第18話 父親という壁

 レベッカが父親と話をつけるといった日から数日後。

 朝、寮長から声をかけられた。理事長が呼んでいるとのこと。至急来てくれということで、身支度を整えて行った先は庭園がある理事長の家だった。

 その一階の部屋にいたのは目つきの鋭いおじさんだ。白髪が目立つので五十代だろうか。背は高く痩せていて、黒の高級そうなスーツを着こなしていた。そんな見知らぬ紳士が真四角の机の前に座っていた。


「アレンくん。突然呼び出してすまんのう」


 おじさんの傍に座っている理事長が声をかける。ピーンと張りつめるような空気に圧倒され、アレンは座ることにした。


「こちら、レベッカのお父さん。グレイ・ド・アイスブルクさんじゃ」

「よろしく」


 低い声に迫力があった。

 レベッカの父親!?

 緊張し、背筋がピンと伸びる。彼女は父に話をすると言っていた。その答えを聞かされるのだろう。


「理事長。悪いが彼と二人で話がしたいのですが」

「うむ。あまりいじめんようにな」

「ははは・・・・・・」


 理事長は立ち上がり、ふすまを開けて奥の部屋へと消えていった。

 できれば一緒にいてほしかったけど、仕方ないか。

 アレンは、まばたき一つできなかった。

 怖い。何を言われるのか・・・・・・。


「君がアレンくんだね」

「は、はい」

「都市を救った英雄というのは君か。それについては感謝している」


 英雄と言われてつい、顔がニヤケそうになるが我慢した。グレイが誉めるために来たのではないことは明白だからだ。


「娘のレベッカと親しくしていると話は聞いている。別にそれは問題にしてはいない。娘の友人関係に口を出すほど私は野暮ではない。しかし、それ以上の関係に発展をするようであれば問題だ。わかるかね?」


 それ以上の関係。恋人ということか。

 アレンの様子をうかがいながら、グレイは続ける。


「娘には許嫁がいる」

「え?」

「聞いていなかったのかね?」

「はい」


 レベッカに許嫁? いや別に彼女と結婚しようとかそういうふうに考えてたわけじゃないから別にいいんだけど。でも、ちょっとショックか。


「そういうわけだ。それと、娘を外に連れ出すのはやめてもらいたい」


 グレイの顔が険しくなる。アレンはうつむいて小さくなるしかなかった。

 なんか怒られてるみたいだな・・・・・・。いや怒られているのか、これは。


「外は危険な場所が多い。万が一のことがあった場合、君は責任をとれるのかね?」

「いえ・・・・・・しかし・・・・・・」

「なんだね?」


 アレンはごくりと生唾を飲み込んだ。


「彼女はとても楽しそうでした。学校の授業より・・・・・・」

「だからなんなのだね? 楽しいからといって放っておいて、命を落としたらどうするつもりだね?」


 グレイは少し声を荒げた。


「すみません・・・・・・」

「魔法士になったそのあと、娘には城の中で働いてもらう」

「え?」

「どうかしたのかね?」

「いえ。別に・・・・・・」


 おかしいな。その話も聞いてない。

 魔法士は各地に派遣されるのが通常の流れだし、以前、彼女は僕とタッグを組みたいと話をしていた。


「我がアイスブルク家代々、城に仕えてきた。君とは違うのだよ」


 貧乏人とは違って自分たちは貴族だ。そう言っているのだろう。


「わかったかね?」


 責めるような視線に、アレンは小さく「はい」と答えてしまった。納得したのか、グレイは立ち上がる。そして、帰り際に一言。


「できれば、娘とはこれから会わないでくれ」

「それは・・・・・・」

「私の、アイスブルク家の計画が狂う。もし邪魔をするようなら、私も最後の切り札を使わねばなるまい。わかるかね?」


 最後の切り札? どういうこと?


「無事卒業したいだろう? したいなら大人しくしていることだ」


 退学させるってことか。そんなことできるのか?

 アレンが答えないうちに、グレイはふすまを開けて去っていった。

 

 しばらくすると理事長がやってきた。机を挟んで正面に座る。


「レベッカくんとのことか?」

「・・・・・・はい。もう会うな、と」


 理事長はハゲた頭を手でなでながら、「う~む」とうなった。

 貴族と一般人の差別は残っている。

 昔は魔法士になれるのは貴族だけだった。それが今は一般人も混じっている。それが貴族たちには気に入らないのだろう。今までそれは表面化していなかった。でも今日、はっきりわかった。

 彼らは、少なくともグレイさんは俺のような一般の人を嫌っている。


「もう会わない方がいいんでしょうか?」


 理事長は黙っている。

 僕は答えを期待した。「それでも彼女と会うべきだよ」という答えを。


「少し休んではどうじゃ? 今は興奮して見えるものも見えん状態かもしれん」


 「はい」と返事を返してそのまま終わっても良かったのかもしれない。でも、諦めきれない心がそうさせたのか、彼にいじわるな質問をぶつけてみた。


「理事長なら、どうしますか?」

「わしならか?」


 理事長の表情が険しくなった。しわが何層にも重なる。


「今のわしなら会うのをやめるじゃろうな」

「そうですか・・・・・・」


 ちょっとがっかりした。


「じゃが若いときなら、そのまま突っ走ってたかもしれんのう」

「理事長もそんな無茶をしたときがあったんですか?」

「うむ。若いときは勢いがあるからのう。しかしそれで大変な目に会ったことある」

「例えばどんなことですか?」

「魔法士の資格を剥奪され、魔法学会から追放されそうになった」


 理事長はニヤリと意味深な笑いを、アレンに見せた。


「結局はむち打ちの刑で済んだが、そのときの背中の傷は今も残っておる」

「いったい、どんなことをしたんですか?」

「それは、ひ・み・つじゃ」

「ええ!?」

「わしだって言いたくないことはある。すまんのう」


 すごい気になるんだけど。


「わしの話より、アレンくん。君とレベッカの問題をどうするか、じゃな。ゆっくり休んだ後、冷静になって考えてみなさい」

「はい。わかりました」


 なんかうまく避けられた気がしなくもない。

 アレンは理事長の家を後にした。




 その日の放課後。

 レベッカが旧校舎の教室に来た。


「会わない方がいいかもしれない」


 アレンは最初にそう切り出した。


「お父様に何を言われたの?」

「レベッカにこれ以上会うと退学にさせるって」

「そんなことできるの?」

「わからない」

「そんなの脅しよ。信じられない」


 貴族の特権かなにかを利用できるのだろうか。退学になれば、僕は村に戻らないといけない。


「過去にそういったことはあるのかな? その・・・・・・貴族の怒りに触れた生徒を退学させたってことは」


 レベッカは少し考えて「わからないわ」と答えた。


「ごめんなさい。私のせいでこんなことになるなんて・・・・・・」

「いや。レベッカはなにも悪くない」


 空気が重くなる。

 他にも聞きたいことがあった。許嫁のこと。しかしこれは貴族なら当然のことかもしれない。その辺りにいる変な男と一緒になるのは避けようとするだろう。

 グレイさんは「アイスブルク家の計画」と言っていた。つまり許嫁も計画のうちということか。他人で貧乏人の僕が口出しするのは間違っているのだろう。

 聞きたいことはもう一つあった。


「レベッカは魔法士になったあと、城で勤務するって聞いたけど」

「え? そんなつもりはないわ。お父様が勝手に言ってるだけよ」

「あれは、そういう雰囲気じゃなかったけど。なんというか、もう決まってるという感じだったよ」

「なにかの間違いだわ。私は城で勤務する気はない」


 食い違っている。ちゃんと話をしてないのだろうか?


「城で勤務は退屈?」

「うん。私の一族はクーラーと呼ばれていてね。王様がいる部屋を夏場、涼しくするために魔法を使うの。でもそれってつまらないでしょ? だって夏になると城に行って、弱めの範囲氷魔法を放つだけよ。あとはちょっと日常会話して終わり。それがずっと続くの。絶対嫌よ」


 確かにそれはつまらなそうだ。夏を快適に過ごすための役割を持つ立派な仕事かもしれないが、ずっと同じ作業が続くとなると苦痛かもしれない。例えそれが代々続いている仕事であっても。

 状態異常魔法による魔物実験は、新しい発見があるから楽しい。そういうものを僕も、そして彼女も求めている。


「お父さんに確認した方がいいかもしれないね」

「うん。そうしてみる。それも含めて、アレンのこと聞いてみるわ。退学させるなんてできるわけないと思うし」

「ごめん。力になれなくて」

「ううん。私のほうこそごめん。お父様がそんなこと言うなんて・・・・・・」


 沈黙の時間が流れた。

 そのあと会話がないまま彼女と別れた。


 その日からレベッカと会う回数は減っていった。彼女は父にはっきり聞かされた。学校に圧力をかけて退学にさせることは可能だと。彼を退学にさせたくなかったら付き合うな、と。

 そして許嫁のことも決定事項だと。

 レベッカは父に対し、反論することはできなかったようだ。会うと父の不満を口にする彼女。城に仕えるという話も、彼女はまったく納得していない。


「魔法士になったら絶対、家を飛び出してやるわ」


 と息巻いていた。父にはっきりとは言えず、イライラが募っているようだ。僕は聞いてあげることしかできなかった。

 そんなある日、魔法士がアレンの元を尋ねてきた。

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