第13話 レベッカの膝枕と突然の別れ

 細長く伸びた巨像は、都市の南大通りを遮っていた。上空でU字に折れ曲がり、地上から少し離れたところで止まっている。

 倒れては危険ということで解体作業が行われているが、しばらく時間がかかるらしい。

 像の周りは柵で囲まれていて、日に日に見物客が多くなっていく。その傍では店を開き、ワームまんじゅうと銘打って売っている商売人がいた。

 ちゃっかりしている。


 都市を半壊させたワーム。その魔物を倒した日から僕の日常は変わる。どこにでもいる一生徒から羨望の眼差しを送られる英雄へと変わってしまった。

 レベッカを助けたい一心だった。だから、あのときはとにかく必死でギャンブルをした。勝つ確率は高いほうかもしれないが賭けに違いない。それがたまたまうまく行っただけのこと。偶然の出来事。むしろ失敗する確率のほうが高く、石化が効かなければ今、僕がいるのはワームの胃袋の中だ。

 でも周りの目は違っていて、中には彼こそ未来の賢者だと噂を流してる人々がいた。

 ああ。やっちゃな・・・・・・。

 目立つことが嫌いで、しばらく寮でお休みしていた。五日ほど経ってから外に出てみたら、色々な人に話しかけられるのでやりにくかった。

 知っている人たちは態度が急変していた。

 状態異常コース担当の先生、ガロ先生は見せたことない笑顔で近づき、肩をポンポンと叩く。そして「よくやったな」と誉めてくれた。

 僕のことを放置し、最低のFランクで才能がないとバカにしていた先生がこの豹変ぶり。正直、怖かった。

 フェイルにいたってはあからさまだ。

 いじめっ子で細身の男フリーが近寄ってきたとき、間に入ってきたのは彼だった。


「俺の友達に何か用か?」


 こう言って、フリーを退けさせた。


「困ったことがあったら何でも言ってくれ」


 そう言い残し、フェイルは去っていく。

 なんかとても気持ちが悪い。でも、いじめられていてビクビク恐怖に感じていた頃よりは全然マシだった。


 レベッカとは都市の外で待ち合わせすることになった。アレンは町中では目立ってしまい、彼女と一緒にいると変な噂が立つからだ。また、その噂を情報にしてお金を得ようとする輩も少なからずいる。そういう人たちが近寄ってきて、鬼ごっこみたいに追いかけ回されるのは疲れた。

 都市から南西に位置する川の近くでアレンとレベッカは昼休憩をしていた。緩やかな坂になっているところで、背の低い草が生えている。この辺りは魔物の数が少なく、休憩するには適していた。

 彼女が持ってきたシートの上で、彼女の作ったサンドイッチを食べ、お茶を飲む。日があたり、心地よさから眠ってしまった。

 目を覚ますと、マクラ的ななにかがあった。

 後頭部に接触したものは柔らかい。

 なんだこれ?

 うっすら目を開けると、レベッカの顔が見えた。彼女のドングリのような目と形の良い唇、そしてリボン付きの白い制服を押し上げる、少し発達した二つの膨らみ。

 え? え?

 背中まで伸びる青い髪が、さらさらと風になびいていた。彼女はアレンの顔を見下ろして微笑んだ。


「おはよう」


 膝枕だ。


「うわあああっ」


 アレンは飛び起き、彼女と距離を置いた。

 ドキドキと心臓の鼓動が速くなる。


「あっ。嫌だった?」

「嫌じゃないけど・・・・・・びっくりした」


 その様子を楽しんでいるようで、レベッカはクスクスと笑う。今でこそ仲良くしているが、彼女は最初のイメージとはまったく違う。

 初対面。クールで冷たいという印象しかなかった。おそらく周りもそう思っている人たちが多いのだろうけど全然違う。よく笑うし活動的だし、からかうのが好きだ。しかも心優しい。

 思い込みというのは自分も例外じゃないんだなと思い知らされた。

 アレンは心を落ち着かせたあと、彼女のほうを向いて座る。


「この辺りに泊まるところないよね?」

「道なりに進むと宿屋があるわよ。なぜ?」

「しばらく都市から離れたところでゆっくりしたいかなって。最近、ちょっと疲れちゃうから」

「有名人だもんね。アレンさんは」

「ちゃかさないでよ。僕はそんなんじゃないから」

「そんなんじゃないなら、どんなんなの?」

「え? いや、ただの学生というか・・・・・・」

「誰もかなわなかった魔物を倒したのに?」

「たまたまだって。本当に」

「世間はそう見てくれないわね。アレンがそういうの嫌いなのは知ってるけど」

「うう・・・・・・」


 人気になるというのもつらいことなんだな。一過性のものだと信じたい。

 レベッカは肩がつくほど近くまで来た。そして、耳元でこう囁く。


「あの時のアレン、かっこよかったよ」

「うわっ」


 突然耳に息がかかり、アレンは飛び上がった。また心臓が活発に動き出す。


「も、もう! やめてよ!」


 クスクスと口を手で覆い、笑うレベッカ。そんな彼女を見ていてアレンも自然に笑みが出た。

 幸せってこんな日常のことを言うんだろうか?


 そのあと、少し魔物に対して状態異常魔法実験をしたあと、都市に戻ることにした。レベッカがそろそろ帰ると言い出したからだ。

 アレンと彼女は道を並んで歩いた。そこは馬車、歩行者が通るところで幅広く、周りは草原だ。彼女に声をかける。


「今日は少し帰るのが早いね」

「最近、お父様がうるさくて」

「お父さんがなにか言ってるの?」

「うん」


 レベッカは顔を一瞬暗くした。


「魔法士になったあとのことを、ちょっとね」


 これまで家庭のことについて話を聞いたことはない。気になったが、言いたくなさそうだったので、何も聞かなかった。そのあと少し話をして彼女と別れた。

 話の内容は巨大な魔物のことだ。魔物の数が増えると同時に一部の魔物も巨大化している。魔法士たちが各地に派遣され成果を上げているが、それ以上に数が増えている。

 魔物の親玉、魔王がいるという噂まで流れている。もしそうだとしたら今、魔法士たちがやるべきことは魔王の居場所を見つけ、倒すことだろう。

 都市に別々に入る。同時に彼女と入ると噂をされるからだ。そのあと学校敷地内の寮に戻った。


 食堂で夕食を食べてお風呂に入ったあと、部屋に戻った。ベッドに寝転がり、ノートを開く。魔物の状態異常効果表を眺めるこの時間が好きだった。つい頬が緩んでしまう。

 ふふふ・・・・・・。僕だけの成果がここに詰まっている。

 達成感、充実感が胸を覆った。

 今日は弱い魔物に対しての効果を確かめた。結果から言うと魔物図鑑の通りだった。弱い魔物は一般人が木の棒で追い払えるレベルで、例えばスライムだとほとんど全ての状態異常魔法に効果がある。


 魔物名:スライム


 ス毒暗沈睡混麻石

 ○○○○○○○×


 ただこの効果表はあまり意味がない。そんなことを知らなくても木の棒で殴り倒せばいいだけの話。わざわざこの表を知って、状態異常魔法をかけて楽しむ人はいない。

 でもいいんだ。確かめたことに価値があるんだから。自己満足って言われたらそれまでだけどね。

 強い魔物にも石化が効くのが例外なら、弱い魔物にも例外がある。それが白黒の縞模様をしたスライムだ。


 魔物名:シロクロスライム


 ス毒暗沈睡混麻石

 ××××××××


 こいつは弱いにも関わらず全てに耐性を持つ。

 すごい。すごいけど木の棒一発で倒すことができちゃったりする。これが進化して強い力を持つと、恐ろしい魔物として認定されるだろう。

 あ、でも動きが遅いから簡単に魔法攻撃で倒されそうだな。


「ふふっ。意味がない」


 なんて部屋で一人、クスリと笑っているアレンだった。



 次の日の朝だった。

 理事長から呼び出しがあった。話の内容はわからない。

 庭園に足を運ぶと、理事長が軒下の段に座っていた。いつもと変わらず穏やかな表情を浮かべている。

 白い髭が似合う老人はいつもの格好だった。綿入りの厚みのある服を着て、サンダルをはいている。


「なんでしょう?」

「まあ、座りなさい」


 アレンは理事長の横に腰を下ろした。


「残念なお知らせがある。レベッカのことじゃ」


 不安が胸に渦巻いた。

 彼女になにかあったのか?


「昨夜、父親から連絡があってのう。外に出ないよう注意を受けた。よって彼女は今日から教室で授業を受けておる」

「そんな・・・・・・」


 どういうこと?

 そういえば昨日、お父さんがどうとか言ってたけど・・・・・・。

 理事長は表情を読みとったのか、真剣な目つきに変わった。


「娘さんを危険な魔物がいるところに行かせたくない、ということじゃろう。わしもそれを言われたらどうしようもない。たとえ、本人がやりたくても・・・・・・」

「そう、ですね」


 親からしたら、そういう気持ちになるのは当然だろう。でも、彼女のイキイキと戦う姿を見たことがあるので、それで本当にいいのか正しいのかは、すごく疑問だった。

 今更そんな話が出るということは、今まで彼女は父親に黙っていたということだろう。自分が外に出て、魔物相手に戦っていたこと。そして僕と一緒にいることも。

 少しの間、静かなときが流れた。


「大丈夫か?」

「はい。ちょっと驚いただけで」


 アレンは立ち上がった。


「じゃあ僕はこれで・・・・・・」


 ふらふらと歩き出すアレンに、理事長から声がかかる。


「都市の外に出るのか?」

「はい、あ・・・・・・」


 アレンは気づいて振り返る。

 レベッカがいないから外に出れないんじゃないか?


「代わりの者を用意することもできるがどうする?」

「それは・・・・・・」


 レベッカの代わり。

 彼女の代わりなんて、いるのか?

 状態異常魔法の実験は楽しい。それは彼女がいなくても? 彼女じゃなくても? そんなことは・・・・・・。

 アレンはうつむき、無言だった。


「とりあえず今日は休みなさい」

「はい・・・・・・」


 アレンは力なく答えた。

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