第3話 状態異常魔法コースは自分1人

 魔法学校の一年がもうすぐ終わろうとしていた。

 二年生になると各学生はコースに別れる。攻撃魔法コース、補助魔法コース、回復魔法コースなど、ランクの高い生徒から選択していくシステムだ。

 人気の高い攻撃魔法コースの定員はすぐに埋まり、アレンの選択数はじょじょに減っていった。不人気のコースも埋まり、選択肢は一つしかなくなる。

 それが、状態異常魔法コース。

 ランク最下位のアレンは二年からそのコースを受講することになった。


「お前にお似合いだな」


 いじめっ子のフェイルは笑った。彼は攻撃魔法コースに行きたかったようだが、無理だったらしく、仕方なく補助魔法コースを選択。腹いせに自分より立場の低いアレンをバカにした。

 アレンは安堵していた。

 状態異常魔法コースを狙っていたわけではない。使えないと評判の状態異常魔法を学ぶ授業を受けることは彼にとっても不本意だ。しかし、二年からフェイルと違う教室になる。

 これでいじめられない。

 新学年に上がる前日の夜、アレンは久々にぐっすりと眠れた。

 迎えた朝。

 魔法学校の敷地内にある寮の一室で、アレンは目を覚ました。朝は苦手でいつも朝ごはんは食べず、新しい教室となる校舎へ向かう。

 そこはコンクリート壁で作られたボロボロの建物だった。亀裂が入り、築何十年たっているのかわからないその建物の階段を上がり、奥の一室に向かう。ドアの前に立った。

 ここが僕の新しい教室か。大丈夫かな? なじめるかな?

 ノックする。が、反応なし。


「失礼します」


 キイッと錆びついたドアが音を立てて開いた。真っ暗だ。誰もいない。

 そこは教室というより物置だった。壁際には使ってない古いイスが積み上げられ、クモの巣が張った本棚が置かれている。一応の座れる空間は確保されているものの、埃っぽく、勉強するのには適さない場所であることは明らかだ。

 アレンはカーテンを開け、窓を開けた。新鮮な風を室内に入れる。

 場所を間違えたのか? いや、そんなはずはない。昨日、担任の先生に確認したからだ。

 しょうがないので待つことにした。

 授業の始まりの鐘が鳴る。落ち着かずそわそわしだしたとき、ドアが開いた。同じ教室の生徒かと顔を向けるが、そこに立っているのは担任の男の先生だった。茶髪で頭はボサボサ。無精髭が目立つ三十代の先生は、眠気眼でアレンを見ていた。シワが目立つシャツと上に羽織るマントがだらしなさを象徴している。


「お、おはようございます。ガロ先生」


 先生という風貌ではないが、失礼のないよう接した。


「おう。お前はアレンだったな」


 ガロ先生は立ったまま、面倒くさそうに後頭部を掻いた。


「まあ、適当にやっておいてくれ」

「え? それはどういう……」

「だから、俺は忙しいんだ。自習だ自習」

「はあ……」

「よろしくな」


 先生は帰ろうとしたが、「ちょっと待ってください」と引き止める。不機嫌な視線がアレンを射るが、どうしても聞きたいことがあった。


「他の生徒はいないのでしょうか? 遅刻ですか?」

「なに言ってんだ? お前一人しかいないぞ」




 状態異常魔法コース。

 定員なし。それなのに所属人数一人。

 その日、アレンは物置のような教室にずっと座っていた。なにもすることがなく、じっとしているだけの時間は長く感じられる。

 とうとう夕方になり、先生は来なかった。

 新学年になったから忙しいのだろうか?


 しかし、次の日も同じだ。

 朝、先生は自習だと一言言いに来ただけで、すぐに帰っていく。見放されている、とアレンは強く感じた。

 でも……。

 一人の教室は寂しさもあったが、逆に開放感もあった。一年のときは教室の隅で目立たないように机に突っ伏して寝てたり、本を読んだりしていた。いじめっ子にもビクビクしていた。それが今は自由だ。なにをしたって誰にも見られないし、迷惑はかけない。

 幸い、近くに図書館がある。そこへ行き状態異常魔法の教科書を借りた。見つけるのには苦労した。一冊しかなく、奥の方で埃をかぶって眠っていたからだ。教室に持ち帰り、その本を開く。一時間ほど読んで、わかったことがある。


 状態異常魔法の基礎は単純だ。

 強い魔物には効かないが、弱い魔物には効くことが多い。ここでいう強い、とは人間を襲って殺すような凶暴な性格を持ち、一般の成人男性が武器を持って戦っても勝てないレベルのことを指す。

 また、石化魔法「ロックプリズン」は強力だが、ほとんどの魔物に有効ではない。

 そして種類は八つあり、スタン、毒、暗闇、沈黙、睡眠、混乱、麻痺、石化。これだけだった。

 あとはそれぞれの状態異常魔法の唱え方が書かれていた。それを覚えて実行する。誰も見てない環境だからこそ、いつでも自分の考えを行動に移せる。

 座学のつまらなさには正直、うんざりしていたところだ。

 その日から、アレンの魔法実験が始まった。

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