第20話 速射の才能

 教室で魔法士のリオンとアレンは向き合って座った。

 先生がいなくなったあと、リオンは口を開く。


「急に尋ねてきてすまない。君にぜひ会いたくてね」


 青年はさわやかな笑顔を見せた。

 小麦色の肌は健康的で、モテそうだ。


「あの巨大ワームを石化させたのは、本当に驚くべき出来事だった。魔法士たちの間でも状態異常魔法ブームが起きつつある。俺たちの仲間でもそうだ。今までの範囲攻撃魔法ぶっ放しより効率的だと、さっそく研究が進められている」

「指輪が高騰しているようですね」

「そうだ。魔法士以外にも転売するものがいて、そいつらが買い占めている」


 転売。使わないけど高く売るために今のうちに買っておく者たちのことか。買う側からしたら評判はよくない行為だ。


「ただそこまでは高くならないんじゃないか? という予測がある。確かに巨大ワームには石化は効いた。だが石化が魔物に効くのはマレだ。調べるにしても近づかないといけない。危険だ」

「そうですね。図鑑を持ち歩かないといけないし、いちいち調べるのは大変ですしね」

「未知の魔物と遭遇したとき、試してみようなどという勇気のある者はいない。殺されるかもしれないからね。まっさきに殺してしまおうと考えるのが自然だ。その意味では、巨大ワームと戦ったときの君の行為は素晴らしい」

「そ、そうですか。えへへ」

「我々が着目したのは時間だ。あの短時間、試行できる者はなかなかいない」


 リオンの顔に真剣さが増す。ここに来た本当の狙いを聞き出そうとしているようだった。彼は前のめりになり、アレンは姿勢を正した。


「アレンくん。今、魔法を使ってみてくれないか?」

「今ですか?」

「そうだ。なんでもいい。あ、室内だから攻撃魔法以外ならね」

「わかりました」


 アレンはカバンの中に入っている巾着袋から指輪を取り出した。それを右手にはめる。じっと見つめるのはリオン。

 緊張するなあ。


「いきますよ」

「ああ」


 手のひらを壁のほうへ向けた。マナを体内に貯めて、放出する。


「スタンショック」


 指輪が光を放つ。それはゆっくりと消えた。

 リオンからなんの反応もない。


「ど、どうですか?」

「うん。そうだな。今度は連続で使ってくれないか?」

「わかりました」


 何を確かめているのだろう?

 言われたとおり、二連続で魔法を放つ。


「スタンショック。スタンショック」


 それに合わせて指輪の光が反応した。


「・・・・・・すごいな」


 ボソリとリオンは言う。

 なにがすごいのかわからない。


「ええっと・・・・・・」

「ああ、もう結構。ありがとう。アレンくん」


 指輪をとり、元のイスに座った。


「アレンくん。君は魔法士になるつもりがあるか?」

「え? 魔法士ですか?」

「そうだ」

「実は今、悩んでまして・・・・・・」


 リオンの表情が少し曇った。


「それは家庭の事情とか、そういうのかな?」

「いえ。そういうのではなくて・・・・・・なんというか・・・・・・」


 アレンの視線は泳いだ。

 言いにくいな。あまり知らない人だから、僕の考えをいうと怒られるんじゃないだろうか。


「ぜひ聞きたい」


 ニッコリと微笑むお兄さんに、アレンの心はいくらか安らいだ。


「魔力が低いので、魔法士になってもしょうがないかな、と」


 アレンは恐る恐る、といった様子でリオンの顔を見た。彼は首を横に振った。


「そんなことは関係ないよ。君には才能がある」

「え!? 僕に才能?」

「ああ。君には速射の才能がある」


 速射。魔法を素早く使うことだ。


「そ、そうかな?」


 半信半疑のアレンに、リオンは微笑んだ。


「間違いなくある。通常、魔法を使ったあとはウェイトタイムが発生する。すぐに使うことはできない」

「でもそれは消費が少ない状態異常魔法だからではないのですか?」

「いや。どんな魔法でも、さっきのように素早く使うことはできない」


 言われて思い出す。

 そういえば以前、森で魔法実験をしていたときレベッカが言っていた。魔法を連続で発動させるのが速い、と。


「誰かと比較したことはあるかい?」

「いえ。一年の時は実習がなかったので」

「金の卵だよ。君は」


 そんなはっきり言われるとニヤケが止まらない。


「魔法士になるべきだ、と俺は思う」

「そうでしょうか?」

「ああ。君が絶対なりたくないというのなら話は別だがね」

「いえ。そんなことはないです。魔法士になるために魔法学校に入学したんですから」

「そこまで言うなら話は早い。理事長にも俺から言っておくよ」

「え? 理事長と知り合いなのですか?」

「ああ。ちょっとね」


 リオンは立ち上がり、ドアの前に行く。アレンのほうを振り返った。


「じゃあ来年、楽しみにしてるよ」

「は、はい!」


 最後にニッコリと笑った笑顔の素敵なお兄さんは、部屋を出ていった。

 驚きからまだ解放されてないアレンはイスに座って、ポカンとしていた。

 速射の才能がある。この僕に。

 立ち上がり、一人でポーズを決めてみせた。手のひらをおでこに当て、こう言った。


「速射の魔法士、アレン」


 照れ笑いを浮かべる、気持ち悪い男がそこにいた。

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