第25話死の恐怖

 30-025

大藪は連れ込んで何もしないで帰らせたと噂が流れても、自分の恥でまさか写真を写しただけだったからとも言えないので「弓子さんに、そこまで知られていたら、白状しますがあの日一緒にラブホテルに行きました、たまたま使ったタクシーが菅原タクシーだったのです」

「それで、菅原さんが知っていたのね」

「はい、そうです!内緒にして下さいよ」

「判ったわ、でも花梨さん酔っ払って意識無かったでしょう?出来たの?」興味津津に尋ねる。

「風呂に入ると、元気に成りましたよ」と微笑む大藪は、嘘は大きく言わなければ、立場が無いと大袈裟に楽しんだ話をして「内緒に頼むよ!近日中に良い物をあげますよ」と口止めをした。

ママが怒っている理由と秘密を知った弓子は上機嫌で帰って行った。


佐伯は鎌倉まで足を伸ばして、紫陽花で有名な長谷寺に行って、母の書いた遺書の様な物を思い出しながら散策をして、週末帰って来た。

一人で、母の思い出を探しながらの寂しい旅は、佐伯の心を一層暗くしたが、何かを得た様な気分にも成っていた。

それは、母と同じ様な気分に成ってしまった事だった。

肺癌がもし再発したら、自分には家族が居ないので、誰かに自宅とか財産を譲らなければならないと思う半分ノイローゼの様な気分に成っていた。

そんな気分で、土産を持って(梨花)に早い時間訪れた佐伯。

「課長さん、お久しぶり」と出迎えたのは弓子で、七過ぎの店は客も居なくて、佐伯には良かった。

「これ、鎌倉の土産です、皆さんでお召し上がりください」と紙袋を手渡した。

「今夜は、花梨さんは来ませんよ」と言う弓子。

「知っています、私もアルコールは飲んでいませんから、ウーロン茶を一杯飲んだら失礼します」と微笑む佐伯。

「そうなの?わざわざ土産を届けに?」と尋ねる弓子。

「はい、今帰りで荷物は預けてきました」と言う佐伯。

「お聞きし難い話ですが?花梨さんの事ですが?」

「どんな事?」

「花梨さんは公団に娘さんとお住まいだとお聞きしたのですが、子供さんは一人でしょうか?」

「言っても良いのかな?」と躊躇う弓子。

「別に悪い事をする為に聞いてはいません、勿論他言はしません」と言い切る真剣な態度。

「もう一人、お兄ちゃんが居て、働いているわ」

「何故?一緒に住んでいないのですか?」

「お兄ちゃんは、鎌田の名前だからね、前の旦那さんの名前よ、旦那さんは今はタクシーの運転手」

「完全に別れていますよね、花梨さんの財産を奪いに来る事は無いですよね」と尋ねる佐伯。

弓子は笑いながら「獲る財産なんか、有る訳がないでしょう」と笑った。

この時、弓子は佐伯がもしかして花梨と?の考えが芽生えてしまった。

「そうね、もしかしたら何か貰っているか?援助して貰っているかも知れないですね」と口走ってしまった。

「それは?男性ですか?」佐伯には、驚く話だった。

「そうですよ、佐伯さんもご存じの方ですよ」

「えー、渡辺さん?大藪さん?」と心配な佐伯。

「後者の社長ですよ、内緒の話よ、二人はもう男女の関係が有るのよ、だから社長は援助しているかも知れませんね」と話す弓子。

「。。。。。。。。」無言に成る佐伯。

「人の女に恋しても、泣くだけですからね」と佐伯に念を押す様に言う弓子。

「私は、花梨さんとどうとかこうとかは考えていませんよ、でもお付き合いされている方がいらっしゃったら、失礼ですよね」とぽつりと話すと、ウーロン茶を飲み干して「色々教えて頂いて、ありがとうございました」とお辞儀をして、帰って行った。

弓子はあれで良かったのよ、大藪さんと関係が有る女性を好きに成っても可哀想だからね!と思っていた。

梨花を出ると、佐伯は益々困ってしまう。

自分が亡成ったら、僅かだが財産を花梨に譲ろうとしていた事が出来なくなった。

その様な事を考えた事も悔いていた。


翌週役所に行って、引き出しから電池の切れた携帯を見つけて「ここに、有った」と口走る。

早速充電を始める佐伯がしばらくして、花梨のメールを見て「珍しい」と呟いて読んで、何故?今頃お礼?(お礼を言わなくて済みませんでした、今夜ママから色々聞きまして、お母さまも亡くなられたと聞きました。ご愁傷さまです)の文章に、弓子さんが土曜日話していた大藪さんの事が有るから、お礼を言ったのか?と解釈してしまった。


夕方自宅に戻ると、隣家の初老の女性にお土産を持参すると「お土産ありがとうございます。佐伯さん、先日留守の時に、小柄な女性が尋ねて来られましたよ、四十過ぎかな?」と話す。

「小柄な女性ですか?役所の人かな?」誰だろう?と考えた。

「そんな役所関係の感じの人では無かったわね」と教えられて、佐伯には心当たりが無かった。

小柄な四十過ぎで、真っ先に思い当たるのは花梨だったが、彼女が自宅の場所を知っているとは思えないので佐伯は慌てて否定する。

大藪さんと関係が有る女性が、尋ねて来る事は考えられない。

でも誰だろう?親戚の人で四十過ぎの人?と考え込む。

保険の勧誘か?何かのセールスだろう?佐伯にはそれ以外に考えられる人は無かった。

コンビニで買ってきた弁当をレンジに入れて、インスタントのカップみそ汁をお湯で解く。

母が居た時は、食事を作って待っていてくれた。

飲み会で遅くなる時以外、連絡せずに遅くまで飲んで帰ると、待っていた事も度々有ったな、と思い出しながら美味しくもない弁当を食べ始める。

一緒に買ってきたクリームパンが、食卓に無造作にコンビニの袋からはみ出している。

明日の朝の為に、買ってきたのだが、殆ど毎日同じ様な食事だ。

酒を飲んでいた時は、酒の肴を適当に食べて飲むから、色々食べていたが、今はそれもない。

僅かな時間で食事が終わると、簡単にシャワーでお風呂は終わり、洗濯機が一週間に一度だけ、音を立てて動く。

風呂場の乾燥機で乾かす、一週間がこの様な毎日で、味気ない日々の佐伯。

気力も希望も何も無い、仏壇の母の遺影に手を合わせて、眠りに就く生活が最近の行動だった。



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