第21話 彼女の喜ぶ顔が見たい
魔法士のリオンから「魔法士になるべきだ」とお墨付きをもらったアレン。誉められてニヤニヤしている場合じゃない。
まだレベッカの問題が残っている。
父親が許してくれない限り、彼女が魔法士としてアレンとともに戦うことはない。魔法士になったあと、彼女に期待するか。「城勤めは絶対嫌だ」と言っていたから、彼女がうまいこと父親を説得して・・・・・・。
アレンはため息をついた。
他力本願だなあ。いっそのこと僕が父親を説得しに行くか? いやいや。あんな目つきの鋭い、いかにも貴族って人に僕が口でかなうわけないじゃないか。間違いなく僕のこと見下してるし。怒らせたりして退学になったら目も当てられない。大人しく待つべきだろう。しかし・・・・・・。
その日、アレンは教室で一人ウンウン悩んでいた。朝の早い時間帯だった。突然ドアが開く。
「ばあ~ん!」
やってきたのは、新聞部の部長ローリーだった。背の低いツインテールの女子。傍には部員のマリンがいる。アレンが驚いているのをよそに、彼女たちはツカツカと入ってきた。二人ともカバンを持っていた。
「おはようございます」
「ど、どうしたの? こんな時間に。授業は?」
「まだ始業前ですよ。そんなことより重大発表」
ポカンとしているアレン。「ほらほら」と背中を押され、前に飛び出したのはマリンだった。ローリーより少し背が高く、肩まで髪を伸ばした女子だ。特徴的な大きな胸は白い制服を押し上げている。
「ええっと・・・・・・」
視線は下に向けられていた。頬を少し赤く染め、なにか言葉を出そうとしているが、視線だけが動いていた。
なんだ? もしかしてこれって・・・・・・。
「ほら。言うんでしょ?」
「うう。やっぱり恥ずかしい」
「ここまで来たらあとはもう言うしかないよ。ほらほら」
マリンは顔を上げた。瞳に力がある。何かを言う気だった。
これは告白? いや間違いない。そんなことをされても困る。僕には心に決めた人がいるからだ。「好きです。付き合ってください」と言われて断るのは気が重い。だとしたら先に・・・・・・。
「アレンさん。あの、私、アレンさんの・・・・・・」
まずい! こうなったら先手必勝。
「ごめん! 僕にはレベッカという心に決めた人が!」
アレンは頭を下げた。
あれ? なにも言ってこない。
すぐにケラケラと笑い声が聞こえてきたので顔を上げる。大きく口を開いて笑っているローリーの顔が見えた。
「あ、あの。それは知ってます」
「へ?」
「ですから、あの。私、アレンさんのファンなのでサインがほしいのですが・・・・・・」
「あ、ああ! サ、サインね!」
ボンッ!
アレンの顔が発火したように熱を帯びた。
うわあ~! なに勘違いしてんだ! めちゃくちゃ恥ずかしい~! うあ~! 死にたい~!
マリンから差し出されたノートに、自分の名前を書いた。恥ずかしさからやたら汚い文字になってしまった。
「ありがとうございます。大切にします」
「それはどうも・・・・・・」
マリンは大事そうにノートを抱えていた。
「ほほお」
ローリーが近づいてくる。背が低いため、上からなめるような視線に鳥肌が立ちそうだ。
「な、なんですか?」
「一途なんですね。レベッカさん以外、考えられないと?」
「いや別に・・・・・・」
「これはネタになりそうです。それでは失礼しました」
「え! あ、ちょっと!」
ローリーは逃げるように去っていった。マリンは頭を下げ、ドアが閉められる。騒がしい部屋が一転、静かになる。安堵のため息をつき、イスに座った。
そういえばレベッカとは数日会ってないな。
最後に会ったのは食堂の前だ。彼女は女子たちの傍にいた。そのとき紙の束を持っていて、女子たちが紙になにか書き込んでいた。声をかけたが、「ごめん。今忙しいから」と言って、相手にしてくれなかった。
もしかして嫌われたのかな? なんて気にし出すとなかなか眠れなかった。
心にぽっかりと穴が開いた。寂しさが募る。
アレンは机上に置かれた魔物図鑑を眺めているが、頭に入らない。外に出て、状態異常の効果表を作るのはしばらくしていない。父親がレベッカとアレンの仲を引き裂く以上、代わりの人を見つけたほうがいいのだろう。だがやっぱり踏み切れなかった。
効果表を作りたい。でもできない。
そんな思いの交錯がアレンを憂鬱にさせるのだった。
お昼になった。
早めに食堂に行って、いつもの定食を食べていると、フェイルがやってきた。今日は一人だ。最近彼とはよく会う。
いつものようにアレンの横に座り、定食を食べていた。
「元気ないな」
「そんなことはないよ」
作り笑顔で答える。しかしフェイルは笑わなかった。
困ったことがあったら何でも言ってくれ、そう彼が言っていたのを思い出す。気持ちが少しふさぎ込んでいて誰かに話を聞いてほしかったのもあり、重い口を開く。
「実は・・・・・・」
フェイルは黙って聞いてくれた。一通り話し終わると、彼は口を開く。
「お前ら、すごい仲良かったじゃねーか。もったいないな」
「そんなこと言っても退学にされたら・・・・・・」
「まあそうだけどよ。本当にそんなことできるのか?」
「レベッカに確認してもらったけど、できるらしいよ」
「適当なこと言ってるんじゃないのか? アレンを近づけさせないために」
そうだとしても確証はない。なら動かない方がいいのでは?
「アレン。お前、レベッカを助けたときに死ぬかもしれなかったわけだろ? 普通だったら動かないよな。なんであのとき動いた?」
「それは・・・・・・」
助けたいと思ったから。好きな人が目の前で死んでしまうことは耐えられなかったからだ。
「今回も同じだろ。違うか?」
言われて言葉が詰まった。
確かにそうだ。あのときは死ぬかもしれない恐怖があった。今回は退学の恐怖。当然、前者のほうが怖いわけで、なぜ今回は諦めたのだろう。
僕が動かなきゃいけないんだ。レベッカと一緒にいたい。彼女の笑顔を傍で見ていたい。
思い返してみれば、初恋の人に花を持っていくときの理由は単純なものだった。
彼女の喜ぶ顔が見たい。
それだけだったはずだ。そのことを想像しながら一生懸命になって壁に上った。泥だらけになってつかみ取った一輪の花。
どうせ花なんかあげても喜ばないよ、とは考えなかった。付き合いたいとか考えなかった。それが今はどうだ? 退学にさせると言われて怖じ気づいている。
「退学? そんなことさせねーよ。俺が抗議してやる。俺も一応貴族だ。家は小さいかもしれないけどな。フリーのやつにも加勢させることだってできる」
アレンは立ち上がる。不思議と力が湧いた。同じだ、あのときと……。
「レベッカの家、どこにあるかわかる?」
「ああ。やる気になったようだな」
ニヤリとフェイルが笑い、それに同調するようにアレンは少年のような顔つきで笑うのだった。
夕方。学校を出て、高級住宅地区にフェイルとともに行く。この時間まで待ったのはグレイが外出していない可能性があるからだ。
フェイルから「レベッカを呼ぶか?」という問いに、アレンは少し考えたあと首を横に振った。なんか大勢でお父さんを攻めに行くみたいで、卑怯な感じがしたからだ。やるなら一対一。そのほうが僕の気持ちがストレートに相手に響く。
怖い。しかし僕は僕のやりたいようにやる。あのとき――初恋の人の手には彼からもらった立派な花束があった。
今なら、それを見たあとでも強引に渡しに行っただろうか。あの小さな、でもきれいな一輪の花を。
小さくたっていいじゃないか。
一つだけだったっていいじゃないか。
受け入れてもらえなくていいじゃないか。
期待はするな。ただ僕は僕のやりたいことを、信じていることをやり抜く。それだけだ。
大きな豪邸だった。周りと比べても一際敷地面積が広い。庭付きで、いかにも金持ちが住むという家の玄関にアレンたちは立っていた。
手が震える。
でもやらなければ。一生後悔する。
アレンはドアをノックした。遅れてメイドが出てきた。若い、二十代ぐらいの子で、メイド服に身を包んでいる。
「どちら様でしょうか?」
「レベッカの友達のアレンです。グレイさんに会いに来ました」
「少々お待ちください」
すこし待ち、メイドが再びドアを開いて顔を見せた。
「どうぞこちらへ」
通してもらえるようだ。
絨毯が敷かれた廊下を歩き、ドアの前で立ち止まる。ノックした。
「失礼します。アレンさんが来られました」
「入れ」
ドアを開く。アレンは中に入った。部屋には革のイスに座る、レベッカの父が見えた。目の前の机の上には紙が重なっている。仕事中だったのだろうか?
「なにかね? 君と話すことはもうないと思うが?」
一呼吸置いて、アレンは答えた。
「レベッカは城に勤めることを嫌ってます」
「だからどうした?」
グレイの目つきが鋭くなる。足が震える。心臓がバクバクで逃げ出したい。しかし意を決して言葉を続けた。
「レベッカを縛るのは、やめてください」
「君は何様のつもりだ? 一般人が、それも他人の家の娘に口を出す権利があると思っているのか?」
鋭い視線が刺さる。怯みそうになり、この場から去りたい気持ちを堪え、ギュッと拳を握りしめた。
「そんなこと関係ないと思います。嫌なことをさせるのが父親の役割ではないかなと・・・・・・」
ガタッ。
イスを引き立ち上がる。アレンはビクッと体を震わせた。それでも目の前の紳士から目をそらすわけにはいかない。
「子供になにがわかる? 代々、我がアイスブルク家に生まれたのであれば城勤めだ。クーラーという称号が与えられたのはアイスブルク家だけ。お前のようなよそ者に、代々引き継がれてきた一族の重みがわかるまい!」
「・・・・・・わかりません」
「だったら黙っておくことだ。身の程知らずめ」
「グレイさんの気持ちがわかりません」
「なんだと?」
「子供がやりたいと言ったことを、歴史がどうとか、長くやってきたからといった理由で押さえつけて得するのは果たして誰なのですか?」
「貴様・・・・・・。一族を愚弄する気か?」
「グレイさんです。得をするのは。つまり、グレイさんがやっていることは娘のためじゃないんです」
「貴様!」
イスが床に転がる。グレイは拳を作っていた。割って間に入るのはフェイルだ。
「おっと。暴力はいけませんよ」
「なんだ貴様!」
「フレイ家の長男、フェイルです」
「フレイ家? 弱小一族がアイスブルク家に楯突く気か?」
「俺一人だけならね。他にもいますが」
「やれるものならやってみるがいい!」
グレイは額に青筋を立てて、目の前の二人をにらみつけた。予想通りにいかなかったのか、フェイルはたじろぐ。
「ただのガキが。わしを不快にさせたこと、後悔させてやるからな」
フェイルは黙った。アレンも続く言葉が見あたらない。足の震えも止まらない。
もうダメか……。
そのときドアが開いた。
「お父様!」
レベッカだ。この時間だから学校から帰って来たのだろうか。
「ノックもしないで急に入ってくるな! 今、取り込み中だ」
「お父様にお話が」
「あとにしろ!」
「今です!」
いつもと態度が違うせいか、グレイは言葉を詰まらせた。レベッカはアレンの横を通り過ぎる。一瞬目が合った。
彼女はいったい何をしようとしているのか、わからなかった。
手には紙束がある。それをグレイの前に持ってきた。
「なんだこれは?」
「署名です。アレンを退学にさせるのは不当だと思う人の」
そうか。彼女は密かに僕のために動いててくれたんだ。嫌われたわけじゃなかったんだ。
「こんな紙がどうしたというんだ?」
なおも突っぱねるグレイ。
「そこには理事長の名前もあります。魔法士の名前も」
「なんだと・・・・・・」
グレイの顔色が変わる。
「もし退学にするのなら、お父様。私も断固反対します」
「くっ・・・・・・」
「どうですかお父様? それでもアレンを退学にしますか? もしそうならそれこそアイスブルク家の名に傷がつきますけど」
「レベッカ。なぜそこまで・・・・・・」
「私とアレンは付き合っています」
「なに!?」
ええ!? と声が出そうになった。彼女はチラッとアレンを見てウインクする。そういうことにしておこうというサインだ。アレンは黙って従った。
「お前には許嫁が」
「私はアレンがいいのです」
「くっ・・・・・・。正気か?」
「はい。私は本気です」
ショックを受けたのか、グレイはフラフラと歩き始めた。元いたイスに倒れるように座った。机に肘をつき、手で頭を支える。
「お父様?」
「・・・・・・好きにしろ」
レベッカはアレンのほうを向いた。お互い、満面の笑みを見せる。
「ただし、わしから支援は一切しない。あとで困って相談しに来ても相手にせん。いいな?」
「「はい」」
アレンとレベッカの声が重なった。
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