第36話 シャルロットの過去

 アレンは寮の自室に戻った。

 シャワーを浴び、汗でベトベトだった体を洗い流す。その間、考え事をしていた。シャルロットのことだ。

 余計なことを言ってしまったなあ。

 励ましの意味を込めて、もう少しゆとりを持ったほうがいいんじゃないか、と言ったのだが、あの怒りよう。彼女にとって余計な一言だったのだろう。


「はあ・・・・・・」


 ため息をこぼし、浴室から出た。Tシャツと動きやすいズボンを着て、しばらくベッドの上に寝転がっていると、ノック音。

 レベッカだ。一緒にエルザもいる。

 彼女たちは中に入ってきた。床に座る。レベッカは普段着である白の長袖。オープンショルダーと呼ばれるもので肩から肌をのぞかせる。下はひだひだのスカート。

 エルザはゆったりとしたブラウスに下はショートパンツ。


「二人一緒に来るなんて珍しいね」

「行き先は同じなら一緒に行こうって話になってね」

「そう」

「彼女、なんて?」


 気になっていたのだろう、レベッカは言った。彼女とは、シャルロットのことだ。


「速射のことについて聞かれたよ。どんな練習をしているのか、とか」

「相談っていう感じじゃないわね」

「そうだね。なんか一方的に質問されただけだから」


 そのあと、アレンは余計なことを言ってシャルロットを怒らせてしまったことを話した。


「それはアレンは悪くないわよ。そんなことで怒り出すなんて・・・・・・よくわからない子ね」

「エルザ。なにか知ってる?」


 シャルロットとエルザは同じ学校の出身。だから聞いてみた。


「シャルロットの兄は優秀。レイン・ド・フェアリーズ」

「その名前、どこかで聞いたことがあるわ。確か、C区域の一つを解放したと」


 解放。それはその区域の魔物たちを討伐したことを意味する用語だ。


「賢者にもっとも近い男。だからシャルロットはその妹として見合うよう努力を強いられている」

「強いられている?」

「そう。だからいつも余裕がない。つらそう」


 賢者になりたい、と夢を語ったのは兄のようになりたいということなのだろうか。


「兄のようにというのはわかるけど、でもそれで苦しんでたら本末転倒というか、そんな感じよね」

「おそらく、母が関係してる」

「シャルロットの母親?」


 エルザはこくりとうなづく。


「母親はシャルロットのことを見てない。兄にばかり関心を寄せている。自分は期待されてない。だから必死」

「それは・・・・・・」


 レベッカは思うところがあるようで黙ってしまった。


「だから、あんなに勝負にこだわるんだ」


 兄のような優秀な魔法士となり、母親にもっと自分の存在を認識してもらうため。家族関係が彼女を苦しめている。


「シャルロットに謝らないと」

「アレンが謝ることじゃないと思うけど」

「わかったようなこと言っちゃったから・・・・・・」

「まあ、アレンがそうしたいならすればいいけどね」

「レベッカはシャルロット、嫌い?」


 彼女は首をひねって難しそうな顔をした。


「アレンをズル呼ばわりしたのがちょっとね。態度もでかいし、ああいう子供みたいな子はちょっと合わないかな。エルザは平気なの?」

「強気だけど本当は寂しがり屋。喋ると案外、なんでも話してくれる。ちょろいとも言う」


 アレン、レベッカは苦笑い。

 エルザにかかるとシャルロットという難敵でさえ、攻略できるようだ。


「ううう・・・・・・」


 どこからか変な声がした。


「今のなに? そこの下から聞こえたようだけど」


 レベッカが指さすのはベッドの下。


「うぐぐ・・・・・・」


 やはり聞こえる。男のうめき声だ。

 ニュルッと飛び出した腕、そして体を引きずるようにしてベッド下から出てくる。

 ウィルだった。彼は首を手で抑え、顔をしかめている。目撃者となったアレンとレベッカは目を点にして驚いている。


「いたたたた・・・・・・さすがにもう限界だ」

「あんた、なにしてるの?」

「あ、いやその・・・・・・なんだ」

「侵入者。寮長に連絡しないと」

「待て! 俺の話を聞け!」

「わけを話しなさいよ。わけを」


 ウィルは正座した。レベッカは審問官のように立ち、見下ろしている。その目つきは鋭い。


「実は間違えてさ」

「は?」

「部屋を間違えて入ってしまって」

「アイスブリザードくらう?」

「いやいや待て。冗談だから!」

「もうちょっとまともな嘘つきなさいよ」

「わかる嘘を言って和ませようとしたんだよ」

「そういうのいらないから。それで?」

「いやだから。気になったんだよ。エルザとレベッカがアレンの部屋に行くって聞いたから。それでアレンが風呂に入っている隙にベッドの下に潜り込んで、様子を見ていたわけだ。そうしたら思ったより狭くって、首が固定されて耐えられなくなった、とこういうわけさ」

「事情はわかった。だけどそれやっちゃいけないことよね?」

「アレ~ン」

「うわっ!」


 ウィルはアレンの脚にしがみついた。


「俺たち親友だよな!」

「ええ!?」


 突如、仲間に加えようとしがみつくウィルに、アレンは困惑した。


「今までの会話、盗み聞きしてたわけ?」

「死ねばいいのに」

「がっ・・・・・・」


 エルザのきつい一撃に、ウィルは固まった。

 これにはアレンもかける言葉が見つからなかった。

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