第12話 終末のロックプリズン
なにが起きたのかわからなかった。
大きな地震が起こり、寝ていたところを起こされた。
緊急警報の役割を持つ鐘がけたたましく鳴り響く。鐘は敵の襲来を意味し、鳴った場合は都市の外へ逃げるよう知らされていた。
アレンは急いで着替えを済まし、カバンを背負って寮の部屋を出た。階段を下って一階まで降りると、寮にいた生徒たちが固まっていた。
「巨大な魔物が都市に出没した。その場で待機していてくれ」
寮長である白髪のおじさんが声を出す。
巨大な魔物? いったいどこから?
生徒たちは不安の色を隠せず、知り合いと話し合っている。
ブン。ズドン。ゴゴゴゴ・・・・・・。
遠くから音が聞こえてきて、なにかが暴れていることがわかる。しかし、なにも情報が来ないので不安だけがつのった。
遅れて学校の先生らしき若い女性がやってきた。寮長となにやら話をしたあと、生徒たちに向かって声を張り上げる。
「今から避難します! ついて来てください!」
先生は早歩きで寮の入り口へ歩き出した。生徒たちはその後を追う。最後尾にアレンがついて行った。
寮を出て南へ。北校舎の横を抜けて階段にさしかかったとき、一人の生徒が斜め上に向かって指をさす。
「おいっ! あ、あれ!」
生徒たちは止まり、遠くにいる巨大な魔物を目にした。細長いワームは地面から出た長い体をしならせ、家々を破壊していた。大きなミミズが暴れているように見える。
「うわ。まじかよ」
「やばいよね。これ」
みんな驚きの声をあげている。そこへ先導していた女の先生が戻ってきた。
「なにをしてるの! 早くついて来なさい!」
我に返った生徒たちは歩き始める。階段を駆け下り、校門を出た。
住宅区の大通りは人があふれていた。狭く、唯一の出口である南の門に人が殺到している。人の波を前に、アレンたちも止まった。
待つしかない。
レベッカは大丈夫だろうか? 彼女は北西の高級住宅区に住んでいる。そこから魔物との距離は少し離れているが心配だ。
助けに行くか?
いや、あの鐘を聞いて、彼女ならいち早く避難するはず。だいいち僕が行ったところでどうなる?
考えている間、ポンと肩に手が乗った。
レベッカかな? と期待して振り返るとそこにフェイルがいた。ニヤリと不気味な笑みを浮かべたいじめっ子は、耳元でささやく。
「ついて来い。言うとおりにしないと痛い目に合わす」
恐怖がアレンを支配した。まるで拘束の魔法がかけられたかのように、力が入らない。
こんなときに、と自分の不幸を呪った。
フェイルが向かう先は南門ではない。巨大ワームの方向だ。アレンは腕をつかまれたまま歩かされる。後ろには細身の男がついてきた。青色の髪をした彼は、フェイルの仲間だ。
「ど、どうするんだ?」
細身の男は言った。
「こいつをあの化け物のエサにするんだよ」
「マジかよ・・・・・・」
「びびってんのか? フリー?」
「い、いや。でも近くまで行くのは危なくないか?」
「すぐに魔法士が来て、処分されるさ」
エサ? 冗談じゃない。
アレンは離れようと腕を引っ張ったが、フェイルはすかさず頬を殴ってきた。
「うっ」
「動くんじゃねーよ。クソがっ」
痛みが抵抗の意志を削ぎ、アレンは再び歩かされた。
巨大ワームに近づくにつれ、破壊された家が目立ってくる。人々が行き交う広場には誰もいない。
ブン! ズドン!
上空で風切り音がしたかと思うと破砕音が響き渡った。巨大ワームは体を振り、建物の上階部分を吹き飛ばしていた。フェイルは劇の観客のように「おおっ」と喜んでいた。フリーはさすがに怖いのか、苦笑いだ。
「あっ! 危ない!」
フリーは叫んだ。上から木の板が落ちてきて、フェイルの頭を直撃する。
「うっ!」
彼はうつ伏せに倒れた。
周りにもバラバラと落下物が地面に降ってきた。アレンは頭を両手で押さえ、身を縮ませる。
「ひっ! ひえええええっ!」
フリーは逃げ出した。
「はあっ・・・・・・はあっ・・・・・・」
見上げる先に、巨大ワームがいた。先端部分に目はないが口を開き、粘液を垂れ流すその様子はおぞましい。踵を返したそのときだった。
「うぅ・・・・・・」
フェイルはうめき声をあげた。うっすらと目を開けているので意識はあるようだ。起きあがろうとしても力が入らないようで、後頭部から血が垂れている。その様子をアレンは見下ろした。
自業自得だ。ざまあみろ。
そう心の中で吐き捨てて、この場から離れようとした。しかし一、二歩歩いたところで足が止まる。
見捨てるのは簡単だ。でも、そんなことしたら、こいつらと一緒じゃないか? 僕が嫌っていたこいつらと・・・・・・。
アレンは引き返す。そしてフェイルを起こし、肩を貸した。
「て、てめえ・・・・・・。なにを・・・・・・」
フェイルは目を剥いて驚いている。しかし一番驚いているのはアレンだ。まさか、フェイルを助けることになるなんて。
「いいから歩こう」
返事はなかった。フェイルは引きずるような足取りで一歩一歩、アレンと一緒に南へと歩き出していく。あちらから若い男女のグループが一人用の乗り物に乗ってやってきた。
カートと呼ばれる乗り物は長方形で、角が丸い板状の形をしている。板に両足を置き、板から上に伸びている金属製の棒をつかみ、魔力で推進力を得ている。
魔法士だ。
四人の先頭をいく男がカートから下りて近づいてきた。金色の髪を逆立て、上は黒のゆったりとした魔法士専用の上着、下はぴっちりとしたズボンをはいている。上着の胸辺りには魔法士の証である黄色の魔法陣が縫い込まれていた。
「大丈夫か?」
「僕は大丈夫です。でも、彼が」
「この子を頼む!」
金髪の男はメンバーの女性に声をかける。女性はフェイルと一緒に後方へ下がった。
「君もここを離れろ!」
「は、はい」
魔法士たちはカートに飛び乗り、巨大ワームに向かって進んだ。その後ろを姿を見て鳥肌が立った。それは物語の中の主人公たちを見ているようで、かっこよく映った。
「アレン?」
声をかけられて振り向く。レベッカがいた。真剣な顔を貼り付けた彼女の傍らに少女がいる。レベッカと手をつないでいた。
「よかった。無事だったんだね」
「それはこっちのセリフよ。早く避難しなさい」
「君は?」
「町の人たちの避難を手伝ってるわ」
この少女もその一人なのだろう。肩を揺らして泣いていた。両親とはぐれてしまったからだろうか? それとも恐怖からか。
巨大ワームの全容が見えるこの位置まで来ると、止まって見物している大人たちがいる。
「逃げてください! ここは危険です!」
その人たちに向かってレベッカは大きな声をあげるが、本人たちはまるで劇を見るかのように眺めたままだった。驚きのあまり立ち尽くしているというより、遠くの火事を好奇心から見ているといった感じだ。
「おおっ」
近くの年をとった男から声があがる。遠くで変化があった。
巨大ワームに魔法攻撃が繰り出されているようだった。先ほどの魔法士たちだ。空中を浮遊しながら次々と放たれる爆裂魔法がワームをよろめかせている。その様子をアレンだけではなく、レベッカも注目していた。
しかし、巨大ワームの勢いは止まらない。それどころか攻撃の激しさが増している。細長い体を使って周りの家をなぎ倒しながら、じょじょにその姿は大きくなってくる。
近づいている!?
先ほどの魔法士たちが引き返してきた。片手を後ろから前に振って、逃げろと言っている。
まさか、魔法士たちでもダメだったのか?
さすがに危険を感じたか、歓声を上げていた大人たちは後ろに下がっていった。アレン、レベッカも迫り来る恐怖に門のほうへと走り出した。
ズドドドドド!
地響きが大きくなり、手足をこれでもかと振った。魔法士たちも追いつき、並行して逃げていく。そんなとき、レベッカと手をつないでいる少女があらぬほうへと駆けだした。
「ミーちゃん!」
少女は飼い猫なのか、それを見つけると巨大ワームがいる方向へと走っていく。すぐにレベッカが後を追った。アレンは立ち止まる。遅れて、魔法士たちがブレーキした。
少女は負傷して足を引きずっている猫を大事そうに抱き抱えた。すぐ傍に迫るワームの存在に気づいたとき、恐怖で動けなくなっているようだった。レベッカは少女の前に駆け込んだ。体を纏う青白いオーラ。
「アイスブリザード!」
指輪が光った。氷の固まりやツララが降りそそぎ、ワームを襲う。通常の魔物なら抵抗する間もなく倒すことができる範囲氷魔法。しかし、ここまで巨大ならば、進行を緩めることしかできなかった。
地面を引き裂きながら近づくワームに、レベッカの表情が焦りへと変わる。
見ていられない。
アレンはカバンから指輪を取り出し、それをはめた。はめられなかった三つの指輪はポケットに入れる。
「あ、君!」
声は無視した。気づくと駆けだしていた。
少女をかばうようにして、レベッカはその上に覆い被さっていた。ワームはすぐ傍まで迫る。その前に立つのはアレン。
「逃げて!」
背中から聞こえる悲痛な叫び。足が震えているのは自分でもわかる。心臓が早鐘を打ち、脈打つにつれて体も揺れている。体は逃げろと言っていた。
怖かった。
逃げたかった。
でも彼女を助けたかった。
可能性がまったくないわけじゃない。強い敵には状態異常が効かないという教科書に書かれた常識は僕の中にはない。
だから、効くかもしれない。
この巨大な魔物に対しても。
「スタンショック! ポイズンキャッチ! ブラインドカーテン!」
マナを素早く吸収してからの連続魔法。
効果はあった。ワームの勢いがピタッと止まる。体を硬直させていた。
スタンが効いたんだ!
「今のうちに!」
レベッカはうなづき、少女と一緒に後方へ離れた。アレンも後ろに下がる。すぐにワームは動き出した。
追いつかれる! もう一回スタンしても耐性を持ったからダメだ! まだ試してないのは!?
ポケットから出した指輪を今の指輪と交換する。はめていた指輪は捨てた。サイレントマウスはいらないので捨てた。
「スリープゴーホーム! パニックスーン! パラライズコイル! うわっ!」
アレンは横っ飛びして巨大な体との衝突を避けようとしたが、遅かった。体を弾かれ、地面に仰向けに倒れた。
「はあ・・・・・・はあ・・・・・・」
上体を起こす。ワームは止まっている。状態異常魔法が効いたからではない。上空からアレンを見下ろして獲物の位置を確認したのか、口を大きく開けていた。そこには三百六十度牙がつき、粘液が垂れているのが見えた。
上から下へ、大きな口がアレンの頭上に迫ってきた。
ダメだ。もう終わり・・・・・・。
いや、まだだ! まだ、試してないのがもう一つ、ある! それが効くかどうか可能性は低い。でも効かないと思っていた魔物でも効いた前例を、僕はこの目で見てきた。
やるしかない。それを・・・・・・。
ワームの口が大きく開いた。アレンが飲み込まれようとした、そのとき。
「ロックプリズン!」
世界が止まった、ように思えた。
アレンは目をつむっていて。
ピキ。
ピキピキピキ!
奇妙な音に目をうっすらと開く。
ワームの頭部の一部が石になり、それが浸食を繰り返す。あっという間に巨大な体に石化が及んだ。形成される巨像。
人々は遠くでその様子を見て、驚きのあまり口が開いたままだった。魔法士たちも同じだった。
彼らは、いったい何が起きたのかわからなかった。石化したのはわかるが、なぜそんなことが起きたのか? 常識の範疇を越えていた。
しかし、レベッカだけは別だった。アレンの傍にいて、強い魔物でも石化が効くことを知っていた。ただ、それが効く可能性の低いことも。
彼女はアレンの元へ駆け寄った。無事を確認したあと、思わず抱きついた。
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