第35話 シャルロットの画策2

 アレンとシャルロットは、海が見える見晴らしのいい場所にいた。

 木の柵があり、向こう側は下り坂になっている。


「この辺りでいいかな?」

「いいわよ」

「ベンチがあれば良かったんだけど・・・・・・」

「別に構わないわ」

「それで相談というのは・・・・・・」


 別にこいつに相談することはない。さっさと財布を奴のカバンの中に入れればそれで十分。今、そのカバンは奴の肩にかかっている。


「速射のことなんだけど。なにか効率的な練習でもしたの?」


 アレンの表情が柔らかくなった。変なことを聞かれるとでも思っていたのだろうか。

 話題は何でも良かったが、とりあえず気になっていることをぶつけてみた。あとは頃合いを見計らって、カバンだけをここに残すように誘導しなければ。


「別になにもしてないかな。学生のとき、研修担当のリオン先生に言われて初めて気づいたくらいだよ」

「ふうん。そう」


 天性の才能、か。

 魔力値では勝負にならないと早くから気づいていた。魔力値というのは高めようと思っても高められないもの。しかし速射に関しては練習すれば、伸びしろがある。そこで私は自動的にマナを集める体質にするためにアイテムを使ったり、魔法の反動を少なくするための書籍を読んだりして努力した。

 それを何もしてないですって? 気に入らないわ。なんでこんなやつが私より才能があるのよ。


「僕は魔力値が最低ランクだから、その分、シャルロットはすごいよ。僕なんてカートもろくに乗れないほどだから」


 なにがすごいのかわからない。慰めにもならない上辺だけの言葉だ。


「毎日、今日みたいなことしてるの?」

「そうだよ。学生のときから続けてる。っと、ちょっと重いから下ろすね」


 アレンはカバンを肩から地面に下ろした。シャルロットの視線がカバンに吸い寄せられる。


「僕のノート、見る?」


 なにを勘違いしたのか、彼は期待の眼差しを向けてきた。


「いやいいわ」

「そ、そう・・・・・・」

「そんなに楽しいものなの? その効果表作りって」

「楽しいよ。僕の夢は全ての魔物の効果表作りだから、それに一歩ずつ近づいている感じがして。ノートがどんどん増えてくるから達成感があるんだ」

「ふうん」


 どうでもいいんだけど、妙にうれしそうに話すのが気に入らない。そんなことに価値があるとは到底思えない。他の奴らも何でこいつに協力しているのだろう。魔法士としてもっとやることがあるんじゃないの?


「シャルロットは・・・・・・夢とかあるの?」

「賢者になることよ」


 よくぞ聞いてくれました、とばかり彼女は胸を張った。


「賢者ってあの?」

「そうよ。魔法士の中で、偉大な功績を残した者だけがもらえる称号のこと」


 魔法士千年といわれるほどの長い歴史の中、たった十人しか選ばれていない。


「すごいや。僕にはとてもとても」

「でしょうね」


 シャルロットは鼻で笑う。

 あんたごときがなれたら、私なんかとっくの昔になれてるわ。せいぜい意味のないノート作りに没頭してるがいい。


「そのためには、どんなことでも勝負して勝たなきゃいけない。速射ではアレンに劣ったけど、見てなさい。派遣先であんたやウィルなんか目じゃないってぐらい、活躍してやるから」

「ははは・・・・・・すごい意気込みだね」


 アレンは苦笑いした。


「当たり前よ。賢者になるんだもの。それぐらいのこと言わないと」

「僕はいいかな」

「なにが?」

「それよりも楽しいことしたいから、上を目指すとかはちょっと・・・・・・。あ、僕じゃあ無理だろうけど」


 甘えね。

 楽しいこと? はっ。そんなことやってるから落ちこぼれるのよ。


「シャルロットさんは、すごいけど」


 アレンは言いにくそうに、顔をしかめたり、下を向く。


「けど、なに?」

「なんというか、その・・・・・・もう少しゆとりをもったほうがいいんじゃないかな?」

「は?」

「あ、いや・・・・・・」


 声音が変わったことに気づいたのか、アレンはたじろいだ。


「あんたなんかに説教される覚えはないわよ! 何様のつもり!?」

「・・・・・・」

「ゆとり? 楽しい? あんたと一緒にしないでよ! この世はね。結果が全てなの! あんたみたいにバカやってたら一生、賢者なんか無理よ!」

「ご、ごめん・・・・・・」

「話は終わりよ。腹が立つ!」


 シャルロットはまくし立て、怒りを吐き出した。

 そのあと、本来の目的を忘れたことに気づき、しまったと思うのだった。

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