第38話 水着でカート対決

 シャルロットはアレンたちと行動をともにするようになった。

 管理部長のゴーザから、呼び出される。大丈夫かね? と。シャルロットは答えた。大丈夫ですと。

 奴らは油断している。今がチャンスだ。

 よくわからないけど、アレンたちは優しくなった。話しかけてくることが増え、気を遣っていることがわかる。なんか調子狂う。

 でも容赦はしない。

 財布は常にポケットの中にあった。今日も山登りをし、魔物の効果表作り。

 いいかげん飽きないのかしら。

 昼になると研修室がある建物の一階の食堂で食べる。


「せっかく海が近くにあるんだしさあ。一度行ってみないか?」


 ウィルの提案に、他のメンバーは乗り気じゃないようで反応が薄い。机は二つのグループに分かれている。エルザとシャルロット。アレン、隣にウィル、正面にレベッカという位置だ。


「海に行ってどうするのよ?」


 パスタを食べ終えたレベッカが言った。


「泳ぐとか、散歩するとか。ほら、色々あるだろ?」

「泳ぐっていっても水着なんて持ってきてないわよ」

「近くに店があるから、レンタルしてくれるかもしれないぜ」

「あんたに肌をさらすと危険だから、やらない」

「くっ・・・・・・。アレン。お前はどうなんだ?」


 うどんをすすっているアレンに聞いた。


「僕? なにが?」

「レベッカの水着姿、見たくないのか?」


 小声だ。


「水着、姿・・・・・・」

「そうだ。レベッカのもいいが、エルザのあのでかさ。スタイルの良さ。今のうちがチャンスだぞ。派遣されたらもうこんな自由はきかないかもしれない」

「・・・・・・」

「アレン。よだれ」

「あっ! あはははは・・・・・・」


 レベッカの鋭い視線が突き刺さり、アレンは急いで指で口元を拭った。

 やっぱり男ってしょうもない生き物ね。


「私は別にいい」


 賛同したのは意外にもエルザだ。


「おおっ。だよね。シャルロットはどうだ?」


 はあ? ばかばかしい。

 なんて通常なら思うだろうが、これはチャンス。アレンたちが遊んでいる隙にカバンに財布を仕込むことができるのでは?


「ま、まあ別に嫌というわけじゃないわ」


 これにはレベッカも驚いたようで、シャルロットにチラッと視線を移した。


「きたきたーっ。じゃあ俺も行く。アレンは行くよな?」

「う、うん・・・・・・。レベッカはどうかな?」

「私だけ一人っていうわけにもいかないし、行くわよ。ただし! ウィル。変なことをしたら追い出すからそのつもりで」

「オーケーオーケー」


 ウィルは夢がかなったとばかり喜んでいた。


「提案がある」


 エルザの言葉にみんなの耳が傾いた。


 ★★★


 青い海。

 砂浜では近所の子供たちが遊んでいた。ここに来る途中、勢いよくアレンたちを追い抜いてきた子供たちだ。シャルロットは肩がぶつかったらしく、顔をしかめていた。

 アレンは押し寄せては返す波を眺めている。一番乗りしたウィル、次に来たアレンは上半身裸の短パン姿。ウィルは脇にカートを挟んでいる。これは自分で買ったマイカートだ。買ってないのはアレンだけで、他の女性たちもすでに購入済み。

 なんか自分だけ持ってないのは、置いてかれた気分がして少し寂しい。


「楽しみを待っているこの時間、最高だな」


 ザクッ。

 ウィルはカートを砂浜に置いた。後ろにいるアレンのほうを振り返り、白い歯をキラリと見せた。


「アレン。俺に感謝しろよ」

「あはは・・・・・・」


 ありがたいけど、ちょっと緊張する。女子三人は近くの店で水着レンタルして着替え中。どんな格好で現れるのか。


「笑ってられるのも今のうちだ。ちなみにどの子の水着姿を一番期待しているんだ?」

「それはもちろん・・・・・・レベッカだよ」

「おい。ちょっと間があったのはなんでだよ。素直に言っちゃいな」

「エ、エルザもちょっと・・・・・・」

「ははっ! そうだよな~。正直でよろしい」


 まだかまだかと待つ。周りに泳いでいる人はいない。暖かい気温だが、海水浴スポットというわけではなく、岩と岩の間に二百メートルほどの海がのぞいているような感じだ。


「あの中でどうでもいいのはシャルロットだな。ていうかあいつの場合、水着にならないほうがいいんじゃないか。はははっ」


 ザッ。

 横からの気配。ウィルとアレンの視線が音のしたほうへと集中する。

 シャルロットだ。

 黄色の水着。谷間が見えないヒラヒラがついたもので、可愛らしい。表情は険しく、怒りの矛先はウィルに向けられている。


「それ、どういう意味よ!」

「い、いや~。あいかわらずの・・・・・・」

「言いたいことがあるなら言いなさいよ。いや、言わないでいいわ。言ったらこれで殴る」


 シャルロットはカートをちらつかせる。ウィルは咳を一つして黙った。

 次に現れたのはレベッカだ。


「おおっ!」


 ウィルは歓声をあげる。アレンは口を開けてその格好を眺めていた。

 黒のビキニ。谷間がしっかり見える。肌の白さと黒のメリハリがついていて、スタイルの良さが引き立っているような気がした。海の色と同じ青色の長い髪がたなびく。表情はどことなく恥ずかしそうなところがまたなんとも言えない。


「ちょ、ちょっと。あまりジロジロ見ないでよ」

「あ、ごめん」


 アレンとウィルはそっぽを向いた。


「これだから男は・・・・・・」


 シャルロットの独り言が聞こえた。


「エルザはまだ?」

「もうすぐ出てくると思うわ」


 ザッ。

 来た!

 アレンとウィルは素早く首を動かした。


「お・・・・・・ってあれ?」


 エルザは目立つ赤い水着。だったのだが・・・・・・。

 期待に反して、胸を覆い隠すものだった。出るところは出て、しまっているところはしまっている。脚が長くモデルのような体格の全貌を見せつけられたレベッカ、シャルロットの表情が曇った。


「みんなそろった? じゃあさっそくカートで競争を始める」


 カートで競争。

 これがエルザの提案したものだった。水着を着てやる必要性はないが、海が近くにあるという、ただそれだけの理由だ。

 ただ単に海で遊ぶのは、研修時間中ということでまずい。このほうがカートの練習をしてましたという言い訳が立つ。

 なんかちょっとずるいけど、つまりはそういうことだ。

 エルザは自身のカートを砂の上に置いた。


「僕は合図を出す係でいいよね?」

「私の後ろに乗るといい」

「え?」


 それじゃあ競争の意味が・・・・・・。僕の分の体重がかかるわけだし。


「ちょうどいいハンデ」


 これには女性二人、黙っていない。


「ずいぶんとなめられたものね」

「ていうか、エルザ。それで負けたらわかってるわよね?」

「なにが?」

「なにがって、アレンを後ろに乗せる件よ」

「負けても一勝一敗」

「うぐ・・・・・・。それはそうだけど」


 女性陣は言い争っている。

 その間、ウィルはアレンに近寄り、悪魔のようにささやいた。


「チャンスだぞ」

「え?」

「ほら、エルザの後ろに乗ることを想像してみろよ」

「あ・・・・・・」


 エルザの引き締まった腰に腕を回している図を想像してしまった。


「いっそのこと、アクシデントを装って胸を後ろからこう、つかむなんてことも」


 ガンッ!

 レベッカのカートの端がウィルの後頭部を直撃。いい音がなった。


「いっつ!」

「変なことしたら追い出すって言ったわよね?」

「してないだろ!」

「アレン。ウィルの言ったことは全無視していいから」

「はあ・・・・・・」

「いいわね?」

「いい、です」


 鋭い視線に圧倒された。

 

 砂の上に線を引く。

 エルザとアレンは同じカートに乗った。抱き合うような形ではなく、棒をつかんだエルザの真向かいにアレンが同じく棒をつかんで座っているとういう図だ。少し練習をしてみる。前方にアレンの体重がかかって最初は思うとおり進まなかったが、コツをつかんだようでうまくコントロールすることができるようになった。

 合図はアレンが座ったまま、やることになった。ゴールは百メートルほど離れた地点にある砂のラインだ。


「よーい。スタート」


 一斉に飛び出した。アレンは背中から風を受ける形で、涼しい。ウィルがトップでゴール。勢いあまって岩にぶつかりそうになったが、どうにか制御したようで手前で止まった。次にレベッカ、シャルロット。最後にエルザだった。やはり二人というハンデはでかかったらしく、負けてしまった。


「むう。残念」

「私の勝ちね」

「いや俺の勝ちだろ」


 ウィルのつっこみにエルザとレベッカは相手にしないようで、話を続ける。


「一勝一敗」

「もう一勝負しましょう。それで勝ったほうがアレンを乗せるってことで」

「わかった。今度はうまくバランスをとる」


 バランスをとるとはどういうことか?

 エルザはカートの前面に立った。やや前方にある棒を握って立つ形は今まで通り。


「アレン。後ろ」


 エルザの後ろに回った。


「つかまって」


 ええっと・・・・・・。そっか、肩をつかむのか。

 肩に手を触れた。


「違う。もっと密着させる。腰に手を回す」

「え?」


 目の前にエルザの引き締まった腰が見える。

 そこに抱きつくってこと?

 じゅるり。いや、じゅるりじゃなくて。

 悪寒がしたので、気配がするほうを向くとやっぱりレベッカが睨んでいた。


「どうした? 早くする」

「いやそれはちょっと・・・・・・」


 あとで氷づけにされる危険性がないとはいえない。


「アレン」


 小声でささやいてくるウィル。彼はニヤニヤと笑い、両手の指を卑猥な感じで開いたり閉じたり繰り返す。アレンは無言で首を横に振った。

 そんなことをしたらレベッカに殺されます。


「ちょっと。早くしなさいよ」


 シャルロットはしびれを切らして不満をもらした。


「むう。わかった。じゃあ屈んで脚を持つ。これならいい?」

「それなら・・・・・・」


 エルザの後ろに屈み、彼女の脚を持った。お尻が顔の近くにあるが、顔を上げないようにする。

 なんか変な乗り方だな。これ。


「よーい。スタート」


 二回戦が始まった。今度は先ほどとは違いバランスがとれているのか、いいスタートを切るエルザ。しかし、ウィルは速い。砂を巻き上げながら一気に加速し、先にゴールを決める。レベッカとエルザはほぼ互角。並んだままゴールした。シャルロットは少し遅れて最後にゴール。


「今のどっちだった?」


 カートを砂の上に着地させたレベッカが言った。


「わからんな」

「僕も・・・・・・」

「知らないわよ。私は」


 誰も見てなかったので同着となった。


「もう一回よ。このまま引き分けなんて後味悪いわ」

「うん。じゃあ今度は誰か見てて」

「俺が見てやるよ」


 やれやれ、といった感じでウィルは勝負の場から下りた。


「私は疲れたから休憩するわ」


 シャルロットも下りた。彼女は水着をレンタルした木の家に向かう。アレンたちの荷物は今、そこにある。彼女は密かにほくそ笑んだ。

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