第26話 レベッカとイチャイチャ

 研修初日が終わり、寮に戻ることになった。すぐ隣の棟がそれだ。

 学生の時と違うのは、トイレ、風呂が個別でちゃんとあるところ。

 部屋はホテルのようにきれいで、ベッド、本棚、机が一つあった。窓を開けてベランダに出てみる。海を眺められる景色がきれいだった。夕焼けがオレンジ色に世界を染めている。

 この辺りにはどんな魔物がいるのだろう? さすがにこの時間になると遅いので外には出なかったが。

 トントン。

 ノックの音がして、部屋に戻る。誰かなとドアを開けると、立っていたのはウィルでもなくレベッカでもなく、エルザだった。

 全国一位の実力を持つ、謎多き女性。無表情で、眠たそうな目がアレンをとらえていた。

 あれ? 部屋を間違えたかな?

 ドア横のプレートを見てみる。401号室。合っているようだった。

 ジッとアレンを見つめてくる。

 僕になにか用があるのだろうか?


「あの、なにか?」

「私、エルザ。よろしく」

「あ、アレンです。どうも」


 差し出された手に反応し、握手をする。


「ええっと、挨拶回りですか?」

「うん。そう」

「そうですか・・・・・・」

「そう」

「・・・・・・」

「・・・・・・」


 会話が続かない。アレンは話のきっかけを作ることができず、視線を下に向けていた。

 なでなで。


「え?」


 エルザは手をアレンの頭に置いた。そして少しなでたあと、「じゃあね」と言って去っていく。

 なんなんだろう、いったい。不思議な人だな。

 真意がわからないまま、とまどいつつも部屋に戻る。

 まあいいか。今日は疲れたなあ。

 ベッドに仰向けに寝転がり、ウトウトしているとまた、ノックされた。

 今度は誰だろう?

 出てみると、ウィルがいた。


「部屋の中、点検しにきたぜ。入っていいか?」

「いいけど」


 彼は部屋の中に入り、辺りを見渡す。


「俺の部屋と一緒だな」


 ウィルはベッドに腰かけ、両手を後ろについた。

 暇だから話しかけにきたのだろう。

 アレンは意図を察し、絨毯に座った。


「さっき、エルザさんが部屋に来たんだけど」

「なにっ!?」


 ウィルは前のめりになり、食いついてきた。


「なんでだ? なんでエルザがアレンの部屋に?」

「挨拶回りって言ってたよ」

「俺のところには来てないぜ」

「それは・・・・・・わからないけど」

「くそっ。マジかよ」

「もしかしたら今から行くのかも」

「そういうことか! よっしゃ! そうとなれば、部屋に裸でスタンバっておくぜ! ありがとな!」


 ウィルは走り去っていった。研修中とは違い、やる気に満ちあふれている。

 裸で、って。そういうことするから嫌われるのでは?

 レベッカがウィルを変態呼ばわりしていたことを思い出した。

 

 やれやれ、とベッドに仰向けに寝転がる。状態異常魔法の効果表が書かれたノートを眺めているとノック音。本日、三度目。出迎えると、今度はレベッカだった。


「今、いいかな?」

「ど、どうぞ」


 自分の部屋に彼女を招き入れるとか、ドキドキするなあ。

 少し照れた様子で部屋に入ってきた。レベッカは上着を脱ぎ、私服姿だった。白の長袖にスカートという格好。

 彼女は床に座る。アレンはベッドに座り、広げていたノートを閉じた。そのことに気づき、彼女が声をかける。


「また表を眺めてたの?」

「うん。まあね」

「オリジナル指輪が作れるようになれば、速く魔法が使えるわね」


 アレンはうなづく。

 例えば石化魔法を使うとき、今までだと「ロックプリズン」と言わなければいけなかった。しかし、反応する言葉を例えばロックにしてやると、「ロック」というだけで石化魔法が使えることになる。わずか四文字短縮だが、実戦だと有利になることは間違いない。効果表を作る上でも助かるだろう。


「でも、ノートに書くのは大変だよ。魔物図鑑を持っていくのも大変だし」


 現段階では、魔物に出会った場合。まず、効果表を作ってない魔物かどうかを買った魔物図鑑で調べる。作った魔物にはチェックを入れてあるのでそれで判断している。作ってないとわかったとき、状態異常魔法を試し、結果をノートに記入している。


「それはしょうがないわね」

「コード石を使って記憶できないかな?」

「それは無理かも。コード石に入力できるコードって二百文字ぐらいだし」

「う~ん。そうか」


 この調子だと世界中の魔物の効果表を完成させるには、かなりの時間がかかるだろう。

 僕がやらなきゃ、という思いがある。正確な情報を人々が知ることで、役に立つことがあるかもしれないからだ。そのためには会長の承認が必要なのだろうが。


「アレン。難しい顔してる。悩み事?」

「いや、大丈夫。ちょっと疲れてるだけだから」


 レベッカは立ち上がり、アレンの横に座った。肩が密着するぐらいの距離で近い。彼女の柔らかな感触と体温を感じる。


「私が疲れ、ほぐしてあげようか?」

「え?」


 それはつまりええっと。

 変な妄想しか浮かばない僕は変態になってしまったのだろうか。いやいや。男なら平常運転だろうと信じたい。


「手で? 足で? それとも体を使って?」


 あ、足? 体って。

 ゴクリと生唾を飲み込む。レベッカはすぐ横で目をうすく開け、艶めかしい表情をしていた。


「そ、それじゃあ・・・・・・手で」

「手、ね。わかったわ」


 レベッカはベッドの上がり、アレンの背中に行った。ふとんが擦れる音だけがして、なにをされるかわからないドキドキが襲う。

 あ、やっぱりやめておけばよかったかな? なんかされるんじゃないかと思うと体が硬くなってきた。というか、なにもしてこないのが怖い。


「あ、やっぱりいい」

「ふぅ」

「うわっ!」


 耳に息を吹きかけられた。後ろを振り向こうとするが、顔をがしっとつかまれ、前に向かされる。


「あの? レベッカ?」

「なあに?」

「絶対楽しんでるでしょ。これ?」

「うふふ。そんなわけないでしょ」

「いや笑ってるんじゃ」

「ふぅ」

「ひあっ!」


 アレンは飛び上がり、ベッドから離れた。振り向いてレベッカを見下ろす。彼女は座ったままクスクスと笑っていた。

 なんのプレイ。これ。


「今日はここに泊まろうかな?」

「ばれたらやばいから!」

「ばれなきゃ、いいんじゃない?」

「そういう問題じゃあ・・・・・・」

「しょうがないなあ。じゃあ続き、してあげる」

「続きって、さっきの?」

「うん。座って」

「いや、もういいかな」

「座りなさい」

「あ、はい」


 目つきが鋭くなり、やや強い口調だったので、従ってしまった。断ることに長けていない僕の弱いところだ。

 今度、彼女はぎゅっと背後から抱きしめてきた。柔らかい彼女の体を感じながら、ドキドキしつつも、しばらくすると落ち着いてくる。

 彼女はそっと回した腕を放した。


「どう? 疲れはとれた?」

「う、うん。少しとれたかな?」


 そのあと、肩をもむなどマッサージをしてくれた。

 手を使うってそういうことか。

 彼女が部屋から出ていく。去り際、ドアの前で彼女は言った。


「魔物図鑑の訂正、できればいいね」


 アレンはうなづいた。

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