第3話 黒龍撃退戦1

土地勘はないが、ランドマークとなっている黒煙を目指して走る。

とはいえ西門へは一本道ではないので、左右の分かれ道などは直感と方向感覚を信じて歩を進めていく。

走り抜ける風景の傍らには、興味を引き付ける飲食店や雑貨店など数多くが軒を並べており、平時には絶対立ち寄ってやると俺の心に固く誓わせた。


「あのカフェのビュッシュ・ド・ノエルは絶対に食べてやる。絶対にだ。」


商業区を抜け、居住地帯が密集している西側に入ると瀟洒な建物が顔を見せた。比較的富裕層がこの辺りに居を構えているとうかがえる。

皮肉なことに、図らずも閑静な住宅街と化しているこの辺の住民はうまく逃げおおせたようだ。

数分走ると、今度はスラムのような荒れたポイントに差し掛かる。ここに住んでいた者もうまく逃げていればいいが今その姿はない。まだ先ほどまでいたであろう生活感が残っている。

二つの顔を持ち合わせるそれは、この国の縮図。実情を物語っているようだった。


走れば走るほど、ほとんど交互に聞こえる砲弾と黒龍の咆哮のボリュームが大きくなってくる。

スラム街を抜けたところで、黒龍のその巨躯を捉えた。とはいってもまだ100メートル近く距離がある。

黒龍と騎士団は、煙の上がる西門の真下から広がる半円形の広場に睨みあう形で対峙していた。

門に背を向ける黒龍を、扇状に何重にもして囲むように布陣を展開している騎士団。何人かは散り散りに横たわっている。

睨みあいも長くは続かず、黒龍が一声咆哮するとその鋭い爪を扇状に並ぶ騎士団のど真ん中へと突き立てる。

ぐぁっ!っと何人かが悲鳴を上げた。地面を砕く勢いで黒龍の腕が入った場所からは土埃が舞っていたが、すぐにその煙幕は晴れ、人とドラゴンの残酷な力の差を見せつける。

騎士の一人が黒龍の爪に貫かれ、ビクビクと身体を痙攣させながら腹部と口から鮮血をまき散らしている。

やがて生きているのか死んでいるのかもわからないその騎士を、甲冑ごと口の中へ放り込む黒龍。

周囲の騎士たちはその姿を見て戦慄し、呆然と立ち尽くしていた。中には戦意を喪失し失禁する者、おなごのように泣き叫び、武器を投げ捨てて撤退しいく者までいた。


「恐れるな!それでも王国騎士団か!」


怯えて何もできなくなってしまった騎士たちに向かって一喝する声がした。

先ほど声をかけてきたアリシヤと呼ばれた女騎士だった。

虫けらのように蹂躙され力の差は歴然にも拘らず、アリシヤは俺と会った時のまま背筋を伸ばし黒龍を見据えている。


黒龍は再びその鋭爪を今度はアリシヤに向かって振りかぶり、銃弾のように打ち込む。


「―っ!」


当たるか否かの刹那、突如アリシヤの姿が消えた。

―キンッ!

甲高い金属音が黒龍の足元から聞こえ、アリシヤの片手剣が接触したことを示していた。


「・・・攻撃を回避するどころか一瞬であの距離まで踏み込んだのか」


だがドラゴンの表皮は硬く、並大抵の攻撃では傷もつけられない。


「くっ・・・。」


悔しそうにその整った顔を歪ませると


「キリン!」


とアリシヤが誰かを呼んだ。


「アリシヤ様。あまり一人で無茶をなされないでください。」


騎士団の群れの中から和装の女騎士が一歩前に出た。

やや細身で反った刀身の武器を持ち、肩には白い小さな獣が乗っている。呆れたようにそう言いながら黒龍に向かって歩き出した。

黒龍の標的は、和装の女騎士『キリン』に向きを変えたようで、唸り声をあげるとまたもその毒爪を繰り出す。

キリンは制止し、まだ鞘に収まっているその武器の柄に右手を置き、腰を低くすると


「狂い咲け、――繚乱桜華!」


鞘を持っている左手の親指で、鍔をはじいた刹那―。

薄いピンク色の閃光が走る。黒龍が驚いたように繰り出した腕を引っ込め、狼狽しながら視線を目まぐるしく動かし始めた。

それもそのはずだ。さっきまでいた広場も騎士団の姿もそこにはなく、群青色の空と延々と続く桜並木がキリンと黒龍、そして俺を囲んでいる。

―それは能力の発動を意味していた。


「キュー!」


肩乗っていた白い獣が可愛らしい鳴き声を発すると地面に飛び降り発光し


「ウォーン!」


低い鳴き声とともにさっきの小さい姿とは一転、人よりも大きなサイズに変わり一本だった尻尾が九本になった姿で現れた。


「コン、いくよ。」


混乱している龍を他所に、冷静に言うキリンはコンとともに龍に向かって突進する。

キリンは跳躍し、目にも止まらない速さで黒龍の腹部に斬撃を入れる。コンは紫色の炎を口から吐き、黒龍の顔に命中させる。

グオォと小さな悲鳴のような声を出すと、黒龍は平常心を取り戻す。先ほどまでくるくるとしていた眼球をキリンへとしっかり固定し、怒りに満ちた表情で見下ろしている。

再度、毒爪による攻撃をしようとしたのか左手を動かした。

―遅い。

さっきとは明らかに動作の速度が下がっていた。

(なるほど。この空間は単なる幻術ではないってことか。)

速度変化をもたらすその空間では支配者が圧倒的に有利だ。動きの遅くなった相手を、影響を受けない術者が一方的にタコ殴りにできる。

これが対人であればこの能力を使った時点で雌雄を決していたであろう。

しかし今回ばかりはそうもいかない。相手は人ではなくドラゴン。いくら一方的に攻撃できたとしてもその硬い表皮に攻撃が通る様子はなく平行線をたどっている。

さっきから見えてはいないが、攻撃がはじかれる高音が幾度となく聞こえ、キリンとコンも奮戦しているものの黒龍は表情を変えていない。

スローモーションで力をためるようにして少し身体を縮め、やがて一気に咆哮として轟音を解き放つ。

その風圧と爆音でキリンとコンの身体は吹き飛び、金属音も一斉に止んだ。

吹き飛ばされた衝撃でキリンの手から得物が落ちた瞬間、桜並木の異空間から元いた場所へと帰ってきた。

辺りを確認すると、騎士団たちの多くがキリンと同じく地面に転がっていた。

キリンが能力を使用したのを見計らって一斉攻撃をしかけたのだろう。


「ぐっ、うぅ・・・。」


至る所から呻き声が上がり、皆痛みに顔をしかめている。


「・・・まだ、だ・・・っ!」


アリシヤは剣を支えに片膝を立てながら体を起こす。


一人立ち上がったのを見て黒龍がそこへ尻尾の薙ぎ払いを繰り出してきた。

いつもの速さを取り戻した黒龍の攻撃が容赦なくアリシヤを襲う。


「―っ!?」


なんとか剣でガードするも、その体躯はいとも簡単に宙を舞う。

苦痛な表情を浮かべながら空中でくるりと身をひるがえして、体制を整えるとすんでのところで着地した。

しかし、黒龍の攻撃はまだ終わっておらず、着地したアリシヤに尻尾を叩きつけるが如く振り下ろしてきた。


「まずいっ!」

「アリシヤ様!!」


叫ぶ騎士団やキリンを遠巻きに俺は気が付くと走り出し、ダメージの反動で動けないアリシヤの元へ一気に跳躍した。


―アリシヤに尻尾が直撃する瞬間、血しぶきとともに当たるはずだった尻尾の一部が空を切り、回転しながらドスンと大きな音を立てて地面に降ってきた。


「グオオオオォォォ!」


黒龍は一際大きな咆哮を上げてのけぞる。


「―!?」


アリシヤは俺を見ると、大きな瞳をさらに大きく見開き、突然の出来事に理解が追い付いていない様子で何か言いたげに口をかすかに動かしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る