第30話 驚くべき速射

 カート講習が終わったあと。

 アレンたちは地下体育館の隣の部屋に移動した。そこは真四角の部屋で、二十人が入ると圧迫感があるぐらいの広さがあった。

 中央には人一人が入れる程度のボックスが二つ設置されている。開閉式になっており、窓がついていた。最上部には四角い枠があり、なにかの値を光で示すようになっている。

 これはなんだろうと魔法士たちは、その不思議なボックスを眺めていた。


「これは魔法を使う速さを計る測定器だよ」


 先生であるリオンが言った。


「十回の魔法を使う間、どれだけ時間がかかったか測定するのさ。さっきのカートは魔力の大きさが重要だけどこれは違う。これもみんなに試してもらおう」


 リオンはアレンに視線を合わせた。期待の眼差しを向けられている。これは速さを計るもの。

 ということは僕の得意分野というわけか。

 君には速射の才能がある。リオンが言ってくれた言葉を思い出した。あのときは嬉しくてつい、変なことをしてしまったけど、冷静に考えればたいしたことないんじゃないかと思う。

 ここにいるのは全国を制した魔法士たち。その人たちからすると僕の速さなんて並なんじゃないだろうか。


「再び、競争というわけね。今度は負けないわよ!」


 シャルロットがウィルを見て、鼻息をたてた。ウィルはレベッカと離れた壁際に立っている。先ほど追いかけられた恐怖がまだ拭えないみたいだ。


「じゃあ会員番号の若いほうから順番に試すか」


 魔法学会に入会したとき、魔法士たちは会員番号がつけられる。アレンの番号は最初から二番目だったので、前に出た。他の魔法士たちは座る。

 説明を受けた後、片方のボックスの中に入った。指にはファイアの指輪がはめてある。これを十回使い、初めから終わりまでの時間を測定。

 ボックスの中にはボタン類など一切なく、ただの箱だった。おそらく魔法が使われた時点で感知するシステムなのだろう。イスがあったので座り、さっそくやってみた。


「ファイア。ファイア。ファイア。ファイア。ファイア。ファイア。ファイア。ファイア。ファイア。ファイア」


 魔法を使うたび、ボックスの壁が淡く発光する。ファイアは放たれないので、ボックスが発動した魔法を吸収していると思われる。

 終わったので外に出てみた。みんなの視線がボックスの上部に注がれている。アレンもそれを見た。しかし、そこには横線が引かれているだけだった。


 ーーー


 なんだこれ? どういうこと?

 もう片方のボックスから魔法士が出てきた。上部には33.10と表示されている。三十三秒かかったということだろう。

 でも僕のは横線だけ。

 どうしようか迷っていると、リオンが声をかけた。


「アレンくん。他のみんなが試したあと、最後にもう一回やってみよう」

「は、はい」


 アレンはレベッカの近くにいき、腰を下ろした。彼女は「あれってどういうこと?」と不思議そうに言ってくるが、アレンは「わからない」と首を傾げるしかなかった。

 速度測定は三十秒代が続出。レベッカも三十秒ちょうどだった。そんな中。


「おおっ」


 魔法士たちから歓声があがる。

 二十九秒。

 ウィルだった。


「ははっ。まあ、こんなもんかな」


 なんて得意げに言っているのも束の間、またしても歓声があがる。


「二十七秒だ」

「シャルロットだ」


 彼女はボックスから出てくると、ウィルに近づいた。


「ふっ。私の勝ちね。思い知ったかしら」


 シャルロットはどうだといわんばかりに、ない胸を張った。


「昔から私、速さには自信があったの。魔力値ではかなわないでしょうけど、速さなら誰にも負けないわ。って、聞いてるの!」


 ウィルはシャルロットから離れ、次にボックスに入るエルザを眺めていた。彼だけではなく他の魔法士たちも気になるのか、彼女に視線を注いでいる。

 全国一位のエルザ。速度はどのくらいなのだろう。

 すぐに結果が出た。

 二十八秒。

 シャルロットに一秒負けだ。


「おほほほほっ! 私が一番ね! 速射のシャルロットと呼びなさい!」


 一番になれたことが嬉しいのか、満面の笑みだ。

 あんな、お嬢様っぽい笑い方する人初めて見た。


「アレンくん」


 リオンがやってきた。


「もう一回、やってみようか」

「また横線が出るだけだと思いますけど」

「試しに、さっきより使ってくれないか?」

「遅く、ですか?」

「そうだ。間隔を置くようにね」

「わかりました。やってみます」


 アレンはボックスに向かった。


「なんどやっても同じだと思うけどね」


 シャルロットは聞こえるような大きい声で言った。

 ボックスに入る。さっきより遅く魔法を使ってみた。


「ファイア。・・・・・・ファイア。・・・・・・ファイア。・・・・・・ファイア。・・・・・・・・・・・・ファイア。・・・・・・ファイア。・・・・・・ファイア。・・・・・・ファイア。・・・・・・ファイア。・・・・・・ファイア」


 よし。いいかな。

 ボックスの外に出てみる。魔法士たちが口をぽかんと開けたまま、驚いていた。


「う、嘘、だろ・・・・・・」


 みんな何をそんなに驚いているんだろう。

 上部の計測表示を見る。そこには12.22とあった。

 レベッカは微笑み、ウィルは「ひゅうっ」とはやし立て、エルザはぴくりと眉を動かす。シャルロットは先ほどの表情とは一転、険しくなった。ぎりっと歯を食いしばっている。


「じゅ、十二秒?」

「私たちの半分以下じゃない」

「速すぎだろ」


 ざわざわと周りの魔法士たちが騒ぎ出す。その中で怒りを爆発させたのはシャルロットだ。両拳を握りしめ、わなわなと肩を揺らしてした。


「嘘よ。こんなの・・・・・・。どんなずるしたの?」

「ちょっと待って。ずるってどういうこと? そんなことできるわけないでしょう」


 レベッカはシャルロットに注意するが、それが気にくわないのかシャルロットはレベッカをにらんだ。それで動じるレベッカではなく、にらみ合いが続く。一触即発のムードを断ち切ったのは、リオンだ。


「はい! 今日の研修はここまでだ。明日は教室でオリジナル指輪の作成にとりかかる。それでは解散!」


 魔法士たちは部屋から出ていく。カートで魔力を使い、速度測定で魔法を連続で使ったため、疲れた顔をしている人が多い。


「ちょっとあの子。失礼よね。負けたからってアレンにあんなこと言うなんて・・・・・・」


 シャルロットの姿が見えなくなったあと、不機嫌な顔をしたレベッカが口を開いた。


「よっぽど悔しかったんじゃないか。アレンに負けたのが」


 ウィルはニヤニヤと笑っていた。

 確かにあの怒り方、尋常じゃないな。


「大丈夫かな」

「なにが?」

「シャルロット。僕のせいで自信をなくしてないか心配だよ」

「お前ってやつは・・・・・・。あんなの放っておけばいいのに」

「そういうわけにもいかないよ。同じ、仲間なんだから」

「まあ、アレンはそういう奴だよな」

「あんたはなに、わかったような口聞いてるのよ」


 レベッカがすかさず突っ込んだ。

 そういえば、まだ謎は解明されていない部分があった。


「最初のあの横線はなんだったんだろう?」


 アレンの疑問に答えてくれたのは、リオンだ。


「あれはおそらくエラーだ。測定不能」

「じゃあアレンの速度はもっと上ってことですか?」


 レベッカは問うた。


「ああ。そういうことになるな」

「さすがアレン」

「さすが。なでなでしてあげる」


 レベッカとアレンとの間に、割って入り込むのはエルザ。彼女はアレンの頭をなでなでする。


「ちょ、ちょっと! なにしてるわけ!」


 レベッカはアレンを後ろに引っ張った。


「むっ。じゃま」

「じゃまって・・・・・・。こほん。言っておきますけど、アレンは私の彼氏なんだからね」

「それがなに?」

「え? だから・・・・・・なでなでとかそういうことは・・・・・・」


 彼氏だという事実に動じないエルザ。予期しない反応に、レベッカは劣性に立たされ、たじろぐ。


「私はアレンを弟みたいな存在だと思ってる」

「お、弟」

「そう。弟。だからなでなでは許される」

「いやいや。その理屈は変でしょう? なんで弟だからなでなでするのよ」

「可愛いから」

「か、可愛いって・・・・・・」

「しょうがないな、お二人さん。じゃあここは俺の頭をなでなでするってことで」


 レベッカとエルザはウィルに、口をそろえて言った。


「「くたばれ」」

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