第15話 レベッカと密着する
北校舎は二棟建っている。
一号館のすぐ南にあるのが二号館。新校舎とも呼ばれ、旧校舎の亀裂が入ったボロボロな建物とは違い、新しく建てられた校舎だ。そこで攻撃魔法コース、補助魔法コースなどの生徒たちが授業していた。
レベッカがいるのは二階だったな。
北校舎一号館に入り、階段を上がった。廊下を歩き、教室の前をいったん通り過ぎる。
静かだ。授業中かな。
だとしたら休憩時間に入るまで待つべきだろう。
向こうから先生がやってきた。女の若い先生だ。
「あら? どこのコースの生徒かしら?」
「状態異常魔法コースのアレンです。あの・・・・・・」
「まあ、あなたがあの!」
先生は笑顔になった。
「攻撃魔法コースの生徒は今、体育館で実習中ですよ」
「ありがとうございます。では・・・・・・」
「がんばってね」
「あ、はい」
愛想笑いをして先生と別れた。
体育館は東にある大きな建物だ。中の音が外まで聞こえてくる。入り口から少し入ったところで中の様子をうかがった。
生徒たちが魔法を使っていた。端に置いた的を狙って、炎の玉、氷の玉などを手から放っている。
レベッカの後ろ姿が見えた。女子たちと会話しているようだ。授業の邪魔をしてはいけないので、休み時間になるまで待つことにした。
鐘が鳴り、体育館から生徒たちが出てくる。体育館の玄関付近で待っているとレベッカが出てきた。彼女に声をかける。すると、傍にいた女子たちが一斉にこっちを向いた。
レベッカは笑顔を見せてくれるかと期待したが違った。クールな表情を崩さない。
「なにか用?」
「あ、いや……」
「誰この人」
「さあ?」
周りの女子たちの視線が痛い。それにレベッカの視線も冷ややかだ。背中から汗がにじみ出る。
僕の勘違い? 彼女の中ではもう外には出ない、僕と会わないことまで決めている?
胸が締めつけられる思いがした。そして声をかけられずにいた。
「行こう」
女子の誰かの一声で、レベッカたちは歩き出す。
遠くにいってしまう彼女の背中を見ながら、アレンは一人たたずんでいた。
そうか。僕だけ勘違いパターンか。
あれ? なんか以前にもこんなことあったな。ははは……。
とぼとぼとアレンは旧校舎のほうへ歩いていると、後ろから声がした。
「アレン!」
手を振る彼女の姿。
先ほどまでとは違い、柔らかな表情をしている。
ていうか別人。
え? 誰?
「ご、ごめんね」
立ち止まり、膝に手をついた。はあはあと荒い息を整える。
「え? レベッカ、だよね?」
「そうよ。会いにきてくれて嬉しいわ」
「さっきのは……」
「みんなの前だと恥ずかしいでしょ」
「そ、そうなんだ。てっきり僕、勘違いしてて嫌われたのかなと」
「ば、ばかね。アレンを嫌うわけないじゃない」
絶望的に落ち込む手前で声をかけられてよかった。
ホッとしたのも束の間、向こうから男子生徒二人組が喋りながら歩いてくる。
「こっち!」
手をグイッと引っ張られ、壁の凹みに隠れた。
あ、これってまずいのでは……。
今の状況。壁を背中につく彼女に、覆い重なるように体を密着させているアレン。遠くから見るといかがわしい行為にふけっているように見えなくもない。
ふわっといい香りがして、彼女の柔らかな体が触れて、いろいろとやばい。
アレンとレベッカの身長は同じくらい。つまり、目と目、唇と唇がちょうどの高さなわけで。両者とも頬が赤く染まっていくのは必然なわけで。
見つめ合う二人は高まり合って……、って違う違う。こんなところでいやらしいことして見つかったら大変だ。どうにか距離を置かないと。
「も、もうちょっと近づきなさい」
「へ?」
男子生徒の声が近づいてくる。
そういうことか。でもこれ以上は……。
躊躇しているとグイッと引っ張られ、完全に彼女の体と密着する。
うわわわあああああああああああああああああああっ!
声を出さなかったことは奇跡だ。
アレンの顔横に彼女の顔がある。抱き合ってるようにしか見えないこの図。
柔らかな胸が押し付けられ、吐息が首元にかかる。
ほわあああああああああああああああああああああっ!
いけない! 非常事態だ! 僕の変なものが目覚めてしまう! 童貞にはシチュエーションレベル高すぎる!
スタン毒暗闇沈黙睡眠混乱麻痺石化スタン毒暗闇沈黙睡眠混乱麻痺石化スタン毒暗闇沈黙睡眠混乱麻痺石化……。
呪詛の言葉のように脳内をかけめぐる言葉の数々。心臓は爆発しそうだった。彼女のドクンドクンという鼓動も速まっている。
レベッカも生きてるんだね、などとわけのわからないことを脳内に埋め尽くし、このラッキーな感触を楽しむことを拒絶した。
「んっ……」
悩ましい声を出すレベッカ。それが耳元から聞こえたもんだから。
ぐわあああああああああああああああああああっ!
いやいやいやいや! 聞こえない! 何も聞こえないぞ僕は!
「あれ? なんか変な声聞こえなかったか?」
「いや? なんだ? もう耳鳴りし始めたのか?」
「ちげーよ。ばか」
男子生徒は笑いながら去って行った。
アレンはホッとしてレベッカから離れる。彼女は頬を赤く染めたまま、アレンを見ていた。彼の顔ではなく視線は下を向いている。つまり、アレンのアレに(ダジャレではない)
「あっ!」
気づいて股間を両手で隠した。
「ご、ごめん!」
うん。無理だった。あんな場面で男の本能が目覚めないわけない。少しおさまるまで時間を要した。レベッカはそれまで待ってくれた。そしてこうつぶやいた。
「……ばか」
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