第44話 ギルの指示
初仕事のあと。拠点に戻り、昼の休憩時間を迎えた。昼からは自由時間になる。忙しいときは巣をいくつも駆除するが、今日はその必要はないとのこと。勤務時間は固定ではないため、楽な職場だ。
「シャルロット。ちょっと話がある」
ギルに呼び出され、彼女は会議室に向かった。エルザと二人だけでお昼ご飯をすませる。
外へ出るとき、魔法士の先輩と会った。昨日の夜、ノートを見せた男の人だ。
「おっ。これから女の子とデートか?」
「ち、違います。効果表作りですよ」
「ああ。昨日言ってたやつか。この辺りの魔物はいいが、南の山には行かない方がいいぞ」
「なんでですか?」
「あの辺りはC区域。つまり強い魔物がいる場所ってことさ。中でもサンダータイガーは獰猛な魔物であると知られている」
「サンダータイガー・・・・・・。獣系の」
魔物図鑑で見たことがある。雷を操る獣で、頭頂部に生えた角が特徴的だ。
「知っているのか。さすがだな」
「気をつけます。ありがとうございます」
先輩は手を振って、去っていった。
腰にはウエストポーチ。そこに指輪が入っている。背負っている黒のカバンにはノートと図鑑、筆記用具の三点セットが入っている。それと水が入った水筒。彼女の小さな肩にかけるバッグにも水筒が入っている。水分補給は大切だ。
「アレン。うれしそう」
「そりゃあね。効果表作りできるから」
自由時間ということでなにをしてもいい。先輩は酒を飲んだり、遊んだりして時間をつぶしているが、僕のやることは一つしかなかった。店で付近の地図を購入。図鑑と照らし合わせて、まだ知らぬ魔物が住む場所へ、カートに乗って行く。運転手はもちろんエルザだ。彼女がいてくれて助かる。彼女がいなければこの暑い中、歩かなければならない。
着いたのは、町の西にある湿地帯だ。この辺りに珍しい魔物がいるらしい。 名前はモグラスライム。地中の浅いところに住むスライムだ。細長く、褐色肌をしている。人を襲うことはほとんどないが、危険なようだ。その理由は・・・・・・。
ボンッ!
日陰で地面を観察していると、モグラスライムが地表から突然飛び出してきた。一メートルほど宙に浮いたあと、地面にポヨンと着地。ほとんどは地中にいるが、地表に出て日向ぼっこする習性がある。このとき、下を通りかかったらケガをする危険性があった。
「面白い」
エルザは微笑んだ。
確かに面白い魔物だ。繁殖期には、つがいを作るため次々と地表に飛び出てくるらしい。その光景を想像すると恐ろしいけど。
「ここから使うよ。今日はちょっと試したいことがあるんだ」
「試したいこと?」
「うん。指輪をはめたあと、レンジをお願い」
「ん。わかった」
魔法指輪をはめ、準備を整える。
「レンジ」
遠距離攻撃が可能となる魔法をかけられた状態で、アレンは人差し指をモグラスライムに向けた。
「スポブスパニパロ」
舌を噛みそうな魔法の発動語だ。これには沈黙以外のスタンから石化までの発動語が短縮されている。最初の「ス」はスタン、次の「ポ」はポイズンといったように。
条件を満たした指輪が連続して光を放った。光の線が標的に次々と命中。最後のロックプリズンが命中したところで、モグラスライムはピキッと音をたてて石化された。
「連続魔。すごい」
そばで見ていたエルザは感嘆の声を出した。アレンの表情も柔らかくなる。
「でもこれだと、どのデバフが効いたのかわかりにくいね。やっぱり調査するときは間を空けたほうがよさそうだ」
それに連続発動するため、マナの消費が激しい。今のでかなり疲れた。
「よしよし。いい子いい子」
エルザは頭をなでてきた。
弟、というよりも子供扱いされている気がしなくもないんだが・・・・・・。
そんなこんなで夕方近くまで効果表作りをしたアレンたちは、カートに乗って町の入り口まで帰ってきた。ちなみに町中でのカートの使用は禁止されている。危険だからだ。
夕食の時間。
シャワーを浴び、汗を流したアレンはエルザ、シャルロットと食堂へと向かう。席に着き、夕飯を食べ始める。今日はしょうが焼きとパン。それに緑の皮のミカンが一つ。日替わり定食なのにミカンはいつも付いてくるのは、ここの土地特有だろう。
男の先輩魔法士が、すみっこでご飯を食べている。それ以外は誰もいない閑散とした、少し寂しげな食堂だった。
「忘れてた。アレン、今日つき合ったお礼は?」
「あ、そうか。ええっと・・・・・・この肉じゃダメかな?」
「ダメ。私が食べさせてあげる」
「え?」
箸を使い、エルザはアレンの肉をはさむと、口元にもってきた。
「はい。あーん」
「いや。それはちょっと・・・・・・」
先輩と目が合った。妬ましい視線が突き刺さる。苦笑いするアレンだが、エルザは引っ込めてくれない。
「あーん」
これは罰ゲームだな。
アレンはそう思い直し、パクリと肉を口に入れた。
「・・・・・・不合格」
「え?」
「そこはおいしそうに食べないといけない」
「そ、そうなんだ」
どこまでもマイペースの彼女に対し、その横にいるシャルロットは元気がなかった。下を向いて、食事も進んでいない。その様子にエルザも気づく。
「シャル。ギルさんとなにを話した?」
「別に・・・・・・」
エルザとも話したくないようで、それだけ言ってから黙ってしまった。
大丈夫だろうか。
あんたと仲良くする気はない。そう言われた昨日のことを思い出す。変なこと言うと怒られそうだ。やっぱりあのとき、彼女に「つらかったね」なんて変なことを言ってしまったからそれで不機嫌なんだろうか。謝りたいけど今は話しかけないほうが良さそうだ。
「私、先に戻るから」
シャルロットは先に席を立った。彼女の返却する料理は大部分が残ったままだ。
「シャルロットさん。元気ないね」
「ああなると声をかけても無駄そう」
「エルザ相手でも無理?」
「うん。シャルは一人で深く考えすぎるタイプだから」
エルザは悩みとかあまりなさそうだ。足して二で割ったらちょうどいいバランスの人が生まれるんじゃないか?
「アレンは大丈夫? レベッカがいなくて寂しくない?」
「僕は今のところ、平気かな」
「もし寂しいなら私が代わりを務めてもいい」
「ははは……」
「それか、トーカーを使う。ここには遠距離用のトーカーがあるという話を聞いた」
「そんなものがあるの?」
遠くにいる相手と会話ができる機械。それがトーカーだ。
「事務所にそれっぽいものがあった。そこにいた女性に声をかけると、本部からのやり取りに使ってるらしい。それと支部にも連絡ができるようになっている」
「へえ……。ってことはレベッカと会話できるのかな?」
「わからない。けど不可能じゃない」
「一回、試してみるのもいいかもね」
食事後、エルザと別れて相部屋に戻った。しばらくすると、シャルロットに声をかけられたので廊下に出る。彼女から話しかけてくるのは珍しい。
「明日の朝七時、仕事があるから準備しといて」
「わかったよ。ちなみに、仕事内容とかは?」
「明日説明する。入り口に待機していて。いい?」
声の小ささに妙な違和感を感じつつ、アレンはうなづいた。彼女は必要なことだけを伝え終えると、自室へと戻っていった。
***
「ギルさん。本部からトーカーです」
「わかった」
ギルは事務所のトーカー、その受信機を耳にあてた。
「例の件、大丈夫かね?」
「はい。シャルロットに任せました」
「彼女一人で?」
「ええ。今度失敗したら次はない、と釘を刺しました。もし失敗したとしても、私が何とかしましょう」
「計画は立てていると?」
「ええ。大丈夫です。ご安心を」
「頼もしい言葉が聞けて何よりだ。引き続き頼むよ」
ギルは受信機を元の位置に戻した。ため息を一つもらしたあと、事務所を後にした。
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