第28話病院

30-028

この手紙は佐伯さんの母が病院で、子供が肺癌で手術を受ける前に書いたのね、そして無事退院して病院に行った時、母親は既に衰弱していたのだわね。

もう一つの手紙は、美千代様へ

同封しました手紙は私の母が残した遺言書の様な物です。

もし、私が肺癌を再発しましたら、この手紙を読まれて、ママの判断に委ねます。

この様な手紙を委ねる事は大変心苦しいのですが、何方にもお願いする術が有りませんので、よろしくお願いいたします。

花梨さんには、今大藪社長さんとのお付き合いが有るとお聞きしましたので、迷惑に成る様でしたら、寄付も考慮に入れて頂けたら幸いです。

唯、母の思いも有りますので、この様な手紙を送ってしまいました。

僅かな期間でも楽しい思いを致しました事を、うれしく思っています。

                     佐伯 悟


これは佐伯さんが癌を再発したから、投函したのね!と美千代は理解した。

兎に角明日、病院に行って本人に確かめてみよう。

美千代は直ぐに電話で「花梨、大変だよ」と伝える。

「どうしたの?」と驚く。

「佐伯さんが、癌を再発したみたいだよ」

「えー、ほんとなの?」今度は声を大きくして、驚く花梨。

「明日、病院に行こうと思うのよ、一緒に行けない?」

「昼間は、明日は休めないのよ、ごめんなさい」美千代は喉まで、遺書の内容が出ていたが言えないので「それじゃあ、私が見て来るわね」と話すと電話を切った。


花梨は心中穏やかでは無いので、早番の仕事が終わると自転車を漕いで佐伯の自宅に向かった。

もう入院しているかも知れないが、もしもまだならお詫びが言いたい。

元気な間に会いたいと思って、急いで自宅に到着した。

「こんにちは、こんにちは」とチャイムを鳴らす花梨の声に、隣の多恵子が出て来て「佐伯さん、旅行に行かれていますよ」と言って、玄関から出て来た。

そして「貴女、DSアサヒの人だったのね」と言う。

「どうしてですか?」と首を傾げると「制服のままだから」と言って笑った。

花梨は佐伯が癌だと聞いたので、驚いて着替えもしないで走って来たのをその時初めて知って、恥ずかしそうにした。

「何処かでお見かけしたと思っていたのよ」と言う多恵子に「佐伯さん旅行ですか?何方に?」と尋ねた。

多恵子は「知らないわ、また二、三日で帰って来られるでしょう」と言うと自宅に戻って行った。

花梨は仕方なく帰って行ったが、多恵子がこの行動は二人が只ならぬ関係だと決めてしまう。

そのうえ花梨が佐伯に惚れているから、自宅に来て掃除までしたのだと思う。

あの人は佐伯さんとDSアサヒの側の喫茶店で、会うのを見た事を完全に思い出したのだ。

多恵子は、直ぐに携帯に電話をした。

「佐伯さん、判ったわよ」

「何が?でしょうか?」もうすっかり忘れている佐伯は、今夜の宿を求めて、高千穂の旅館街を歩いていた。

「庭の掃除をされた方が、先程お見えに成ったわよ」嬉しそうに話す多恵子。

「えー、また来たのですか?誰でした?親戚の人?」と尋ねる佐伯に「佐伯さんの奥さんに成る人でしょう?隠さないで下さいよ」と嬉しそうに言う。

「私の奥さん?別れた?」驚く佐伯。

「はあ!それ誰ですか?」二人の意味不明の会話。

「薬局の側の喫茶店で何度も、デートしていたでしょう?」と言われて、佐伯の声が一オクターブ上がって「DSアサヒのですか?花梨さん?」と尋ねる。

「花梨さんって云うの?小柄な可愛い感じの女性?」

「は、はい!」と急に元気に成って来る佐伯。

その電話から佐伯の気持ちは大きく変化して、今までこのまま自殺でもしようか?と考えていたのに、もう帰る事を考えている自分が可笑しい。

この場所から、今日自宅に帰るのは無理だが、明日急いで帰ろうと考え始める。

大藪との話は、その時既に考えていない。

花梨さんが、自宅に三度も来てくれて、一度は庭の掃除までしてくれた。

それは自分に対する気持ちの表れだと理解すると、嬉しくて仕方がない。

癌の再発も、大藪との関係も佐伯の頭から完全に消えてしまった。

高千穂の神様のご利益なのか?と高千穂神社にお祈りをする佐伯。

電話をするのはそれでも怖いので、中々出来ないで夜も眠れず朝を迎えた。


月曜日の朝、美千代は手紙を持って、県立病院に向かう。

この様な大事な事を任されても困ってしまうが、もっと大事な事は花梨と大藪は何も無かったと伝えなければいけないと思っていた。

受付で「こちらに、佐伯、佐伯そうそう悟だわ、入院していますか?」と尋ねる美千代。

入院患者の名簿を探す受付が「その様な名前の方の入院はございません」と答える。

それなら、携帯だと携帯にかけるが繋がらない。

「何処に行ったの?」と呟くと「自殺!」と急に大きな声で叫ぶ美千代。

驚いた受付が「自殺って?救急車の手配ですか?」と尋ねる。

「ここの、病院の肺癌の先生って、何方?」といきなり尋ねる。

「肺癌の先生は居ませんが?」

「肺癌の先生が居ないのに、肺癌の患者を診るの?」と詰め寄る美千代。

「奥様、違いますよ、肺癌の先生はいらっしゃいませんが、外科の先生なら今泉先生が担当です」と答える受付。

「何でもいいよ、その先生呼んでよ」

「ここに、先生をお呼びする事は出来ません、診察でしたら、受付の札をお持ちに成ってお待ち下さい」と言う受付に切れる美千代。

「あんた!何を考えているの!人が死ぬかも知れないのに、呼ばないの?」と詰め寄る美千代。

「そんな、ご無理を申されましても、患者さんが大勢お待ちですから、それ程悪い方でしたら、救急車をお呼びに成った宜しいかと」と話すと美千代が大声で「この受付の人、人殺しだよ!怖い!」と周りに聞こえる様に言う。

「奥様!お止め下さい」と止めるが、美千代が「人が死ぬのに助けない、病院って変だわ!」と怒鳴り声をあげる。

向こうから、ガードマンと事務長が走って来て「どうしたのですか?」「静かにして下さい」と説得に入った。

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