第9話 レベッカと戯れる
ハントキャットは現れない。
遭遇したいときに限ってなかなか出てきてくれなかった。
森の中を進むアレン、その後ろをついてくるレベッカの表情がどことなく疲れている。あくびをし、つまらないと言外に言っていた。
鬱蒼とした場所を抜けると池があった。小さな池で、周りに花が咲いている。
「ここで休憩しようか」
「いいわよ」
レベッカは切り株に腰を下ろした。アレンは傍にあった石の上に座る。
もうすぐお昼か。お腹減ってきたし、もう少ししたら都市に戻ろう。
「レベッカ。昼食はどうするの?」
「いつもは学校の食堂で食べるのだけど、わざわざそこまで戻る必要はないでしょう。広場辺りにオシャレな店があるから、そこで食べましょう」
「じゃあ僕は焼きそばパンでいいかな。都市の入り口近くで売ってるやつ」
僕がそこを利用するのは安いからだ。
学校の食堂という選択肢もあるけど、遠いし、うっかりフェイルに出くわしたりしたら目もあてられない。
「じゃあ、私も焼きそばパンというものにしますわ」
「え? いや、別に僕に合わさなくてもいいよ」
レベッカは眉を少し寄せて、ムッとした。
「私と食べるの、お嫌いかしら?」
「いやいや! そんなことは……」
ない、と断言できない。Sランク美少女のレベッカと一緒に昼食?
どんな会話展開していけばいいのかわからない。不安でパンが喉に詰まったりして。
「アレン。一つ、あなたに聞きたいことがあるわ」
「なんでしょう」
なんだ、改まって。
「その……私のことなんだけど……」
急に、視線を落としてもじもじしだした。
言いにくいことを言おうとしているようだ。
愛の告白じゃないことは明白だから、なんなのか検討つかない。
「私って……」
言いかけたところで近くの茂みが揺れた。そこから顔を出したのはハントキャットだ。先ほどレベッカと戦ったものより体が少し大きい。成人サイズといったところか。
現れてほしくないところで現れる奴だな。
ハントキャットは立ち止まり、すぐには襲ってこない。目の前の二人の人間を眺めて、攻撃の機会をうかがっているようだ。前足をゆっくりと動かし、茂みから体を出す。
同調するように、アレンとレベッカも刺激しないよう、ゆっくり立ち上がった。
今回はアレンがハントキャットの相手をすることになっている。後ろに立つレベッカがいるだけで安心感があった。先ほどの戦いで、彼女は強いことはわかっている。
僕が失敗しても、レベッカが助けてくれる。
これは理想の関係かもしれない。僕はスタンの指輪の他に、毒、睡眠、混乱、石化の指輪をはめている。これらはまだ試してないものだ。マナを溜め、準備を整えた。
のそのそと体を揺らしながら近づく巨大ネコに向かって、手のひらを向ける。飛びかかられる前に先手を打つ。
「スタンショック!」
稲妻がハントキャットに命中。とたんに体を硬直させ、動きが止まる。
再現性の確認ができた。やはりスタンは効くんだ。となると他に効く魔法があるかもしれない。
凶暴な魔物を目の前にして、アレンはワクワクしていた。今、自分は未知の領域に足を踏み込もうとしている。その挑戦が胸を躍らせた。
続けて毒から石化までを試すことにした。沈黙は魔法を使えなくさせる状態異常だが、ハントキャットは魔法を使わないので試さなかった。
スタン状態のまま重ねがけを行う。
ポイズンキャッチで毒を浴びせ、少し時間を置く。次にスリープゴーホームで眠りへと誘ったところで、ハントキャットは地面に倒れた。目をつむり、グーグーと眠りだす。
睡眠も効果ありだ。これも図鑑の記載とは違う。
重ねがけの場合、より重い状態異常の効果が現れることは教科書にも書いてあった。しかし、実際体験してみることは貴重だ。
この重みは、スタンが最下位に位置する。
先にかけたポイズンキャッチによる毒の症状、たとえば足がふらついたり苦しそうに呼吸を荒げるようなことをしなかったので、毒は効かなかったことになる。
そんな感じで残りの混乱、石化も試した。結果は効果なし。
「先ほどから何をしてますの?」
興味が湧いたのか、すぐ傍で待機していたレベッカが首を傾けている。
「状態異常魔法を使ったんだよ」
「速いわね」
「え?」
「魔法を連続で発動するのが、速いと思うわ」
「そうかな?」
アレンは右手の指全てにはめられた指輪に目を落とす。
意識してなかったので、そう言われてもピンとこなかった。
「うまくいったみたいね」
「うん。今日は収穫ありだ。へへっ」
クスッ。
レベッカは微笑んだ。
え? 僕なにか変なこと言ったかな。
「少年みたいね」
「しょ、少年? 子供ってこと?」
「良い意味よ」
「そうなの?」
レベッカも魔物と戦ってるときは少年みたいだったけどな。
そんなことを言うと怒るかもしれないので、心の中で消化した。
「眠りから覚めないうちにここから離れようか」
「それもそうね」
アレンはその場から歩き出した。森を抜け、都市へ戻ろうとした。そのとき、目の前をきれいな蝶が舞っていた。足を止める。
ああ、やばい。なぜ配慮しなかったのだろう。
ここにはもう一匹、注意しなければいけない魔物がいることを。
紫色の羽が毒々しさを警告するかのように、その蝶はヒラヒラと飛んでいた。普通の蝶とサイズは同じ。しかしこいつが振り撒く粉には毒がある。
名前は毒アゲハ。
森にこいつがいることは知っていたはずだ。図鑑を見て、毒アゲハはやばいななんて、警戒したはずなのにバカか僕は。
「どうしたの?」
「レベッカ。急いで逃げるよ」
「え? どうして? あっ」
アレンは彼女の手を握り、蝶がいるところを避けて森を後にした。やや早足なのは焦りからだろう。それに眠りに落ちたハントキャットが目を覚まして襲ってくる危険性もあったからだ。
もう一度眠り状態にすればいいかもしれないと思うがそうもいかない。状態異常は耐性を持つ。つまり同じ状態異常魔法をかけると、二回目の効果は少なくなる。
森から出ると、広大な草原が目の前に広がっていた。
ここまで来れば大丈夫だ。
「あの・・・・・・アレン」
「え? なに?」
「その・・・・・・手を・・・・・・」
「あ! ごめん!」
握りしめていた手を離した。
レベッカは視線を下に落とし、無言になる。アレンも同じで変な空気が流れた。
しばらくして先に口を開いたのは彼女だ。
「そ、そろそろ昼食を食べましょう。お腹が減ったわ」
「そ、そうだね」
アレンとレベッカは都市に戻った。
門近くの露店にパンが売ってある。アレンたちはそこで焼きそばパンを買うと、近くのベンチに腰かけて食べた。
「なかなかおいしいわね。このパン」
初めて食べる味なのか、レベッカは少しずつ口に入れていた。アレンは食べようとするが喉に引っかかる。
さっきから通り過ぎる男の視線が彼女に集中しているので、必然的に僕が目立つわけで。そのことも嫌だったが、もっと頭を悩ませたのは『しなければいけない』という強迫観念だ。
なにか喋らないと。
しかし、そう考えれば考えるほど何も思いつかなかった。
いい天気だねっていうのも今更って感じだし……この辺りのオシャレな店を紹介なんて、知らないからできないし……うぅ……。
「アレンはなぜ、外に?」
レベッカは残り少しになったパンを片手に聞いてきた。話のきっかけを作ってくれるのは嬉しいが、少し緊張する。
「僕はたぶん、レベッカと一緒だと思うよ。勉強って、その……退屈でしょ?」
「ふふっ。そうね」
「実践したあと勉強って本当に生きてくると思うんだ。それに、僕は一人だったから、自由に行動できたし」
「一人?」
「状態異常魔法コースは僕一人だけだから」
「そうなの? それは・・・・・・大変ね」
「最初は僕もそう思ったけどね。でも結果的に僕は一人の方が良かったよ。自由だし、色々試せて面白い」
「確かに」
レベッカは残りのパンを口に入れて飲み込んだ。のどが小さく動く。
「確かにアレンは少し、なんというか・・・・・・変わったわ」
「え?」
「ほら。覚えているかしら。あなたがいじめられていたとき」
「あ、うん」
レベッカに助けてもらったときのことか。
「あのときは死人のような目でしたけど今は違いますわ。目がキラキラしていて楽しそう」
「そ、そうかな」
そこでアレンは思い出す。
お礼を言ってなかったことを。
今は話しやすい雰囲気なので絶好のチャンス。
「あの。レベッカ。あのときはありがとう」
「いえ。私も謝らなきゃいけないと思っていて。言い方が少しきつかったから」
「そんなことは・・・・・・」
ない、と言いかけてちょっときつかったかもと思い出す。
「私、それで結構、敵を作ってしまうことがあるのよ」
意外だ。彼女の人生は順風満帆のように見えるが。
「私ってほら、冷たい感じがするでしょう?」
「あ、いや、そんなことは・・・・・・」
はっきりとは言いにくい質問だった。確かにそういう面がなくはない。
「一時期治そうかなと思った時期があって、無理に明るく振る舞ったのだけどダメね。続かないわ。だから今はもう諦めてるの」
「僕もそういう時期あったなあ。調子に乗って、無理したの今でも思い出すよ」
「アレンもそうなの?」
「うん。だから僕も諦めた。ダメなやつはなにやってもダメなのかなあって」
「それは悲観的すぎるけどね」
「うっ。まあ、そうかもしれない」
あまり思い出したくない過去を思い出しそうになる。好きな子に花をあげようとしてあげられなかった過去を。
そのときゆらゆらと地面が揺れ始めた。
「キャ!」
地震だ。レベッカはアレンに寄り添った。
ち、近い。うわあ、いい匂いがする。
アレンは彼女の頭部に顔がつきそうだったため、顔を上げた。食べかけの焼きそばパンを持った手の腕を伸ばす。
地震が続く中、人々は不安の表情を浮かべていた。壁に手をついて体を支える老人や、子供を守る母親などが揺れ動く地面に耐えている。アレンも別の意味で耐えた。
しばらくすると揺れはおさまった。
「やんだようね。・・・・・・あ! ごめんなさい」
「あ、いや・・・・・・」
レベッカはサッとベンチの隅に動き、アレンと距離を置いた。
心臓が高鳴ったまま、落ち着かない。
彼女はわざとらしく咳をして、口を開く。
「珍しいわね。地震なんて」
彼女は独り言のようにつぶやいた。
「それで、今度はどこに行くの?」
「そ、そうだね。予定はないけど、森に行くのはやめておいたほうがいいかもね。さっきの毒アゲハにもし毒をかけられたら、大変だし」
「じゃあこの辺りを探索しましょう」
そのあと、アレンはレベッカに引っ張られる形で、都市の壁の外周を回った。そして、夕方になってから都市に戻り、門の近くで別れた。
「また明日」
そう言って手を振る彼女に、アレンも応じた。レベッカは北西に位置する高級住宅地区のほうへ歩いていく。
学校の寮に戻ったアレンは、ふとんの上に寝転がった。思わず顔がニヤけてしまう。
疲れたけど、なんかすごくいい日だったな。また明日、か。あの言葉は僕だけに向けられてたんだよな。あんな美人が僕だけに・・・・・・。夢じゃないよね?
頬をつねってみる。痛い。夢じゃない。
思い出すのは手を握ったときの感触と彼女の髪の匂い。僕が積極的な男だったら、抱きしめていたようなシーンだよな。
「・・・・・・はっ! いけないいけない」
顔を引き締める。
僕がしたいのは図鑑の訂正だ。女の子とイチャイチャしている場合じゃない。それに調子に乗ったら、昔みたいに痛い目に会う。もうあんな惨めな思いはしたくない。
よく考えてみろ。あれほどの美人、周りが放っておくはずがないじゃないか。きっと許嫁がいるに決まってるし、僕がそれを気にするのも馬鹿げている。だって僕は・・・・・・。
「僕は・・・・・・そういう星の元に生まれてきたんだよ。きっと」
自分に言い聞かせるように、アレンは独り言をつぶやいた。
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