第4話 外で魔法実験

 攻撃系魔法を使うときの魔力コストは高く、範囲攻撃ともなればそのコストは膨大だ。たいして状態異常魔法を使うときの魔力コストは低い。だから、アレンのように魔力が低くても一日に複数回使える。しかし、連続で行うのは限度があった。


「ポイズンキャッチ!」


 誰もいない部屋で一人、叫んでいるアレンがいた。立って手のひらを壁に向けている。発動が成功したことを示す指輪が発光した。

 魔法は指輪によって詠唱しなくても発動できる。ただし、一つの指輪には魔法が一つしか込められない。最大十個指にはめられるが、そういった人はいない。なぜなら魔力線というのが体全体に血液のように流れていて、その線の太さは利き手や、鍛錬によってさまざまだ。

 例えば、利き手じゃないほうの手で魔法を発動すると、手から十分な魔力の放出がされず、失敗に終わる可能性がある。両利きの人は魔法士向きだと言われているが、わからない。確かに多くの指輪をはめることで戦いの幅は増えるが、その分、扱いにくくなる弱点があった。

 今、アレンがはめている指輪は右手に三つ。

 毒、暗闇、睡眠の指輪で、学校施設内の購買店で買った。状態異常魔法系はほとんど誰も買わないため、一つ百ゴールドと安い。たいていは中古で、焼きそばパン一つと同じ値段だ。なので全部買った。ただし石化だけは二百ゴールドだった。


 指輪は発光したが、これでは何も面白くない。魔物相手に実際かけてみないと。

 魔物は都市の外にいる。今いる学校は都市の中にあり、外に行くには学校を離れ、南に位置する都市の門を通るしかない。門には門番が立っていて、行きかう人々をチェックしていた。

 都市の外壁は十メートル弱。とても上がれないため、門を通るしかない。

 どう言い訳しようか考えたあと、教室を出た。その足で図書館に行き、分厚い魔物図鑑を借りる。マーシャル国で発見されている魔物が絵入りで解説されている。

 これがないと効かない相手にかけてしまって、時間の無駄になるからだ。

 あとは四つ折りの地図。周辺に何があるか確認するためのものだ。これらは手に持つには重すぎるためカバンに入れた。指輪入りの巾着袋も入れ、背負う。

 次に西の校門を目指す。今いる場所から少し上がって芝生を超え、長い下り階段を下ると門が見えてきた。見張りは誰もいないので、楽に通ることができた。

 多くの人が行き交う大通りを南へ歩き、門にたどり着く。門番一人が立っていたので声をかけた。鎧を着て、ひげを生やした四十代ぐらいのおじさんが担当していた。


「あの。外に出たいんですが」

「君は魔法学校の生徒か? 学生証はあるか?」


 財布と一緒に入っているカードサイズの学生証を見せた。


「付添いはいないのか? 外は魔物がいて危険だぞ」

「遠くから眺めるだけです。課題で、魔物の姿を確認して来いって先生に言われまして」


 証拠に、とカバンから魔物図鑑を取り出した。

 門番は図鑑をチラ見。この間、アレンの心臓は早鐘を打っていた。声が裏返りそうになったが、どうにか普通に話せたのは幸いだ。


「わかった。通っていいぞ」


 よしっ。心の中でガッツポーズ。

 アレンはぎくしゃくするような足取りで門を通った。その様子を見つめてくる門番の顔は厳しいが、何も言ってこないので信じてくれたようだ。

 さて、どこに行こう。

 道とは少し離れた草原に腰を下ろし、魔物図鑑を広げる。教室でどこに行くか決めてから移動しても良かったが、こんなにあっさり外に出られるとは思っていなかったので、行き当たりばったりで調べることになった。

 ええっと、東に森があるのか。

 森に生息するのはオオダンゴムシ、ハントキャット、毒アゲハ。

 毒アゲハはやばいな。毒消しは持ってないから、毒にかかると下手したら死んでしまう。ハントキャットも危険だ。大きな猫の野生版だが、爪による一撃で倒れた冒険者が何人もいると聞く。

 森は難易度が高そうなのでやめておいた。

 この辺りで弱い魔物はいないかと辺りを見渡す。草原を何かが跳ねた。バッタだ。緑色のしかも大きい。子供ぐらいの体長がある。すぐに魔物図鑑の該当ページをめくった。

 オオハネバッタ。

 稲を食べるなど、害虫に指定されている。どの状態異常が有効かを示す表にはこう書かれていた。


 ス毒暗沈睡混麻石

 ◯◯◯◯◯◯◯×


 スタンはスと頭文字で表記され、◯は効果ありを意味する。石化以外有効のようだ。

 ようし。試しに暗闇状態にしてやろう。

 指輪をはめていることを確認し、こっそりと近づく。バッタは警戒心が強いため、気配を感じると飛んで逃げてしまう。小さいバッタも大きいバッタも違いはないだろう。


「あっ」


 バッタは跳ねた。少し離れたところで止まる。

 なんか昔、手で捕まえようとしたの思い出すなあ。

 今度はさらにゆっくりと、亀のような鈍さで近づいた。距離にして一メートルほど。

 ここから届くか?

 空気中に滞留するマナ(魔力の源)を体の中へ吸収する。少ない魔力の器はすぐにいっぱいになり、準備が整った。手のひらを向け、息を吸う。はき出すと同時に魔法名を発した。


「ブラインドカー……」


 うん。ダメだった。

 声を出したときに気づかれ、バッタはもういない。遠くの方に逃げた。

 素早いのはダメだ。鈍い魔物じゃないと。

 振り出しに戻る。

 探索再開。しばらくしてオオダンゴムシを発見した。体長一メートルほど。甲羅のような殻を身にまとい、もぞもぞと動いている。近くで見るとそれなりに迫力があって、なんというか気持ち悪い。森に生息するはずの魔物なので、そこからここまでやってきたのだろうか。

 効く状態異常魔法は麻痺以外全てだ。やはり弱い魔物は効きやすいということか。この魔物の場合、石化も効く。

 今度は大丈夫。逃げたりはできないだろう。

 目はあまり見えてないから暗闇は効果ないか。睡眠の魔法を使ってみよう。

 カバンの中に入っている巾着袋から指輪を取り出し、はめた。そしてマナを吸収し、魔力を解き放つ。


「スリープゴーホーム!」


 指輪は光り、白い煙がダンゴムシを覆った。巨大な体は止まり、動いていた触覚もピタリと静止する。寝ているようだった。

 やった! 成功だ。


 そのあと、暗闇以外の全ての状態異常魔法を試した。効かなかったのはやはり、麻痺だ。

 傍らにロックプリズンによって石化されたダンゴムシの像が置かれていた。こうして実際使ってみると、低い魔力コストなので効率よく魔物を倒せることがわかる。疲れも軽く、悪くない。

 攻撃系のように派手さはなく地味だが、雑魚相手には有効な手段だ。しかし、一部の者――例えばハチを駆除する業者など――以外誰も使っていない。

 ここまで廃れたのはなにか理由があるのか?

 気になったが、もう日は傾いている。とりあえず寮へ戻ることにした。

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