第7話 レベッカに責められる

 美少女と一緒に歩くなんて、羨ましがられる光景だ。

 現に今、校門に向かって彼女と一緒に歩いているが、通り過ぎる男女から視線が集中している。視線の先は彼女であり、少し前を歩くアレンにも向けられる。「あの男、誰?」というひそひそ声も聞こえてきた。

 外から見れば、アレンは男から殺意を受けるほどウキウキ気分のはずだった。しかし、現実は違う。


 行動しづらい。やりづらい。


 目立つことが大嫌いなアレンは、魔法学校でSランク、しかも美貌を兼ね備える金の卵である彼女レベッカと一緒にいることは、不釣り合いであり、悪く言えば天敵のように思えた。

 確かに女性として魅力はあるし、ラッキーだと思わなくもない。でも、それより目立ってしまうことが嫌だった。出る杭は打たれるとも言うし、タダでさえいじめられているのに、もっと被害が拡大してしまうのではないか? そういった恐怖が先行してしまう。

 それに、相手のことを気にしなければいけない。これは面倒だ。

 校門を出て、アレンは立ち止まる。振り返って彼女を見た。


「これから外に出るけど、どうする?」

「あなたに任せるわ」


 ニコリともしない真顔がこちらに向けられている。

 教室で久しぶりの再会したときも、最初こそ驚いたような顔をしたが、今みたいな冷たい感じの表情になった。一応その場で自己紹介は済ませている。

 うん。ていうか女子だとは思わなかった。

 理事長、あなたはいったい何を考えているんですか? 若い男女が二人きりで人気のない都市の外に出るって、一歩間違ったら不純異性交遊につながるような……。まあ、そんな可能性は百パーセントないけど。

 それも考慮に入れての判断だったのかな? だとしたら悔しいけど当たっている。

 大きな通路を南に歩く。すぐ後ろを歩くのはレベッカ。その存在が気になってしょうがない。

 なんか見られているような気がするんだ。背中をジーっと、冷たい視線で。

 情けない男だなと思われているんだろうな。フェイルにいじめられていたとき、止めてくれたのは彼女だ。そう思われて当然だ。しかも、ありがとうと言っていない。

 お礼のことを思い出し、言おうとして機会を逃す情けない自分がいる。本当は勇気がないだけだ。

 門番のおじさんに会い、通してもらう。理事長から話はいっているようで、「お前か」と言って避けてくれた。すぐ後を通るレベッカの横顔を凝視するおじさん。男はわかりやすい。美人に弱いんだ。

 外に出た。広大な草原が広がる。まだ朝で天気良好、冷たく澄んだ空気が流れていた。

 さて。僕の目的は決まっている。東の森に行って、昨日忘れたカバンを取りに行くことだ。無事だといいけど。

 問題は彼女を一緒にそこまで連れて行っていいのかということだ。あなたに任せるとは言っていたが、まず確認しておかないといけない。コミュニケーションは大事だ。さっきから全然会話ないし、無言の時間が流れるのはかなり気にするタイプである。


「ええっと、東の森に行きたいんだけど……」

「そこで何をする気?」

「昨日、その……忘れたカバンを取りに行きたいんだ」

「忘れた? なぜ取りに戻らなかったの?」


 当然の疑問だが、なんか責められているように感じるのは気のせいだろうか。

 レベッカは顔にかかった前髪を手で払った。その仕草がお嬢様っぽい。それもそのはず、彼女は貴族のお嬢様だ。僕のような貧乏人とは違う。


「魔物に襲われてね。危ない場所なんだ」

「そうなの。あなたって意外に無茶するのね」


 ははは、と苦笑いで誤魔化すしかない。本当は、いじめっ子のフェイルに無理矢理森に連れ込まれただけなんだけど、そんなことを話すと色々ややこしくなるというか、やっぱりいじめられていたのね、ってなるのでやめておいた。


「僕だけでカバンを取りに行くから、君は別のことをしてもらってもいいよ」

「あら? 私のこと頼りにならないってことかしら?」

「いやいや! そんなことはなくって……なんというか……」

「ふふっ。冗談よ」


 レベッカは微笑んだ。どうやらからかわれたらしい。

 冗談言うんだ。笑うと可愛いな。


「理事長から聞いてると思うけど、二人で行動しろって言われてるわ。あなたに何かあったら私の責任になるの。おわかり?」

「はい……。すみません」

「なぜ謝るの?」

「いや、なんとなくです」

「なぜ敬語になるの?」

「うっ。いや、別に……」


 アレンは視線を落とした。

 なんか先生から注意を受けてるみたいだ。


「別に怒ってるわけじゃないのよ。そこは勘違いしないで」

「は、はい。すみません」

「謝らないでって言ってるんだけど」

「すみま……あ」


 レベッカの視線に鋭さが増す。

 なんか疲れてきた。無意識に上下関係が構築される。

 人は友達同士であっても対等にはなれない。たいてい、かなりの確率で賢い奴が上になる。自然に口調が偉そうになって、それが進行するといじめに発展するものだ。


「とにかく、東の森に行くのね? 私も一緒に行くわ。それでいいわね?」


 アレンはうなづいた。


 うなづいたものの、やはり危険な場所だ。自分が知っている情報を話したほうがいいだろう。

 振り返って、彼女を見た。


「レベッカさん。あのね」

「さんづけはいいわ。なに?」

「森にはハントキャットっていう恐ろしい魔物がいるんだけど、知ってる?」

「知らないわ」

「大きな猫みたいな魔物なんだけどね。気をつけたほうがいいよ。昨日、それと鉢合わせして、死にそうになったから」

「そう。忠告ありがとう」


 それがなにか? と言わんばかりだった。表情に変化が見られない。よほど自信があるのだろうか?

 彼女の手を見ると、両方の手の指に指輪が合計六つもついていた。

 両利きかな。


「どうしたの?」

「いや、なんでも……」


 再び前を向き、歩き出した。

 レベッカのことはとりあえず置いておいて、集中しよう。昨日の開けた場所がどこかを探さなければいけない。

 あのとき周りの景色を見る余裕がなかったけど、だいたいこの辺りだろうかという予測をつけて、森に入っていった。

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