第8話 レベッカはこんなに強いの?

 あまり大きな森じゃないけど、迷ったら大変なので、奥深くへは立ち入らない。森の外周を歩くような感じだ。

 確かすぐに広場があったはず……。

 あ、ここか!

 見覚えるのある開けた場所が目に飛び込んできた。切り株もある。しかし、肝心のカバンが見当たらない。この切り株の傍に置いたはずだった。


「ここに置いたはずなんだけど、ないね」

「一晩たっているんでしょう? だったらもうないかもね」


 それは困る。

 カバンはいい。地図も指輪もいい。借りた魔物図鑑だけは、何とかして探さないと。


「あ。あれじゃないの?」


 レベッカの指差す先に、カバンが転がっていた。急いで駆け寄ってみると、落ち葉の上に、物が散乱している。カバンの中身だ。

 まずカバンを拾い、近くに落ちていた巾着袋を拾い上げる。中身の指輪は無事のようだった。地図はカバンの中にあったが、問題の魔物図鑑は酷い有様だった。

 本のページがちぎられ、周りに散っている。本体は投げ出されたように地面に落ちていて、噛み跡や傷がついていた。これはもうこのまま返却して許されるレベルじゃない。


「ああ……そんな……」


 アレンはがっくりと肩を落とした。悔やんでもしょうがないので、ページを拾い集める。その姿を見て、彼女は手伝ってくれた。拾ってくれたページの束をアレンに手渡す。


「ありがとう」

「残念だったわね」

「ははは……」


 彼女は少し眉尻を下げて、残念そうな表情を見せた。

 本当は泣きたいぐらいだ。

 本は何万ゴールドもする。これ以上、両親に負担はかけられない。とすると、自分が何とかするしかないか。


「その本、そんなに高いの?」

「五万ゴールドはするんじゃないかな?」

「あら。その程度?」


 ああ、そうか。彼女は貴族のお金持ちだった。お金の感覚が僕とは違う。


「私が払ってもいいわよ」

「いや遠慮しておくよ」

「なぜ?」

「僕が悪いんだし」

「つまらないこと気にするのね。私がいいって言ってるのに」


 いやいや。そんな甘えを自分に許したら、もっと発展していってしまうじゃないか。しまいには「お金貸して~」なんて言い出したら彼女、困るだろう。


「それに、これはお詫びよ」

「お詫びって、どういうこと?」

「それは……」


 レベッカは視線を落とし、指をもじもじし始めた。

 なんだ? ちょっと様子がおかしいぞ。恥ずかしがってる?


「な、なんでもない。行くわよ」


 あ、元の顔に戻った。

 なんなんだいったい。

 レベッカは歩き出して、すぐに足を止める。振り返って口を開いた。


「それで、次はどこに行くの?」

「え? さっき行くわよって」

「別に私に行きたいところなんてないわよ。どこでもいいわ」


 そういえば、理事長が言っていた。彼女は、外に出たがっていたと。

 目的はなんだろう?

 などと考えていると、遠くからのそのそ歩く魔物の姿が目に飛び込んできた。

 ああ。見覚えがある。忘れるわけがない。

 ハントキャットだ。

 昨日襲われたので恐怖心は拭えない。半分ぐらい小さくなればペットとして飼える程度に可愛いかもしれないが。


「レベッカ。ハントキャットだ」

「え?」


 後ろを振り返る彼女と、それに呼応するように巨大ネコは足を止めた。視線の先は彼女に向かっている。

 女の子がピンチだ。ここは僕がハントキャットを止めている間に、逃げないと。


「さ、下がってて。危ないから」


 アレンは少し震えるような口調で言った。


「面白いわ」

「へ?」


 思わず、素っ頓狂な声が出てしまった。レベッカは逃げ出すどころか戦闘準備に入る。素早くマナを溜め、手を魔物に向けた。滑らかに腕を伸ばす動作は無駄がなく、そして速い。


「アイスボール!」


 指先からこぶし大の氷の玉が生み出され、勢いよく射出された。ファイアボールの氷版といったところか。しかし、ハントキャットは横っ飛びで避けた。

 ていうか、戦う気まんまん!?

 ハントキャットは地面を蹴って、ハイジャンプ。爪を振り上げて襲いかかる。


「危ない!」


 つい声をあげた。しかし、杞憂だったようで。


「アイスシールド!」


 彼女の前に氷の壁が出現し、巨大ネコはそれに頭からぶつかった。倒れ、脳が揺さぶられたことにより、ふらふらしている。間髪入れず、そこに魔法が打ち込まれる。


「アイススタチュー!」


 ピキン。

 ハントキャットは地面に手足をついたまま氷に覆われ、固まった。まさに氷の像の完成だ。

 冒険初心者に恐れられている肉食獣が可哀想なぐらいに、あっさりと負けた。なおも続けて魔法を放つ準備をしていたらしい彼女は、相手の動きが止まったのを見て、やめた。吸収したマナを体外へ吐き出し、彼女を纏っている青白いオーラがフッと消える。


「ふう。怖かったわ」


 クルリとアレンのほうを向いて一言言った。

 うそつけっ! と声に出そうになった。

 レベッカは、すごい晴れやかな表情を浮かべていたからだ。戦闘中、背中から見ていたので表情をうかがい知ることはできなかったが、それでも楽しんでいて、イキイキしているがわかった。

 やりたかったことって、もしかして魔物相手の実践? となると、僕と目的は同じってことかな?


「ところで、なにかさっき言った? 聞こえなかったのだけど」

「いや、なにも……」


 結構勇気振り絞って言ったカッコイイセリフなんだけどな……。

 しかし、ランクSは伊達じゃない。僕より数段格上だ。

 いやわかってたよ。ああ、わかってたさ。僕は最下位のランクFで、本来なら彼女の傍にいることじたい、おかしいってことを。

 でも、ここ数日。僕は魔物相手に戦ったという体験がある。それでちょっと自分を高く見積もっていただけだ。本当はそんなことで埋まるほど、差が少ないわけないのに。


「はあ……」


 ちょっと落ち込む。理事長の優しげな顔が脳裏に浮かんだ。

 そりゃあこの子いれば大丈夫だよね。うん。この辺りの魔物なんて相手にならないよ。


「どうしたの?」

「なんでもないです」

「なぜ敬語になるの?」


 ああそれはね。君の実力が僕より上だということが証明されたからだよ。

 他人と比較して嫉妬しても、しょうがないんだろうけど、僕の立場がない……。

 アレンはボロボロの魔物図鑑をカバンに押し込み、それを背負った。カバンは少し湿気ているが問題ないだろう。


「レベッカ。お願いがあるんだけど」

「なに?」

「今度、ハントキャットが現れたときは僕にやらせてくれない?」

「え? いいけど、大丈夫?」

「うん。危なくなったら手を貸してくれる?」

「いいわよ。いつでも助けることができるよう準備しておくわ」


 なんか凄い心配されている。頼りなく見えるからだろうな。

 次、ハントキャットが現れたら、僕の力を見せつけてやろうという気持ちはまったくないわけじゃない。でもそれより、僕にはどうしても確かめてみたいことがあった。

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