第29話再会へ
30-029
「兎に角、その今泉先生に合わせて下さい、人の命に関わる事です」と言い切る美千代。
事務長とガードマンは、取り敢えず美千代を受付から無理やり引っ張って事務室に連れ込む。
「何をするのよ、暴行をするのね、地元の新聞社の支店長も、市長さんも良く知っているのよ」と怒りながら連れ込まれた美千代に「判りました、今泉先生の診察がひと段落したら、来て貰いますからお待ち下さい」と事務長が言うと、ようやく落ち着く美千代だ。
今の新聞社とか市長の名前が事務長には、面倒だったので仕方なく言った。
しばらくしても今泉先生がやって来ないので、いらいらしてくる美千代。
「まだなの?新聞社か、役所に電話しようかな?県立病院は患者を殺したと」と大きな声の独り言を言う。
スナックの名刺を貰ったので、事務長も気に成っていた。
事務長が走って来て「もう少しお待ち下さい」と謝る。
長年水商売をしているので、周りの人には暴力団にも知り合いが居る様に見えて、怖い気分がしている。
それ程派手に見えるのだが、本人は到って普通の服装に普通の化粧だと思っていた。
しばらくして、今泉が「どの様なご用件でしょう、時間が有りませんので手短に」と高飛車に言う。
「じゃあ、手短に言うわ、佐伯さんって肺癌を再発したの?もう駄目なの?」といきなり言われて「佐伯さんって?どちらの?」と尋ねる今泉は、沢山の患者の名前は、カルテとその場に居て始めて思い出すので、いきなり言われても美千代の顔からは全く判らない。
「直ぐには思い出せませんが、たとえ判っても貴女に患者の容体をお話出来ません」と言い切る。
「それで、一人の人が亡なっても、責任は無いとおっしゃるの?」恐い顔で詰め寄る。
「そうは言っていませんが、兎に角医者の守秘義務です」と強い調子で言い切る今泉医師。
その医師の目の前に手紙を差し出した美千代が「これを読んでも何も感じないのなら、あなたは医者を辞めるべきね!」と言われて、手紙を読み始める今泉。
二通目の文章を読んで「これは!」と口走った。
患者の顔と症状を思い出した今泉が「これは、間違いだ!早く探さないといけない」と言い始めて「佐伯さんは癌が再発した訳では有りません、念の為に他の検査もされて、転移が無いか調べてみたらと進言したのですよ!」と言う今泉医師に「それだけ判れば、良いわ」と手紙を今泉から受け取ると、踵を返す美千代。
「あの?私は何をすれば?」と尋ねると、振り返って「連れて来るから、身体は大丈夫だと言ってあげて下さい」と微笑むと会釈をして、事務室を後に帰って行った。
「花梨!佐伯さんは癌を再発していないわよ!貴女から教えてあげなさい!」と電話をする美千代。
「本当ですか?」と声が明るく成る花梨。
「佐伯さんは、貴女と大藪さんが良い仲だと勘違いしているのよ!今から店に行くわ、渡したい物が有るから」と美千代も元気に成っていた。
昼休みを測った様にDSアサヒに来た美千代「もう休憩時間でしょう?」
「はい」と答える花梨。
「食事に行きましょう?」
「私お弁当。。。。。」
「いいじゃない、今日は私がご馳走するから」と強引に引っ張って行く美千代。
適当に料理を注文をして、ハンドバッグから手紙を差し出す美千代。
「何ですか?佐伯さんの診断書ですか?」と尋ねると首を振って「花梨の処方箋かも知れないわ」と言う。
「私の病気?」と怪訝な顔の花梨。
そして手紙を読み始める花梨は、しばらくして大粒の涙が頬を伝って流れた。
二通の手紙を読み終わると、ハンカチで涙を拭いて「私は紫陽花ですか?」と尋ねた。
「そうみたいね、お母さんは貴女の性格を見抜いていたのね、私も花梨は本心を隠している様に思うわよ、もう少し自分に正直に生きた方が楽よ、飲み屋に来る人全員が同じでは無いのよ!佐伯さんは良い人よ」と話す美千代の言葉を噛みしめる様に聞く花梨。
「最初の主人が、スナックの女性に貢いで離婚に成ったので、私は飲み屋のお客様を、いつも軽蔑していました。佐伯さんもここで会った時は良い方だと思ったのですが、店で会うと極端に毛嫌いをしていました」と告白した。
「それだけ話せば、すっきりしたでしょう?佐伯さんを迎えに行って来なさいよ」と笑顔の美千代。
ハンカチで涙を拭いて「はい」と頷く花梨も、笑顔に変わっていた。
佐伯は、高千穂から急いで帰りながら、色々な事を考えていた。
自分が癌の再発で死んだら、花梨さんに総て譲ろう、母の考えは間違っていなかった。
これで、自分は安心して旅立てる。
少しの間でも、二人で過ごす事が出来たら、それで自分は充分満足だと思いながら、同じ事を何度も考えている。
博多の駅で明太子と饅頭を数個買って、これは隣の多恵子さんに、これは(梨花)のママに、これは(梨花)のみなさんに、これは花梨さんにと考えながら土産を買う佐伯。
そんな佐伯に(花梨です!いつお帰りですか?)とメールが届く。
驚きながら(花梨さんですか?庭を綺麗に掃除して下さったのは?)と送る佐伯。
(今、何処ですか?嬉しい知らせが有るのです、早く帰って下さい)
(嬉しい知らせって?何でしょう?)
(今、何処?)
(新幹線の中です、帰宅中です)
(じゃあ、新神戸駅にお迎えに行きます)
(えー、嘘でしょう?)と驚く佐伯。
(私、反省しました!お母さまに紫陽花って言われましたので)
(えー、母の手紙読まれたのですか?)
(はい、佐伯さんの手紙も読ませて頂きました)
(恥ずかしいなあ)
(ありがとうございます、高い指輪を頂きまして)と送る花梨。
(お礼なんて。。。。。。)
(16時半着のさくらで、帰ります!)
(嬉しい知らせと一緒に、改札でお待ちしています)と花梨のメールを受け取る。
それからの佐伯は、人生で一番長い時間を新幹線で過ごしていた。
完
2016.08.03
紫陽花 杉山実 @id5021
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