第40話 タッグを組もう券
それは突然のことだった。
学会の会長から話があると言われた。以前、魔物図鑑の訂正をしたことに対する答えが聞けるということで、アレンは緊張していた。
朝、一人、研修室がある建物とは別の建物に入る。本部の敷地内では一番高い十階建ての建物だ。
テレポーターが設置されているおかげで階段を上がることなく最上階へと一瞬で移動できた。初めての利用だったが、魔法陣に乗るだけで反応する装置だ。原理は魔法指輪と同じで、マナを消費し、指定の場所に移動する魔法テレポートを使う。この自動化はプログラムで制御されていた。近代的で高価。これ一つで家が一軒建つらしい。
廊下を歩き、奥の部屋のドアをノックした。すぐに返事があり中に入る。そこは一風変わった部屋だった。壷や絵が飾られ、ガラスの壁から外が見える。
「よく来てくれた。まあ座りなさい」
うながされた先のソファーに腰を下ろした。ガラスのテーブルをはさみ、会長のラスゴルが座る。彼と会うのは入会式以来。長老のような佇まいで、白く長い髭が特徴的だ。金色の刺繍が入ったローブはいかにも高そうだ。
「君のことは聞いている。今まで忙しくて返答できなかった。すまないね」
「いえ」
アレンは背筋を伸ばしていた。慣れないこうした席に体が硬くなる。そのことを察知したのか、ラスゴルはお茶を勧めてきた。グラスに注がれたお茶を一口だけ飲む。
「さっそく本題に入ろう。魔物図鑑の訂正の話だが、しょうしょう厄介な問題でね。訂正したいのは山々だが、それには再調査を業者に依頼する必要がある。全部任せると莫大なお金がかかってしまう。そこでだ。君に調査の一部を頼もうと思っているんだがどうだろう?」
「やります!」
またしてもない機会だ。
アレンは即答した。
「そうか。やってくれるか」
「実は、できる範囲の魔物の調査はすでに行っています。ノートにとってあります」
「それはすばらしい。参考になるかもしれないから、いつか貸してもらうかもしれない。かまわないかな?」
「はい」
自分の調査が図鑑に反映される。そのことが実現すると思うと心が躍った。正直、ここまで話がスムーズにいくとは思わなかった。図鑑の訂正のお願いは学生の時から行っている。そのときは訂正の必要はないと断られた。今回は二度目。お願いしてから一ヶ月ほどたったから諦めかけていたときだ。
「君がこれから派遣される場所。そこの魔物の調査をお願いしたい。今までどおりのやり方でかまわない。やり方は君に任せよう」
「わかりました。ちなみにその場所とはどこでしょうか?」
「詳細は部長のほうから追って連絡させよう。がんばってくれたまえ」
「はい。ありがとうございます」
アレンは頭を下げ、部屋を出た。思わず笑みがこぼれる。
やった。ついに夢の一つが実現するんだ。
その日のうちに面談があった。定時後、ゴーザから呼び出されて指定された部屋へと向かう。
最後の面談者となったアレン。対面するゴーザの口から派遣先が伝えられた。
「失礼しました」
アレンは部屋を出る。廊下でレベッカとエルザ、ウィル、シャルロットが待っていてくれた。廊下で長話も何なので一階の食堂へと足を運ぶ。歩きながら、簡潔に話をした。
「C区域?」
ゴーザから言われた派遣先はC区域だ。Aが安全でB、Cといくにつれて難易度は高い。C区域は比較的難所とされる。正面にいるレベッカは眉を寄せた。注文したコーヒーのコーヒーカップに口をつける。
「レベルは?」
隣にいるウィルは聞いた。アレンは渡された紙を机の上に広げていた。
「四十二。場所はイヨの国にある密林地帯」
「四十二だって? おいおい。大丈夫か?」
レベルは五十が最大。四十二は高レベルだ。それだけ危険ということを示している。
ウィルの言うことはもっともだ。新魔法士一年目に派遣される場所はほとんどがB区域。現に面談がすでに終わったウィルたちはみんなB区域だった。しかもレベルは低い。アレンだけが危険な区域に行かされることになったのは明白だ。
「これはおかしいわ。絶対。なんでアレンだけ・・・・・・」
「作為的なものを感じるな。変えてもらったほうがいいんじゃないか?」
「いや・・・・・・。僕はそこに行くよ」
「なんで?」
レベッカは問いつめるような口調だ。
「そこで魔法図鑑の調査をしてくれって言われたからね」
「いやいや。調査してくれって一人でか?」
「それはわからないけど」
「確認する必要があるわね。じゃないとそんな危険な場所に行けなんていくらなんでもおかしいわ」
「うん」
そうか。心が浮かれていたせいで大切なことを見逃していた。いくらなんでも一人でってことはないと思うけど。
レベッカを先頭に、研修室へ戻った。まだそこにいたリオンを問いつめるように話す彼女。傍にいたアレンはびしびしとその怒りが伝わってきた。リオンもそれはおかしいと言って、すぐゴーザに伝えると言ってくれた。
翌日、派遣先は変更になった。手違いがあったとのこと。
場所はB区域。イヨの国、ライプ町周辺。エルザ、シャルロットと同じ場所だ。残念ながらレベッカと一緒の派遣先ではない。仕方がないことだ。一年目の新魔法士に派遣先は選ぶことはできない。それが可能になるのは二年目からで、そのときはレベッカと一緒の派遣先にするつもりだ。
一緒にタッグを組みたいな。
彼女が言ってくれた言葉は覚えている。そのときの喜びを形にしたくて、アレンは一枚の紙を渡した。渡したのは派遣される前日の夜、アレンの部屋だ。
なにこれ? といった様子で細長い紙を見つめる。そこに書いてある字を読んで彼女は吹きだした。
「タッグを組もう券って。あははっ」
「それぐらいしか思いつかなかったんだ。プレゼントのお礼」
「ふ~ん。じゃあこれは二年目に使わせてもらおうかな」
「有効期限はないから、安心して使ってよ」
「わかったわ」
レベッカは床から立ち上がり、ベッドに腰かけているアレンの隣に座った。
「一年、会えないのね」
「そうなるかな」
彼女は悲しそうに下を向いた。
「覚悟はしてたけど、ちょっとつらいかな」
「・・・・・・」
「私たちだけ特別扱いできないもんね」
「そうだね」
「ねえ、アレン」
「ん?」
レベッカの唇がアレンの唇を塞いだ。それは結構久しぶりのキスで、長い時間だった。
「気をつけてね」
「う、うん。レベッカも」
「外だけじゃないわ。中の連中にも注意して」
「中のって、学会のこと?」
「そうよ。手違いがあったとか言ってたけど、ちょっと変よ。あんなもの見ればすぐにわかるし、B区域に下げたのだって、その場を納得をさせるためだとしか思えない」
「会長は僕のこと、期待してくれたんだよ。きっと」
「それでもC区域なんて・・・・・・死んじゃったら意味ないわ」
「死ぬなんてそんな」
「絶対、死なないって言い切れる?」
真剣な目だった。それに圧倒され、アレンは無言になる。
「ごめん。責めてるわけじゃないの。ただ、ちょっと心配なだけで」
「わかってるよ。気をつける」
「約束よ。無理しないで」
こうして、アレンは派遣先に行くことになった。ちなみにウィルとレベッカは同じ派遣先。ウィルは「レベッカは俺に任せろ。キリッ」なんて言っていたけど心配ごとしか浮かばなかった。
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