第25話 プログラム研修
研修が始まった。
最初の日は講義で、教科書を見ながら講師が読み上げるというもの。魔法士の歴史や、魔法の属性(火、氷、雷、風、土)といった基本的な勉強で、アレンは眠たくなってきた。でも寝るわけにはいかないので頭を左右に振ったりして我慢した。横を見るとレベッカも同じで、彼女もまぶたが下がってきている。
ウィルは座ったままの姿勢で目を閉じている。いびきをかき始めた彼の頭部に、リオンの教科書が直撃した。
「うあ」
変な声をもらす彼。よだれを拭く様子に、周りの人たちから笑いがおきた。
「しっかりしなさいよ!」
後方からヤジが飛んだ。敵対心ばりばりのシャルロットだ。
「君はウィルくんだったね。プログラムキーボードは知っているかな?」
「これでしょ? とっくの昔に知ってますよ」
ウィルは目の前の黒い物体を指さした。
「あとでやることになるんだが、教科書に問題集がのっている。暇ならそれを問いてもいいが」
「おっ。そっちのほうが楽しそうだ。そうさせてもらいま~す」
ウィルは折りたたみの機械を開き、なにやらキーボードを打ち出した。カタカタカタ・・・・・・。
なんだろうこの機械。気になるな。
後ろを振り返る。ウィルが得意げな顔をしていた。
「アレンくんも知っているかな?」
「いえ。僕は・・・・・・」
「そうか。ならあとで実際に動かすから、それまで我慢してくれ」
「はい」
眠たそうにしているのがバレてたみたい。
なんで基本的な勉強を今更と思うが、魔法士になった者たちの中には知らない人がいるみたいで、その人に合わせた授業内容になっているようだ。
午前中の座学が終わり、時計が十二時を指す。昼食の時間だ。
食堂は一階にあるということで、アレンたちは一階に下りた。うどんを注文し、席に着く。壁は透明なガラスになっていて、庭の芝生が見えた。
机を挟んで正面にレベッカ、アレンの隣にウィルが席につく。
「なんであんたとお昼一緒に食べないといけないのよ」
レベッカの鋭い口調に、ウィルは動じない。ヘラヘラと笑っている。
「いいじゃねーか。俺、友達いなくて寂しいんだから」
「うそ。あんたなら周りに一人や二人、いるんじゃないの?」
「いねーよ。知り合いはお前ら二人だけだ」
「さっき、シャルロットって子がいたじゃない」
「あれは知らん。ガミガミうるさいし、お子さまに興味ないんだ。俺の好みはボンキュボンの・・・・・・」
ウィルはアレンの脇を小突いた。ビクッと体が反応してしまう。
食べてるときにやってこられたので、吹き出しそうになった。
「おい。エルザっていいと思わないか?」
小声だった。しかし、レベッカには聞こえているようで、彼女は眉を寄せる。エルザは斜め前の席に座っていた。全国一位の実力を持つ魔法士。言葉数が少ないため謎は多い。スタイルも出るところは出て、しまるところはしまっている。ショートパンツから見える脚はモデルのように長かった。
「どう思う?」
「ははは・・・・・・」
アレンは笑ってごまかした。レベッカは気にしてないとばかり、スープを飲んでいるが絶対聞いている。
彼女の前で他の女子のことを持ち出されても答えられるわけない。
「同じクラスになったのも縁だし、ちょっと声をかけてみるぜ」
ウィルは立ち上がり、一人で食べているエルザの元へと向かった。彼は意気揚々とステップを刻む。そして、なにやら話しかけ始めた。食べる速度を緩めないエルザに、ウィルはそれでも話しかけ続ける。やがて彼女は一言、小さく口を開いてなにかを伝えた。ウィルは苦笑い。その場を離れて、元の席に戻ってきた。
なにも言わないウィルだったが、肩を落とし、落ち込んでいる様子から察することができる。
「どうだった?」
レベッカはニヤリと笑って聞いた。
「くたばれ、ってさ。俺、女子にそんなこと言われたの初めてだよ。ちくしょう」
アレンはうどんをすすりながら耳を傾けていた。
うわっ。それはすごい毒舌っぷりだな。
「アレン。あの女には気をつけろよ」
気をつけるもなにも、僕にはレベッカがいるし。
階段を上がって教室に戻る。食事を済ませたのか、リオンがいた。彼は教壇の横の席に座り、休憩している。
まだ始業には時間がある。アレンはお願いしたいことがあった。
「リオンさん。ちょっといいですか?」
「なんだい?」
微笑んでくれる。
迷惑そうじゃなさそうだ。
「会長に会って、話をすることはできないでしょうか?」
「どういうことかな?」
アレンはこれまでの経緯を伝えた。
状態異常魔法の効果表を作っていること。魔物図鑑の情報が間違っていて、訂正をお願いしたが、断られたことなどだ。
「なるほど。図鑑の訂正を再度、お願いしたいということだね?」
「はい」
「よし。そういうことなら僕から管理部長に伝えておこう」
「ありがとうございます」
アレンは頭を下げた。
よかった。このままだと納得がいかないから、どうしようかと思っていたところだ。リオンさんが伝えてくれるならありがたい。
「それにしてもそんなことをしていたのか。若いながら感心だ」
「いや。それほどでも・・・・・・」
誉められて、恥ずかしくなって後頭部をかく。
午後の授業が始まる。
プログラムキーボードの操作方法。演習だ。
この機器はプログラムを入力し、出力できるものだ。キーボードを叩き、命令文であるコードを打ち込む。キーボードとコード石という小指サイズの石とはケーブルで繋がることができ、コードを出力。コード石は命令文通りに反応する。
例えば、「おはよう」と言ったら光るようにしたいときのコード文は、こうなる。
if str = おはよう then shine = true endif
これで出力完了後、コード石に「おはよう」と言えば光る。厳密にはこのコード文だけだと光りっぱなしなので、オフにするコードも入力しないといけない。
なんのためにこんなことをするのか?
それはオリジナル指輪を作るためだ。どんな言葉を言ったら魔法を発動させるか。このプログラムキーボードを使えばカスタマイズが魔法士自身で可能となる。
うわあ。こういうの、ちょっと苦手かも。
たどたどしいタイピングをするアレンの後ろ。ウィルから再びいびきが聞こえてきた。そしてリオンは案の定、教科書で叩いて起こす。
「ウィル君。演習問題はできたのかな?」
「できました」
「ふむ。教科書の後ろのほうはまだいっぱいあるからな。全部やってもいいんだぞ?」
「全部やりましたよ」
「え?」
「だから、全部やりましたって」
リオンは驚いた様子でプログラムキーボードの画面をのぞき込む。最後の問題ができていることを確認した。
「凄いな。この短時間で・・・・・・」
「寝てもいいですか?」
「それはダメだ。・・・・・・そうだな。アレンくんに教えてあげなさい。教えることで勉強になるからね」
「はいはい。了解っす~」
ウィルはアレンの横にイスを持ってきて座った。左にはエルザがいて、「やあ。わからないところはないかい?」と声をかけるが見事に無視されていた。
くたばれって言われたのに、諦めないんだな。
こうして研修一日目が終わった。
帰るとき、リオンと背の低い、五十代ぐらいの男が話をしていた。
彼が管理部長だろうか?
カバンに教科書、支給品であるプログラムキーボードを入れて教室を出た。
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