第33話 防御のスペシャリスト

 蜂対策の遠距離変換補助魔法レンジシャープネス。

 その指輪を作成し、アレンたちは棟を出た。発動言語はレンジ、とした。


「正直言って、このまま行くとハーレムなんて夢のまた夢だよなあ」


 ウィルは独り言のようにつぶやいた。

 男二人、女二人。少し距離を置いて、分かれて歩き出す。

 行き先は近くの山。昨日、蜂が出たところだ。魔物が出るということで指輪は全員はめている。

 まだ朝ということで、肌寒く、空気が澄んでいた。


 前のレベッカとエルザは仲良く会話をしているようで、意外だった。なにかと対立することが多いこの二人の組み合わせは、なかなか見ない。犬猿の仲と思いきやそうでもないようで安心する。


「ハーレムにこだわるんだ」

「そりゃそうだろ。男の夢だろ」


 実際、ハーレムって大変だと思う。美人をはべらせるなんていうのはうらやましいけど、複数の女性とのやりとりは苦労しそうだ。


「そういや。アレンの夢はレベッカとイチャイチャすることだったか」

「違うから。いや違わなくもないけど・・・・・・」

「なんだ? 他になにかあるのか?」

「う~ん」


 少し考える。やっぱりあれか。


「効果表を作ることかな?」

「全ての魔物の、か?」

「うん。できればね」

「そんなこと可能なのか?」

「やってみないとわからないよ」

「ははっ。何年かかるんだよ」

「わからないよ。僕が死ぬまでには完成させたいかな」

「アレン。お前・・・・・・そこまでして」


 ウィルは言葉を飲み込んだ。なにかを言おうとしてアレンの心を気遣ってやめたかのようだ。

 先頭を行っていたレベッカから声がかかり、アレンたちは追いつこうと歩みを速めた。


 ダイオウ蜂がいた。

 山の入り口から登った少しのところ、木に止まっている。その十メートルほど手前で待機していた。アレンに近寄るレベッカが口を開く。


「じゃあ私がレンジを使うから」


 アレンはうなづく。レベッカの人差し指が彼に向けられた。


「レンジ」


 補助魔法がアレンにかけられ、体の線に沿って光が明滅する。その状態で手のひらを蜂のほうに向けた。障害物はない。スタン、毒、石化は前回試したのでそれ以外を使う。


「ブライ」


 暗闇魔法。射出された光の線はあらぬ方向へ進んだ。蜂には当たらず大きく右側にそれる。


「あれ?」

「その撃ち方じゃダメ。指先から撃ってみて」


 アレンはうなづいた。

 そうか。そのほうが命中精度は上がるんだ。


「ブライ」


 今度は指先から射出。

 蜂に向かって光の線は進んでいくが、直前で回避された。


「あっ。おしい」


 レベッカは悔しがる。

 やっぱり時間差があるから気づかれるか。でも、これは工夫次第で使えそうかも。

 蜂は気づいて、アレンたちに向かってきた。


「来るわっ!」

「私が対処する」


 エルザが前に出た。


「任せるぜ」


 ウィルは即座に応じて一歩下がる。レベッカ、アレンも同様だった。彼女の実力は知っているため、心配して声をかけたりはしない。

 カチカチ。

 蜂は羽音を立てながら威嚇後、突進してきた。子供ぐらいの体長があるので間近で見ると、普通なら逃げ出すか多少驚く。しかしエルザはなにも感じてないようで冷静だった。


「フォーガ」


 エルザは防御のスペシャリスト。

 透明の壁が彼女の前に出現。蜂はぶつかって弾かれた。そのあと、ゆらゆらと空中を漂う蜂は、まだ攻撃する気まんまんのようだ。


「ゴーハン」


 巨大な土の固まりが地面から飛び出してきた。それが腕のように細長くなり、先が拳のように丸くなる。振り上げられた土の拳が上から下へと動いた。蜂を叩き潰す。まさにゴーレムハンマーだ。

 迷いのない一連の動きは、全国大会のときと同じだった。彼女の強さは防御面の特出した才もあるが、それよりもあわてない冷静さだろう。


「さすがエルザね」

「しっかし。蜂一匹にやりすぎじゃないか?」

「作った指輪の試しをした。良好」

「そういうことか」


 アレンはエルザに近寄った。


「ごめん。僕が外しちゃったから面倒くさいことに」


 エルザはアレンの頭をなでなでした。


「なっ!」

「いい。それよりも今度は少し距離を詰めてやるべき」


 レベッカのしかめ面を無視するエルザ。なでなでが止まらない。


「ちょ! いつまでやってるわけ? アレンも離れなさいよ」


 がしっ。なでなでが止まり、今度は頭をつかんだ。


「わしづかみ」


 「ふふん」と口をつり上げ、嬉しそうだ。彼女の笑うポイントはよくわからない。


「エルザ。俺の頭もあいてるぜ?」

「また蜂探す?」


 当然のように無視したエルザ。頭から手が離れる。わしづかみから解放されたアレンは、少し悩んでうなづいた。


「一、二度失敗しただけだから」


「ブライ」


 再度、蜂を見つけて放つ。今度の距離差は五、六メートル。

 光の線が空中を走り、葉の上に止まっている蜂に当たる。

 ブブブブ・・・・・・。

 様子がおかしい。ふらふらと辺りを動き、木にぶつかった。


「暗闇効果ありだな」

「スリー・・・・・・パニ・・・・・・パララ」


 アレンの指先から放たれた光の線が次々と命中。効果を確かめるため、少し時間をあける。

 蜂はくるくると落下。そして飛んだと思ったら地面に落下。


「混乱も効く。図鑑の通りだ」

「成功だな。じゃあ今度は俺の出番だぜ」


 ウィルが前に出た。


「ふっ! この華麗な魔法さばきを見るがいい! ウィッター!」


 バシュッ! と指先から放たれた風の矢が空気を切る。地面に止まっている蜂に当たった。蜂は胴体と頭を二分され、動かなくなった。


「決まったぜ」

「余計なパフォーマンスしなくていいわよ。意味ないでしょ」

「かっこいいだろ。な? アレン」

 かっこいいというより、ウィッターという発動言語に違和感があった。ウィンドカッターの略だが、普通にウィンドでいいんじゃないだろうか。ここは個々人、センスの違いか。

「じ~」

「はっ」


 昨夜、アレンが部屋で一人のとき。ポーズをつけてかっこつけていたことを、エルザに見られていたことを思い出す。遅れて背中から嫌な汗が流れてきた。


「エルザ。昨日のこと、誰にも言ってないよね?」

「昨日のこと? アレンの部屋のお風呂に入ったこと」

「え!? 何の話だよそれ! アレン! お前!」


 思いっきり食いついてきたのはウィルだ。アレンに詰め寄って、事情を問いただす。肩を揺すられたりしての激しい問いつめだったが、なんとか納得してもらった。

 その日は他、三匹の新しい魔物の効果表を作った。

 ダイオウ蜂以外、素早くなかったので難なく効果を知ることができた。素早く、凶暴な相手には遠くから使うことも可能だという点で、新しい気づきがあったので今日は満足だった。


 寮に戻ったあと、少したってからレベッカがやってきた。

 昨日のエルザとのことだろうか。詳しい事情を問いただされるかもしれない、と覚悟をしていると、ある物を渡された。


「これは?」

「開けてみて」


 部屋に少し入ったところで小包みを開けてみる。中から出てきたものはウエストポーチだ。ベルトに通すようにできるもので、小物を入れられる。


「これは・・・・・・」

「今度からそこに指輪を入れて出し入れするといいわ。そのほうがかっこいいわよ」

「あ、ありがとう」


 てっきりまだ怒っているかと思いきや拍子抜けだ。その心境を素早く察知したレベッカが口を開く。


「どうしたの?」

「怒ってない?」

「なにを?」

「昨日のこと。ほら、エルザが」

「ああ。怒ってないわよ。アレンくん」


 ニッコリ笑顔が怖い。

 なぜくんづけなのか。


「まあでも、ちょっと驚いたのは事実かな」

「ごめん」

「本当はそれ、昨日渡す予定だったんだけどね」

「このお礼は近いうちにするよ」

「じゃあ自分専用のカート買って。新モデルの高いやつ」

「ちなみに何ゴールドするの?」

「百万ぐらい?」


 アレンは口を開いたまま、言葉に詰まった。

 一月の給料が五十万として、二ヶ月。まじか。

 レベッカはクスッと笑った。


「冗談よ。期待しないで待ってるわ」


 魔法士たるもの、初任給でマイカートを買うのが定番になっている。安いのだと十万ぐらいか。貴族ならすでに買ってる人がいる。レベッカの場合、父との確執から援助は受けていないので買ってもらえてない。

 僕は乗ってもほとんど進まないのでカートは買わない。カートに乗れない魔法士っていうのはなんか恥ずかしいな。


「そろそろ下に夕食食べに行こうか。アレン」

「そうだね。あれ?」

「どうしたの?」

「くんづけ終了?」

「ああ。ちょっとからかってただけ」

「そうなの?」

「うん。私は一応アレンを信用してるから」

「よかった」


 ほっと一安心。


「ちなみに本当に僕がエルザを誘ってたらどうしてた?」

「う~ん。想像できないけど、もし仮にそんなことをしてしまった場合、まず裸にして、縛りつけて・・・・・・」

「いやいや! いいよ。やっぱり」


 聞くのが怖くなった。元よりそんなつもりはさらさらないけど。

 浮気だけはしない、と心に誓うアレンだった。

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