第29話 レベッカvsエルザ
午後は地下に集合した。
広い空間で、観客席がある。地下の体育館のような場所だった。
本日、ここでやるのはカートの講習だ。
魔法士はカートと呼ばれる薄板に棒がついた乗り物で移動する。棒を握り、魔力を流して進む。
まず、リオンが手本を見せた。魔力を流しすぎると加速してぶつかってしまうのでコントロールが大切だと話す。
次にアレンたちが試した。
レベッカは難なくコントロールをしているようで、カートと一緒に宙を浮いて、その場にとどまっている。エルザ、シャルロットも同じだ。
「うおおおおっと!」
ウィルが乗ったカートが加速しすぎて、壁にぶつかりそうになった。なんとか手前で止まる。
「あっぶねえ。流しすぎたぜ」
他の魔法士たちも最初、コントロールすることが難しかったようだが、じょじょに慣れ、乗りこなすのに時間はかからないようだった。ただ一人をのぞいては。
「あれ?」
アレンは棒を握り、魔力を流す。しかし、カートが浮くのはわずかだった。もう一度魔力を流すがうまくいかない。すぐに落ちてしまう。
「どうしたの?」
レベッカが地上に降り、近くまでやってきた。
「ダメみたい・・・・・・」
アレンは乾いた笑いをした。
浮かせるだけの魔力が足りないんだ、そう察した。彼女もそれがわかっているようで、なにも言わない。
くやしいな。でも仕方ない。僕の魔力値はランクFで最低。カートに乗るのは無理か。
「大丈夫。私が乗せてあげる」
カートに乗ったエルザが言った。スイ~と滑るように進み、アレンのそばに着地する。
「乗って?」
「え?」
乗ってって、カートってもともと一人用でそんなに大きくないから、後ろに乗るにしてもどこをつかんだらいいのか、わからないんだけど。
「あら残念ね。エルザさん。アレンは私のカートに乗る予定よ」
「レベッカ?」
彼女はニッコリ笑顔をエルザに向けていた。目が笑ってないのがちょっと怖い。
「そんなの聞いてない」
「ずっと前から決めてたことよ。ね?」
「はい」と言えという無言の圧力がアレンを襲った。
「ええっと・・・・・・」
「アレン、困ってる。やっぱり私のに乗るべき」
「い~え! 私のに乗るべきよ」
エルザとレベッカは歩み寄り、いがみ合いを始めた。そばにいたアレンはその様子を「あわわわわわ・・・・・・」と見ていることしかできない。そしてウィルは口を半開きにし、うらやましそうにアレンたちを見ている。
「こうなったら勝負よ。どちらが長くカートに乗り続けることができるか。勝ったほうがアレンを乗せるってことで、どう?」
「望むところ」
なにやら勝負が始まりそうだった。
「面白そうじゃない。私もやるわ」
いつの間にか話を聞いていたのはシャルロット。やる気まんまんだ。
「ウィル。勝負よ!」
彼女はビシッと彼を指さす。
「はあ? やだよ。面倒くさい」
「なら私の不戦勝ね」
そこへリオンがやってきた。「なんか面倒くさいことになってますよ」とウィルが話をすると、意外にも「それは面白い」と返した。結局みんなで勝負することになった。
二十人全員がカートの上に乗り、棒を持ったまま待機する。
「よ~し。じゃあみんな、俺がスタートの合図をするからそこから浮いてくれよ」
リオンは楽しそうだ。
僕はちょっと楽しめそうにないんだけど・・・・・・。
「よ~い。・・・・・・スタート!」
一斉にカートが宙を浮いた。まず最初に脱落したのは誰だっただろう。
僕でした。
「あ、もうダメ・・・・・・」
カタン。
カートが地面に着地した。
「ぷぷっ! はやっ!」
シャルロットの冷やかす声に、アレンは笑うしかなかった。
それからじょじょに脱落者が増えていく。
「く・・・・・・。もうダメだ」
「私も・・・・・・」
次々とカートが着地する中、最後まで残ったのはやはり、全国上位組だった。エルザを筆頭に、レベッカ、ウィル、シャルロットの四人。
これは魔力量の多さを計るだけの戦いではない。いかに低コストで浮かせるか、無駄な消費を抑えて飛び続けるか、センスの戦いでもあった。
「そ、そろそろ、苦しくなってきたんじゃないの?」
シャルロットはウィルに話しかける。彼女の表情に余裕はあまりなさそうだった。
「は。お前のほうがよっぽどだろうが」
「なに言ってるの? これは演技よ。そんなことも見抜けないわけ?」
心を揺さぶってまで、シャルロットは勝ちたいのだろう。
それからすこし時間がたち、シャルロットのカートがじょじょに下がってきた。顔を歪め、持ちこたえるがついに果てる。
「くっ!」
カートが着地した。彼女は悔しそうな顔を浮かべる。
次に落ちたのはウィル。もう少し余裕がありそうだったが、諦めて着地した。
「はあ・・・・・・疲れた」
彼は床に座り込んだ。
残るはエルザ、レベッカのみ。両者、お互いをじっと見ていて、火花が散っているようだ。しばらく続く戦いを、周りが固唾を飲んで見守っている。
どっちが勝つんだろう。
レベッカの魔力値はランクS。エルザもおそらくそうだろう。
しばらく待つと戦いに変化が見られた。エルザのカートが少しずつではあるが下がり始めた。彼女の表情に変化はないが、これは決まったか。
そんなとき、水を差したのはウィルだった。
「お、おお・・・・・・」
下から上に、彼はレベッカたちのスカートの中をのぞき込んでいた。それに気づいたレベッカは、スカートを押さえる。
「ちょ! バカ! どこ見て・・・・・・あ・・・・・・」
一瞬、棒から手を放したせいか、レベッカが乗ったカートが下に勢いよく落下。
「いたっ!」
アレンは駆け寄る。
「大丈夫?」
「うん。平気・・・・・・」
「いやあ。よかったよかった」
ウィルはヘラヘラと笑っている。とたん、レベッカの表情が一変した。鋭い目つきになり、自らのカートを持ち上げ、ウィルに襲いかかる。
「この変態が~!」
「うわっ! うわああああああっ!」
ウィルは一目散で逃げ出した。なおもレベッカは追いかける。リオンは「あ~あ」と言って微笑んでいた。
止めないでいいのかな?
アレンがウィルの行く末を気にしていると、後ろからつんつんされた。振り返るとエルザが立っている。
「私の勝利」
「あ、うん。そうだね」
「カートに乗るときは、私のに乗る。いい?」
「え~と・・・・・・」
レベッカの許しが必要のような気がしなくもない。
彼女は逃げ足の速いウィルを追いかけるのを諦めると、ぜいぜいと息を切らして寄ってきた。そして大声で「こんなの無効よ!」と言った。
当然というべきか、エルザは首を縦にはふらなかった。こうして決着はエルザの勝利に終わった。
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