが見える。
「おはよう」
「・・・・・・おはよう。カートに乗って。これから森に行くから」
「え? シャルロットさんの後に乗るの?」
「そうよ」
「ちょっと練習したほうがいいんじゃないかな?」
「必要ないわよ。そんなの。さっさと乗りなさい」
「じゃあ・・・・・・」
先にカートに乗ったシャルロットの後にアレンは立つ。彼女の肩をそっとつかんだ。
「行くわよ・・・・・・。ん?」
あれ。おかしいわね。浮かないわ。
普段一人だから、二人になると浮力が足りないのかしら。だったらもう少し注がないと。
棒に魔力を流す。すると流しすぎたのか、急に屋根ぐらいの高さまで急上昇。驚いたシャルロットは棒から手を離してしまう。浮力を失ったカートは急降下。
「うわっ!」
「きゃっ!」
カートは地面に弾かれ、カーンと音を立てた。アレンは尻餅をつく。安心したのもつかの間、その上からシャルロットが降ってきた。
「ぐえっ!」
シャルロットは痛みを口にしながら、アレンが下敷きになったことに気づくとすぐに立ち上がった。
「だ、大丈夫?」
「へ、平気平気」
アレンは、あははと笑いながら立ち上がる。
「エルザも最初は苦労したからね。彼女に聞けばわかるかもしれない」
「それはダメよ。その・・・・・・まだ寝てるかもしれないし」
「そ、そう。じゃあ頑張るしかないか」
そのあと三回ほど試したがうまくいかなかった。そのたびに尻餅をついてお尻が痛い。微量の魔力制御がうまくいってないのは明らかだ。
くっ。こんなところでモタモタしてる暇はないのに。
「僕が一緒に魔力を流そうか」
「あんたなんか、魔力流してもすぐに尽きるじゃない」
「ほんのちょっとだけ流すことはできると思うよ」
「そんなんで浮くわけないでしょ」
「それもそうか。なら、こういうのは? まず石をのっけてみて試すっていうのは」
「それならいいけど・・・・・・」
近くの庭に石があったので、そこまで行って乗せてみる。
この石の重りがアレンの代わりというわけか。まずはこの石の重さに慣れる。その次に、重りをどんどん石をのっけて重くしていくという流れ、だったのだが。
「きゃっ!」
またしても失敗。落下する彼女を、アレンは受け止める。
ぐぐぐ・・・・・・。お、重い。
「な、ななな・・・・・・」
お姫様抱っこというのだろうか。そんな受け止め方をしてしまい、シャルロットの耳が赤くなる。身体を縮ませて硬直している彼女を、アレンは静かに下ろした。
「ご、ごめん」
「べ、別に」
そんなことがありながら、石の重さに慣らしたあと。今度はアレンが乗って試す。カートはじょじょに浮き上がり、最初の急上昇とは違って制御ができているようだ。あとはそのまま前へ進むだけ。
「やった! できたわ」
「おめでとう。さすがシャルロットさん」
「ま、まあね。こんなもの朝飯前よ」
つい嬉しさから喜んでしまう。
って、こんなときにこいつと仲良くしてどうするのよ。
心中でつっこみをしつつ、拠点を出発。北側の森を目指した。
そろそろいいだろうか。
森の上を滑空して、スピードを緩める。止まってから、木々がない開けた場所を探して着地。アレンは疑うことなくカートから下りて、辺りを見渡す。
「ここが集合場所なの?」
「・・・・・・」
「シャルロットさん?」
「え、ええ。そうよ」
アレンは魔物の出現に警戒して指輪をはめた。
今すぐにでもカートを発進させればいい。握っている棒に魔力を込めるだけ。それで仕事は終わる。でもできずにいた。ここまで来ておいて最後の決断ができない。
あんたとは仲良くするつもりはない。
そう彼には言った。でも本心ではなかった。
仲良くなりたい。でもそんなことをすれば情が移るからと突き放した。この仕事に失敗すれば間違いなく私は解雇されるだろう。魔法士を辞め、その先に未来があるのだろうか。お母様から期待されることは二度となくなり、お兄様はがっかりされるだろうか。決断しなければいけない。
グッと棒を握りしめる。
「シャルロットさん。ちょっと聞きたいことがあって」
「・・・・・・なに?」
びくっと肩をゆらす。いつまでもカートの上に立っている彼女のそばに、アレンはいた。
「この前のことだけど」
「この前?」
「その、財布を返したときのことだよ」
シャルロットが涙を流したときだ。
「ずっと気になってたんだけど、僕、なにか変なこと言ったかな?」
「・・・・・・」
「シャルロットさんを傷つけるようなこと、言ったかな。だとしたら謝らないといけないなと思って」
「あんたは悪くない」
「だけど・・・・・・」
「悪いのは・・・・・・私。なにしてもうまくいかないから」
「そんなことないよ。さっきだって、最初はうまくカートを扱えなかったけど、練習したらうまく行ったじゃないか」
「あれはアレンが・・・・・・」
手伝ってくれたから。私一人だったらうまくいかなかったと思う。でもそんなことははっきり言えない。だって恥ずかしいから。感謝の気持ちはあるけどそれを言葉にできなくて、もどかしい。
「魔法士になれたのだって、認められたからだよね。僕はたまたま運が良かっただけだけど、シャルロットさんは違う。実力だよ」
ダメだ。手に力が入らない。もう、それ以上言わないで。
私を励まさないで。
グルルルル・・・・・・。
うなり声が背後からした。
「シャルロットさん。後ろ!」
少し反応が遅れた。
そうだ。ここは魔物の巣。ずっとこんなところにいると襲われるのは当たり前じゃないか。
ハントキャットは地面を蹴り上げ、爪をたててきた。襲いかかる魔物に、シャルロットは目をつむる。
「スリー!」
ドサッという何かが倒れる音がした。痛みはなく、目を開ける。アレンがいた。その彼の前に横たわるハントキャット。そこからいびきがする。手のひらを向けて魔法を使ったのはアレンだ。スリープゴーホーム。眠り魔法だろう。
「指輪しといて正解だったよ」
そうか。彼はこの魔物の効果表を知っている。どのデバフが効くか知っていて、それで対処できたんだ。もしアレンがいなかったらどうなっていただろう。
「でもしばらくすると目を覚ますから、ここから離れたほうがいいかもね」
「じゃあ乗って」
「え? ここから離れて平気かな」
「平気よ。もう・・・・・・わかったから」
「え? なにが?」
アレンを裏切れないことがわかったから。
シャルロットは決意していた。辞めることを。その表情は苦しいものではなく、少し晴れやかだった。
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