第31話 素早い魔物は難しい

 管理部長ゴーザはリオンから、その日あった出来事を聞いた。

 それによると、魔法速度の測定でシャルロットがアレンに負けて、怒っていたという。

 夜、管理室には自分一人だった。魔法士の情報を見るのは管理部長としては簡単だ。書類が入った棚の鍵を開け、その中から書類の束を取り出す。目的の履歴書を探し当てる。

 シャルロット・ド・フェアリーズ。

 特別な才はない。魔法使用の速度は速いため、それで全国四位になった実績がある。負けず嫌いの性格。

 履歴といっても出身学校と自己アピール文しか載ってない。

 エアリアル魔法学校。

 全国一位のエルザと同じ学校か。ということはシャルロットとエルザは知り合いなのだろうか?

 その辺りの詳細は書かれていない。当然、悪いことは書かないものだ。しかし、これは使える。

 ゴーザはニヤリと笑った。


「ふ、ふふふ・・・・・・」


 あとは少し揺すってやるだけだな。

 ゴーザは履歴書を棚に戻した。


 その日。

 講習が終わったあと、アレンはレベッカと一緒に外に出た。オリジナル指輪を試すためだ。リオンの許可はとってあるが、暗くなる前に帰ってくるようにと言われた。

 今日の目的はオリジナル指輪を試してみることにあった。

 この海岸はA区域。安全とされている場所だ。アルファナ都市周辺もA区域に属していた。魔物の数が多いといっても、それはB区域以上の場所で、魔法士たちの活躍で安全が保たれているという事実がある。

 海側と反対側の、長い坂を上がった場所にたどり着いた。開けた場所で、家々が立ち並ぶ光景を見下ろす。


「きれいだね」


 アレンはレベッカの横顔をチラッと見つめていた。整った顔にきれいな青い髪がなびいている。髪を片手で押さえる仕草がなんとも女性らしい。


「どうしたの?」

「いや、別に」


 君のほうがきれいだよ、なんてモテる男なら言えるけど、そんなセリフ吐けるわけもなく。

 カバンから地図を取り出す。ハザードマップと呼ばれるもので、それぞれの区域が地図上に書かれていた。


「この辺りは、ぎりぎりB区域みたいだね」

「山が近くにあるから、魔物が出没するのかな?」

「そうかもしれない」


 準備運動をしてみよう。

 右の指全てにオリジナル指輪をはめる。さらに左の指にも三つ。合計八つの指輪をはめた。


「スタン、ポイ、ブライ、サイレ、スリー、パニ、パララ、ロック」


 それぞれの指輪の魔法石が順々に光る。


「かなり速く使えるようになったわね」

「もっと縮めたら、スポブサスパパロ、か」

「パがかぶるから判断できないわ。そこを直せば大丈夫かな?」

「となるとスポブサスパニパロ」

「早口言葉みたい」

「スポブサスパニパロ。スポブパブ・・・・・・」

「あははっ。噛んだね」

「やっぱり、単に縮めただけじゃダメってことかな」

「そうね。さっきの言葉、焦ってるときに正確に言えないと思うし」


 十分にありえるだろう。強敵を前に噛んでしまってその間に攻撃を受けてしまう。冷静ではいられないからなるべく言いやすい言葉にしないとダメか。

 見晴らしのいいこの辺りには魔物が出てこないか、ということで山に入ってみた。木の階段を少し上がったところで、前方に大きな蜂が飛んでいる。黄色と黒のしましまが警戒色を現しているようだった。


「あれは・・・・・・」

「見たことない魔物ね。まだ効果表は作ってないんじゃない?」


 蜂は初めてだ。素早い魔物の効果表を作るのは困難だ。

 学生の時、都市の外で魔法を初めて使った。その相手が大きなバッタで、逃げられた記憶がある。あのバッタ(たしかオオハネバッタという)の効果表が作れたのはレベッカの氷魔法のおかげだ。アイスフィールドで足を凍らせ、その間、デバフを使った。

 今回は蜂だからアイスフィールドは無駄。さらに警戒心が強いので近づくとすぐに気づかれてしまう。さて、どうするか?

 カバンから魔物図鑑を取り出す。蜂のページをめくり、該当箇所を見つけた。

 ダイオウ蜂。

 地中に巣を作る蜂で、刺されると死ぬ危険性があるという。

 効果表は以下のとおり。


 ス毒暗沈睡混麻石

 ××○××○××


「近づいたら襲ってくるか、逃げられそうね」

「どうしよう?」

「う~ん・・・・・・」

「とりあえず、試してみようか」

「そうね。なにかあったら助けるから」


 そろそろと近づく。蜂は気配に気づいたのか、方向転換。アレンたちを見た。

 今だ、と踏み込む。


「スタン、ポイ、ブ、うわっ!」


 蜂は顔めがけて突っ込んできた。屈んで避ける。振り返って蜂を見ると、威嚇するように歯をカチカチと鳴らしていた。


「アイボ!」


 レベッカの指先からこぶし大の氷の玉が射出された。

 アイボ。アイスボールだ。

 しかし、蜂は素早い動きで横に避けた。


「これなら・・・・・・。アイブリ!」


 手のひらを蜂に向ける。目の前の周りをツララ、雪が降り注ぐ。一面を白く染めた。範囲氷魔法アイスブリザード。これには素早い蜂もたまらず地面に倒れていた。ピクピクと足を動かして、まだ生きている。この状態でもデバフは使えるが、効果がよくわからない。ゆいいつわかりやすい石化魔法を使ってみる。


「ロック」


 瀕死の蜂に反応はなかった。ということは、スタン、毒、石化は効果なしか。


「はあ・・・・・・。危なかった」

「素早くて警戒心強い魔物は難敵ね」

「そうだね。どうにか対処できる方法を考えないと」

「アレン。そろそろ帰らない?」


 辺りは暗くなり始めていた。アレンはうなづいた。


 本部敷地内の四階建ての寮に戻った。


「あとでアレンの部屋に行くよ」

「え? なんで?」

「ふふ。それは内緒」


 気になることを言い残したレベッカと別れ、四階の自分の部屋に戻った。図鑑が入っている重たいカバンを下ろした。指輪は帰り道はずして、巾着袋に入れてある。それはカバンの中だ。

 レベッカが来るので待つことにした。夕食は彼女が来てからでいいだろう。

 忘れないうちに、カバンからノートを取り出す。ノートにダイオウバチの効果表を書いた。ペンを置いて、伸びをする。


「う~ん。うまいぐあいにいかないなあ」


 僕の予想では華麗に決めて、どうだって感じでレベッカに見せたかったのに。

 アレンは立ち上がる。

 例えば、こんな感じかな。

 手のひらを壁に向けてポーズをとった。


「ふっ。スタン、ポイ、ブライ、サイレ、スリー、パニ、パララ、ロック、なんて・・・・・・」

「じー」

「て、えええええええっ!」


 アレンは飛び上がった。背後にエルザがいたからだ。いつもの眠たそうな目を向けていた。


「今の、見てた?」

「うん」

「誰にも言わないでくれる?」

「うん」


 よ、よかった。見てたのがエルザで。ウィルとかレベッカだったら、からかわれること必至だからな。

 いやそれよりも彼女に言うことがあった。


「エルザさん。あの・・・・・・びっくりするからさ。勝手に入って来ないでくれるかな?」

「うん。鍵開いてたから」

「僕いるんだから当たり前でしょ!」

「そうだった」


 はっ。僕がつっこみをするなんて。これはエルザのペースに飲まれているのでは?

 エルザはドアを開け、脱衣所に入った。


「なにをしてるんですか?」

「お風呂入る」

「なぜ!?」

「ここのお風呂、使いたい気分」

「どんな気分!?」


 エルザは上を脱ぎだしたので、あわてて脱衣場から離れた。

 おおおおいっ。なんなんだこの天然女子は。

 すぐにシャワーの音が聞こえてきた。着替えとか持ってなかったと思うんだけど、大丈夫か?

 コンコン。

 部屋の出入り口であるドアからノックの音が聞こえ、飛び上がる。


「アレン。私」


 やばっ! こんなときにレベッカが! ええっとどうする? やばい時間が!


「アレン? 入っていい?」

「いやちょっと! 今はダメっていうか・・・・・・」

「え? どうして?」

「ちょ、調子が悪くって!」

「大丈夫?」

「お腹が痛いだけだから、大丈夫。明日には治るよ」

「そう。だったらいいけど」


 よし。なんとか乗り切れそうだ。

 ガチャ。

 脱衣所のドアが開く。エルザが顔と肩をのぞかせた。胸は腕で押さえているが、こぼれそうな感じだったので思わず目がそっちにいってしまう。


「アレン。タオルどこ?」

「しー! しー!」

「あれ? 誰かいるの?」


 レベッカが気づいた。気づいてしまった。

 これはやばい! 何とかしてごまかさなくては!


「誰もいないから! 僕が声まねしてるだけで!」

「声マネ? 誰の?」


 エルザはこんなときでも平常運転だ。

 頼むから状況を理解してくれ!


「その声はエルザ? なんでエルザがいるのよ」


 口調が厳しくなった。

 開けるわけにはいかないとドアノブを押さえるが、彼女の力のほうが強いようでじょじょに圧される。

 ドアは開け放たれた。

 レベッカの目に映ったのはアレンと、裸のエルザだった。

 あ、あああああ・・・・・・。

 アイスボール? アイスブリザードだろうか?

 いやそれですんだらラッキーかも。

 恐る恐るレベッカの表情をうかがう。

 意外にも、彼女は微笑んでいた。そして。


「ごゆっくり。アレンくん」


 パタン、とドアが閉められた。

 なぜ、くんづけ? そんなに怒ってるってこと?


「アレン。タオル」


 がっくりとうなだれるアレン。天然女子にタオルの在処を教えたあと、丁重に部屋から出ていってもらった。

 明日からどうすればいいんだよ~。

 アレンにはもう一つ、別の悩みが出てしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る