第17話 突然の来訪者
ドアの前には見知らぬ女子が二人立っていた。魔法学校の学生服を着ているので、ここの学生だ。視線はアレンに向かれている。
「どうも~」
背の低い、活発そうな女子が明るく声をかけてきた。金色ツインテールで、丸くてくっきりした目を持つ童顔だった。後ろにいるもう一人の背は平均的で、薄緑色の髪を肩まで伸ばしている。照れているのか目を合わさず、なにもしゃべらない。手には学校指定のカバンを持っていた。
「こちらに状態異常魔法コースのアレンさんがいるって聞いて。あ、アレンさんですか?」
「そうですが、なにか……」
初対面の女子とのお喋りは緊張する。アレンはボソボソと答えた。
「キャー! あなたがアレンさんですか! 中に入っていいですか?」
「え? いや。今はちょっと」
って、もう中に入ってる!?
ツインテール女子はアレンの横をすり抜け、奥に足を踏み入れていた。
「へ~。ここが教室? なんか倉庫みたいなところですね~」
なんなんだこの子は。強引すぎるだろ。
「よいしょと」
そして勝手にイスに座る彼女。
なんというか、ものすごく自由な女子だった。対照的だったのはもう一人のほうで、ドアの近くでじっとしている。
「あ、あの……」
「アレンさんとお話をしにきました。いいでしょ? ね? ね? ね?」
僕は押しに弱かった。そして、流されるままに承諾してしまった。奥にはレベッカがいるというのに。
「は~い。アレンさんの席は窓際ね。もう一人ぶんの席は、あ、そこから取ろおっと」
「うわああああっ」
ツインテ女子は部屋の奥に足を踏み入れようとしたので、アレンは慌てて間に入る。
「ぼ、僕が取るよ」
「わかりました。じゃあお願いしますね」
心の中で安堵しつつ、高く積まれたイスから一つ取り出す。そのとき壁際にいるレベッカと目が合った。氷のように冷たい視線が突き刺さる。
わかってるよ。すぐに済ませるから。
アレンは目で合図して、イスを床に置いた。ツインテ女子の横に置かれたイスの上に、大人しい女子が座る。
「なんか薄暗いですね~。カーテン開けましょう」
「僕が開けるから!」
ツインテ女子が立ち上がりかけたので、アレンは素早く動いた。カーテンを開けると光が室内を照らした。
戻って席に座るアレンの顔を、ニヤリと眺めるツインテ女子。
「はは~ん。アレンさん。奥にえっちい本でもあるんですか?」
「い、いやいや。そんなものないよ」
えっちい本だったらどれだけ良かったことか。
「まあそういうことにしておきましょう」
ふふんっと鼻息を立てる少女。
勝手に解釈し、話を続けるこのツインテ女子は誰だろう?
「ご紹介が遅れました。私、新聞部の部長、ローリーです。それでこっちが部員のマリン」
新聞部? そんなものがあったのか?
マリンは頭を下げた。カバンからノートを取り出し、ペンを持つ。
「ちなみにマリンはアレンさんのファンで~す」
ポッと赤くなるマリン。
「は、はあ……」
「あ。アレンさんのファンは多いですよ。私も隠れファンの一人です。よろしく」
隠れてないね、などというツッコミを挟む間はなかった。
「取材なんですけどお時間のほう、よろしいですか?」
「い、いいですよ」
というか、そういうことは最初に言ってほしいんだが。もう断れない雰囲気になってるじゃん。これ。
「それではさっそく第一問。胸の大きな女子は好きですか?」
「ぶっ!」
思わず吹き出す。
いきなり答えにくい質問だ。ていうか、どういう新聞? 普通こういうのってこれまでの経緯とか聞くんじゃないの?
「どうですか?」
「い、いや。どうかな? 大きさは特に問題じゃない気が……」
「ほほお。それは本心ですか?」
ローリーは心の内を読み取ろうと、アレンの表情を観察している。
うっ。こういう人は苦手だな。心を読まれそうで落ち着かない。
「小さいというのも需要はあると思いますよ。僕は好きです」
「本当のところはどうなんですかぁ?」
しつこかった。心を読まれているのだろうか? いや、まさか。そんな魔法は聞いたことがないし。
確かに僕は巨乳好きだけれど、それを公表するのは恥ずかしい。目の前にいる彼女はツルペタだし。マリンはかなり大きいので、ついそちらに目が行くのをなんとか制御する。
その目の動きを察知したのか、ローリーは口を開いた。
「アレンさんは巨乳好き、と。マリン。書いて書いて」
「は、はい」
「ええ!?」
懸命にペンを走らせる彼女。アレンは口をポカンと開けていたが、構わず質問が続く。
「第二問。好きな人はいますか?」
「い、います……」
アレンの顔が熱くなる。
「やっぱりあのレベッカさんですか?」
ずばり聞いてきた。前々から噂になっているので知っているのはおかしくない。
「まあ……そうですね」
彼女が傍にいるので、かなり恥ずかしいんだが……。さっき「レベッカじゃなきゃダメだ」なんて自爆したばかりでつらい。
「どの辺りが好きですか?」
「え? え~と……。それについてはノーコメントで」
これ以上恥ずかしい思いはしたくない。本人いるし。
「マリンが告白したら、彼女とも陰で付き合ったりとかします?」
「ノーコメントで!」
なにを言わせようとしているんだ君は。
「アレンさんはハーレムが好き、と」
「違うから!」
叫びは届かず、マリンはペンを走らせていた。
めちゃくちゃな質問がそのあとも続いた。アレンはノーコメントで避ける。好きな食べ物、嫌いな食べ物といった質問は素直に答えた。
「アレンさん。面白い人ですね~。質問は以上です。ありがとうございます」
「は、はあ。どうも……」
質問が終わったとき、アレンはぐったりしていた。
やっと終わった。なんか全力疾走したぐらいに疲れた。
彼女たちは立ち上がる。アレンも立ち上がって見送ろうとした。そのとき、ローリーが突然腰に手を回して抱きついてきた。
「うわわわわっ! な、なにを!」
「ハグ一番乗り~。いえい」
彼女はすぐに離れた。
自由か!
「じゃあ次はマリン」
「え?」
「ほらほら。こんなチャンスめったにないよ。他に誰もいないんだしさあ」
いや。奥にお一人様いらっしゃるのですが。
マリンは両手を広げて待機していた。なぜか目をつぶっている。
なにこれ?
「さあ、アレンさん」
いやいや。ないない。
「マリン。待ってますよ」
しなきゃ帰ってくれそうにないな……。
アレンは意を決し、マリンを優しく触れるように抱いた。すぐに距離を置く。
「ありがとうございました~」
ローリーはぺこりと頭を下げる。
赤い顔をしたマリンは先に部屋から出ていった。
「あの。さっきの巨乳好きとかハーレム好きとかいうのは……」
「あ、はい。なんでしょう?」
「記事にするんですか?」
「え? ダメですか?」
「できれば……」
「しょうがないですね~。わかりました。ではっ」
彼女は元気に去って行った。台風が通り過ぎたあとのように静寂を訪れた、かに思えたのは一瞬だった。
悪寒がした。
振り返ると、仁王立ちしているレベッカがいた。体から湧き出るオーラが見える。表情は冷めた目をしていて、初対面のときの近寄りがたい雰囲気そのものだった。
怒っているのはすぐにわかった。彼女たちとイチャイチャしたからだろう。
「レ、レベッカさん?」
「なに?」
言葉に棘があるように感じる。
「あ、あのう……」
「言いたいことがあるならはっきり言えば?」
「その……すみません」
「なんで謝るの?」
「いや、なんというか……」
「アレンのそういうはっきりしないところ、私嫌いだわ」
ガーンッ!
心にダメージを受けた。
視界がぼやけてふらつくほどの破壊力。
「私、もう帰るから」
「あ、もうちょっと……」
レベッカはアレンの横を通り過ぎようとした。そのとき彼が声をかけて止まらせる。
「なに?」
「すぐに出たら、さっきの子たちがいるかもしれないから」
「……それもそうね。じゃあ」
「え?」
彼女はアレンに抱きついてきた。腰に手を回し、しっかりと。
彼女の温もりが伝わってきて、いい匂いやら柔らかさが心地よい。今度は体育館で隠れたときみたいなラッキースケベ的なものではなく、正真正銘のハグ。密着度合も緩いため、心の中で叫び声をあげるようなことにはならなかった。
しばらくの間そうしていて、レベッカのほうから先に離れた。
「そろそろ行くわ。じゃあね」
「う、うん」
彼女は頬を少し赤く染めたまま、部屋を出ていった。
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