第14話 魔物図鑑訂正のお願い
ズズズ・・・・・・。
目の前には湯飲みを持ち、お茶を飲む老人がいた。
ここは、理事長の家。
広い部屋の真ん中に真四角の机がある。机を挟んで向かい合って座るアレンと理事長。
アレンがここにいる理由。それはレベッカが外に出られないとわかったあと、彼に誘われたからだ。
正直、都市の外に出ることができないため、暇だったので助かる。
「ゆっくりしていきなさい。お菓子もあるぞ」
皿の上には二つの白いまんじゅうがあった。先ほど女中だろうか、おばさんが入ってきて置いてくれた。
「すみません。いただきます」
手に取って口に入れる。こしあんの甘さが口に広がった。
「それはワームまんじゅうじゃ。都市で売られておった。ただのまんじゅうじゃが商売上手な奴がいるもんじゃのう。ついつられて買ってしまったわい」
ほっほっほと理事長は笑った。反応するようにアレンも微笑んだ。
「まだあるぞ。都市を救ってくれた英雄にはいくらでもサービスするからのう」
「あれはその・・・・・・偶然ですよ」
と言いつつも面と向かって英雄と呼ばれたアレンは、はにかんだ。
「魔法士たちが言っておったわ。彼は素晴らしいと」
魔法士が誉めてくれるなんて。でもあれは本当に偶然だしな。調子に乗ってはいけないぞ、僕。
「立ち向かう勇気を見習いたいとな。わしもそう思う。わしがあの場にいたらチビって動けなくなるところじゃ」
「あはは」
「実はな。あの一件以来、状態異常魔法の指輪なんじゃが、高騰しておる」
「そうなんですか?」
「価値が見直されたのじゃろう。十倍ぐらいに跳ね上がっておったわ。これからもっと高くなるじゃろうな」
僕が買ったとき百ゴールドだったから、千ゴールドか。攻撃系の一番安いファイボールの指輪が一万だから、確かにもう少しは上がりそうだ。
「状態異常魔法は昔、多く使われておった」
アレンはうなづく。
歴史の本を開くと書いてあった。昔は一般の人が自衛目的で使っていたようだ。消費魔力が低いため誰でも扱いやすく、魔物の数も少なかったので有効だった。それが魔物の数が多くなったことで変わった。
都市では壁が強化され、魔法士たちが魔物討伐の役割を担った。都市では使う一般の人が減り、範囲攻撃魔法で一気に倒す方法が有効とされ、攻撃系の指輪が高騰。そして今に至る。
「それが昔に戻りつつあるということじゃな」
「巨大な魔物に対して、有効ということが確かめられたからですね」
「アレンくんのおかげでな」
「えへへ・・・・・・」
つい顔がニヤけてしまう。
「理事長。あの巨大な魔物はいったい何なんですか?」
「わからん。それについては調査中じゃ」
「そうですか・・・・・・」
あんな魔物がまた壁をすり抜けて地面から出てきたら、と思うと恐ろしい。
「今のところ、魔法士たちを町に配備する対策をとっておる。城の詰め所にいたものたちを割り振ってのう」
それで安心というわけじゃないだろう。今できる範囲の対策といったところか。
「そうそう。一つアレンくんに言っておきたいことがある。魔物図鑑のことじゃ」
期待をさせる言い方に、胸がドキドキした。
「やはり間違いがある可能性が高いと判断し、魔物図鑑の改訂を依頼した」
「本当ですか!」
つい立ち上がりそうになって抑えた。
「近々、魔法学会から連絡が来るじゃろう」
魔法のことを研究している機関、それが魔法学会だ。魔物図鑑を発行したのもそこだ。
「もし図鑑を訂正するとなれば、アレンくん。君に手伝ってもらうように手配しようと思っているのじゃが、どうじゃ?」
「ぜ、ぜひお願いします!」
「うむ。ではそうしよう」
理事長はニッコリと笑う。アレンは興奮していた。
僕がやっていたことが認められる、そう思うとワクワクが止まらなかった。
そのあとしばらくの間、沈黙の時間が流れた。理事長は軒下に移動し、腰を下ろして庭園を眺めている。アレンは広い室内で一人、座っていた。目の前の机の木目を眺めて、じっとしている。
ここにいると不思議と落ち着く。眠くなってきそうな安らぎがあったが、今は体を動かしたい気分だ。
改めて考え事をしていた。これからのことだ。
魔物で実験をしたい。
レベッカの代わりの者を用意することもできる。
だったら代わりの者を用意する?
でもそれは違う気がする。確かに僕一人で実験をしても楽しいのかもしれない。でも彼女がいることで危険が減るのは事実。それに・・・・・・より楽しめる気がする。彼女が傍にいてほしい。
レベッカじゃなきゃダメだ。
そのためにはどうすればいい? 彼女に会うか。
「理事長。レベッカは今どこにいますか?」
「授業中だろうから、北校舎じゃな。二年A組は二階じゃ」
アレンは立ち上がり、理事長に近寄った。
「会いに行きます」
「ほっほっほ。青春じゃのう」
「そ、そんなんじゃないです」
靴をはき、「失礼します」と理事長に言った。足早に庭園を後にした。
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