第2話 無能いじめ

 それから月日がたった。

 故郷を離れたので、好きな子は今、どこで何をしているのかわからない。あのときのみじめな思い出は消えることはないだろう。そして、初恋の相手も忘れることはない。

 自分に合わないことをしてしまった、それが失敗の原因だ。だから学校では、出しゃばったりせず教室の隅の方にいて、大人しく静かに過ごしていた。


 ここマーシャル王立魔法学校は、魔法を覚えるための学校で、全国から若い生徒たちが集まる場所。昔は貴族だけが入学することを許されていたが、今は違う。貧しい者でも分け隔てはないため、開けた学校として有名だった。

 校長が平等をうたっているわけじゃない。環境の変化がそうさせた。

 昔は魔物の数は少なかったが、今は多くなってしまい、少ない魔法士だけだと対処できなくなってしまったからだ。


「おい、アレン」


 昼休みの時間。

 一年F組の教室、最前列の席に座っていたアレンは声をかけられた。声の主は誰だかわかっている。だから嫌な気分になった。

 振り向くと男が立っていた。小太りの男で、名前はフェイル。燃えるような赤い髪が逆立っていて、顔は大きく、目は細い。


「ちょっと外出ろよ」


 ごくりと生唾を飲み込んだ。アレンは席から立ち上がり、彼について行った。


 迫りくるのはファイアボール。こぶし大の火球だ。

 ここは人通りの少ない、学校の校舎裏だった。アレンは壁を背にして、フェイルが放つ火球を避け続ける。フェイルは的当てゲームと呼び、憂さ晴らしの対象にアレンが選ばれていた。

 髪の色は属性を表す。赤は火属性魔法に長け、アレンのような黒は魔力がないか、少ないため、髪の色に現れていなかった。

 当たれば軽いやけどを負うため、方向転換を繰り返し、ときにはジャンプした。


「はあ、はあ……」


 火球がやみ、一時の休息時間が訪れる。アレンは腰を曲げて両ひざに手をつき、息を整えていた。


「ちっ。つまんねえな」


 「ファイアボール」を連続で言った。フェイルの両手のひら上に火球が浮く。片方の火球を投げ、アレンが避けたところを狙ってもう片方を思い切り投げつけた。


「当たんねえと、面白くねーだろうが!」


 速度にのった火の玉が襲いかかる。

 避けきれない。


「ひっ!」


 アレンは両手を前に出し、頭をかばった。そのときだ。


「アイスシールド!」


 ボフッ。


 火は直前で消えた。氷の壁によって守られていたからだ。

 こんなところにいきなり自然現象で長方形の氷壁が地面から生えることはない。見ると、女生徒が手のひらを向けて立っていた。背中まで伸びる髪の色は青。ということは氷属性であり、アレンを守ったのはこの女の子だった。


「なにをしているのかしら?」


 氷のように冷たい感じで言い放つ女子。レベッカ。

 彼女の名前は知っている。貴族であり、魔法士になるための重要な指標である魔力値は一番高いランクS。それでいて容姿端麗、男からも女からも人気がある。

 リボン付きの白い長袖と、それを覆うマント。膝丈の黒いスカートは規定の制服ではあるが、なにを着ても似合いそうだった。


「あ、こ、これは……」


 突然の来訪者に、フェイルは焦った顔を浮かべた。逃げようにも逃げる機会を失っているようだった。


「なにをしていたのかと言っているのです」


 目つきに鋭さが増した。フェイルはたじろぐ。


「その……。た、ただ、遊んでいただけですよ」

「本当かしら?」


 アレンをとらえる厳しい眼差しに、つい視線が下を向く。


「あなたに聞いてるのですよ。答えなさい」


 顔を上げる。彼女は近くにいた。その後ろのフェイルは眉をひそめ、怖い顔を作っている。

 本当のことを言ったらタダじゃおかない。そんなことを無言で示していた。アレンに逆らう度胸はない。


「そ、そうですね。遊んでました」

「……そう。ならいいわ」


 レベッカは少し遅れて言うと、「もうすぐ鐘が鳴るわ。戻りなさい」と続けた。

 フェイルは逃げるようにして、教室がある校舎へと戻っていく。そのあとをアレンも追った。


「なぜ本当のことを言わないの?」


 走りを緩め、止まりかけた。でも、振り向いて話をするのが怖かった。彼女は今、責めるような視線を向けているに違いない。

 アレンは聞こえなかったふりをして、教室へと駆けた。

 なぜ言わないのかという疑問を口にするということは、彼女はわかっていない。

 いじめられる人の気持ちが。

 恐怖が。

 従うしかない境遇が。

 ずっといじめを受けていると逃げることすら考えが及ばなくなってしまう。

 でも……。

 一つ心残りがあるとすれば、助けてくれた彼女にお礼を言うべきだった。人として。

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