第2話 急襲
「ん、あれが城門か」
再び森の中に入り崖を下り、ようやく平地に足をつけると先ほどの景色とはまた違った、威圧感のある城壁が見えてきた。
都市を円形に囲むその城壁は、敵国からの侵入者を安易には許さない深い溝にさらに囲まれており、中に入るには城門前に見える門兵に許可を取り、架橋を渡る必要があるようだ。
「止まれ。通行証はあるか?」
橋の近くまで行くと門兵に声をかけられ制止させられる。木製の小屋が建てられており、その中で一人窓際に座っている兵士と、こうして目の前で俺に声をかけてきた、計2人の体制のようだ。
門兵とは言え、このご時世だ。灰色の甲冑にランス、兜は外しているがどうにも警戒心のこもった視線を向けてくる。
「ご苦労さん。これでいいか?」
「ルクス=クルシエイト・・・本人か?」
「ああ。通行証の顔と一緒だろ?」
「・・・。よし。間違いないな。通行を許可する。」
もっていた通行許可証・・・というよりは身分証明書のようなものだが、カード型のそれを見せると俺の顔と何度か見比べ門兵は事務的にそう言った。
身分証明書となるそのカードには特殊な魔術がかけられた射影機によって自身の顔が掲載されている。証明書にもグレードがあり、俺の持っている各国間の通行証にもなりえる、1枚で様々な効力を発揮するものもあれば、一つの役割しか果たさないものもある。
もちろんグレードが高いほうがいろいろ自由が利くし、モノとしての信頼性や効果も高く価値がある。
何よりかさばらない。
「旅行者か?」
事務的かと思っていたが先ほどとは打って変わって緊張のほぐれた柔和な顔をし、不意にそんなことを尋ねてくる。
「そんなところだ。いろいろと見識を広げておきたいと思ってね。」
元来、気さくな人物なのか余程暇だったのだろうか。気楽なもんだなと笑い、ため息交じりに冷やかしてくる。
『知っての通りだろうが』と前置きすると、
「近頃はこの近辺にも魔物が出没している。2日前にも城区外に住んでいる農家がヘルハウンドに襲われたそうだ。一家は無残にも殺されてしまったそうだよ。あんたここへ来るとき魔物に襲われたりしなかったのか?」
「慎重派な性分でね。少しでも危険だと思ったら迂回して避けてきたんだ。」
嘘はない。俺は戦うことがあまり好きではない。
レインシュタットの、戦いに後ろ向きな国風を馬鹿にはできないなと心の中で自嘲する。
「戦闘向きの能力じゃないのか?」
――能力。
それは人々が生まれ落ちた瞬間に神に与えられし異能の力。その種類は一つとして同じものはなく、似通ったものでも若干の差異がある。
またその千差万別な能力には戦闘向きのものや、生活していくうえで便利!という程度ものも存在し、使い、鍛えることによって力自体もだんだん強化されていくらしい。
例えば、自分の筋力を増強できる能力を持つ人間が、使い始めたころは100kg程の重量しか持てなかったが、使っていくうちに1tの重量を軽々持ち上げられるようになったり、昨日食べた夕飯のメニューを次の日絶対に忘れない人が、1週間分の夕飯のメニューを完全に記憶できるようになる、などだ。
後者の能力者は、「生活に便利」という域に達しているかは正直微妙なところだが、友人との会食で「昨日の夕飯何食べた?」と聞かれて即答できるメリットや、能力はその人が死ぬまで発現し続けるので、年老いてボケてきたとしても夕餉の献立はおろか味噌汁の具材までしっかりと聞く人に披露できるのである。
「・・・。」
「おい!!なんだあれ!!」
答えに渋っていると門兵が突然大声を上げた。驚きに目を丸くし、一点を見つめているその視線の先を追う。
空に黒い影・・・。段々とこちらに近づいているようだ。
(あれはまさか・・・。)
「大変だ!黒龍だ!!!今居住区のある西門に駐在している騎士隊から連絡があった!まっすぐこっちに向かっているらしい・・・っ!」
もう一人の門兵が血相を変えて小屋から出てくる。
「――っ!」
魔物の中でも最悪とされている部類の化け物である「ドラゴン」。その威力はまさに災厄。
ドラゴンは知能が高く、人語を解釈できるのではとか、もしかすると人以上なのではと言われるほどであるがその巨体と禍々しい爪牙、口からは炎を吐く個体もいれば氷や雷を吐く個体など襲われてしまえばひとたまりもなく、大抵の人間など虫以下の存在に成り下がってしまう。
そんなものが気まぐれに人里に降り立てば地震や台風といった天災と同義だ。
その中でも黒龍はもっとも狡猾で残忍な性質を持ち、口からは黒炎を吐き、その爪牙には毒があるらしい。
「そんな・・・でも、このまま王都を通り過ぎる可能性もあるんだろ?」
呑気なことを言っている門兵に、現実を突きつける一言を浴びせる。
「そんな希望的観測はおそらく打ち砕かれるぞ。」
ドラゴンが人里に降りる場合ほとんどの理由が捕食だ。王都ルベライトの近辺に他に大きな都市はない。
しかも絶望的なことに先ほどまで黒い点だった影が徐々に高度を下げ、翼が羽ばたくその姿をしっかりと視認できるくらいまで大きさを変えていた。
門兵たちは真っ青になり、
「もうあんな距離に・・・。なんて速度なんだ・・・。」
――カン!カン!カン!
「!?」
けたたましい鐘の音とともに二人の兵士が一斉に小屋内の持ち場に戻る。
一人は通信機のようなもので各所に連絡を取っているようで、もう一人は荷支度を整えてこちらに向かって叫ぶ。
「おい、急いで橋を渡れ!城門を閉鎖する!」
俺は言われたとおりに急いで王都内に入る。しばらくすると、兵士たちの手によって橋自体が扉となっている城門が鈍い音と共に閉まった。
入れたのはいいが街中にはパニックに陥った人々が右往左往し、収拾のつかない状態になっていた。
「慌てないでください!落ち着いて避難区へ!」
灰色の甲冑に身を包んだ、恐らくは騎士団と思しき者たちが、混乱する民衆に大声で呼びかけ何とか場を収めようとしている。
先ほどの門兵もいつの間にやら騎士団に混じって誘導しているところだった。
警鐘が鳴ってからの対応を間近で見て、なかなかにいい働きをするものだと感心していると
「そこのお前!何をぼさっとしている!早く東避難区へ行け!」
横からいきなり女の声がし、振り向いて見ると
「―!」
そこには美しいブロンドの髪をした女騎士が仁王立ちしていた。端正な顔立ちに、一目見ただけで鍛えられているとわかる均整の取れたスタイル。背筋はピンと伸び、雰囲気から育ちの良さが伺える。
「避難区には地下区画がある。そこにいけば安全だ。・・・それともここで龍に食われたいのか?」
腕を前に組み、腰には業物であろう高級そうな片手剣。白銀の甲冑を纏い、訝し気に俺を見て女は不躾にそう言い放った。
「来たばかりのこの国を観光もせず、旨いものも食わずに死ぬのはごめんだな。食うどころか食われるなんてもってのほかだ。」
「そうか。旅行者か。来て早々こんな物騒なことに巻き込まれるなんて運がないな。龍は必ず我々騎士団が撃退する。そのあとでゆっくりとこの国を楽しむといい。だからまずは向こうの騎士団員に続いて避難しろ。」
「わかった。武運を祈る。」
女騎士の進言通りに一般市民を誘導している騎士団員に続こうと一歩踏み出した瞬間、遠くで体にのしかかるような大砲の発射音が聞こえた。
「アリシヤ様、西門にて対黒龍の一斉砲撃が始まったそうです。」
東洋のモノだろうか。変わった着物と、それにマッチするようにコーディネートされた鎧を着た騎士団の一人が、先ほどの女騎士に向かって静かに、だが通る声でそう言うと
「アリシヤ様はやめろと言っているだろう。・・・・ったく。では我々も二班を残してあとの者は黒龍撃退に向かう。私に続け!」
呆れたように言うと、すぐさま気持ちを切り替えたように凛々しい表情に戻り、騎士団の面々に向き直った。
恐怖など微塵も感じさせないその威風堂々とした態度に、周りの騎士たちの士気も上がり「おおぉー!」と勇ましい掛け声を上げた。
アリシヤを先頭に、西門に向かって走り去っていく騎士団を見送り、「さて俺も避難するか」と決意を新たにした時だった。
砲撃音の聞こえてきた西門方面から、その音とはまた異なる轟音が鳴り響き、続いて腹の底から恐怖を覚えるような、耳を劈く咆哮が聞こえた。
音に反応して西側を見ると、高い城壁の一部が破壊され煙が立ち上っていた。
北側に位置するこの商業区は西門までに距離がある上に、比較的高い建物が立ち並んでいるため、ドラゴンが襲撃したポイントをはっきりと見ることはできない。
(俺にできることはない)
そう言い聞かせ煙の立ち上る西の空から、改めて避難区のあるという東側に向き直ったとき、背筋の凍るような視線を感じた。
避難する人々が行きかう道の脇に、フードまでしっかりと被った黒いローブの人物が不適に佇んでいた。男とも女とも判別つかないその風貌に、俺は見覚えがあった。
雑踏の中、気が付くとそいつの姿は忽然と消えていた。
「あいつがいるということはまさかあの黒龍・・・ふざけているな・・・。」
得も言われぬ怒りを覚え踵を返した俺は、黒龍がいるであろう西門に向かうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます