第24話指輪のサイズ

30-024

「本気って、どう云う意味ですか?」驚いて尋ねる花梨。

「結婚したいと思っていたと思うわ、だから指輪を買って渡そうとしたのよ、その時告白する予定にしていたのよ」

「えー」と驚く花梨。

確かにDSアサヒで会っていた時は、感じの良い人だと思って接していたのは事実だ。

その後(梨花9で会ってからは、花梨の頭では、飲み屋で女の子を引っ掛ける変な男、圭太の同類としか思っていないので、美千代に言われて驚く。

「でも、自分が癌に成ったから、もしこのまま亡くなったら、無駄に成るから、泣く泣く私に預けたのだと思うわ」と美千代が話す。

「。。。。。。。」

「お母さんも最近亡くなったらしく、先程までここに座って、ウーロン茶を飲みながら、紫陽花の歌を聴いて泣いていたのよ」

「泣いていたの?」泣いた事に驚く花梨。

「そうよ、お母さんの遺書に紫陽花の花の事が書いて有ったらしいわ」と話した時に、客が数人入って来て話が途切れたが、今夜の花梨は終始暗い状態が続いていた。


佐伯宛に(お礼を言わなくて済みませんでした、今夜ママから色々聞きまして、お母さまも亡くなられたと聞きました。ご愁傷さまです)と深夜にメールを送った花梨。

花梨が佐伯に自分から送った初めてのメールだった。

でも返事は届かない、怒っているのか?眠っているのか判らないが、一時に成っても返らないメールに諦めて眠る花梨。

翌朝に成っても、返事は返っていない事を確認して、仕事に出かける花梨。

終日メールは来ない、怒っているのか?それとも何かまた起こったのか?

佐伯は携帯を、役所に忘れて帰っていたので、全くメールも見ていない状況。

定年で本来の仕事から遠ざかっていた佐伯は、入院で益々閑職に追いやられて、気力の無い毎日を過ごしている。

最近は物忘れも多くなり、母時子が亡くなってから益々悪化していると自分でも自覚をしていた。

酒も辞めて、楽しみは全く無くなった佐伯は、気力も失せていた。

そうだ!今は紫陽花の季節だ!一度は母の気持ちも考えながら、紫陽花の花を見に行って見ようと思い立つ佐伯。

殆ど携帯を使わないので、忘れている事すら忘れている佐伯。

肺癌の発病と、母の死、花梨に対する思いが伝わらなかった無念の気持ちが、彼を気力の無い人間に追いやってしまった。

役所に休暇届を出すと「まだ、体調悪そうですね、養生して下さい」と言われる。

定年を過ぎた男に重要な仕事は無いので、全く無害扱いだ。


花梨はメールも来ないので、手立てが無いと思う、自宅も知らない。

それでも、一度はお礼を言うべきだろう?ママに言われた言葉が脳裏に残って、DSアサヒでも佐伯が来ないか?毎日注意を払って仕事をしていた。


数日後花梨は有る事に気づいた。

それは、DSアサヒの会員証の存在で、昔佐伯に会員に成れば五%の割引に成るから、作ったら良いですよと勧めて、作った事が有ったのだ。

早速事務所で、データを調べてもらう様に頼むと帰る寸前、住所が送られて来て花梨は次回の休みに尋ねてみようと思った。


水曜日の昼間、佐伯の書いた住所に向かうと、閑静な住宅街に佐伯の家が在ったが、チャイムを鳴らしても全く人の気配が無い。

帰ろうとすると、近所の人だろうか?「佐伯さんのお宅に用事の方ですか?」と初老の女性が尋ねた。

「はい、最近お見掛けしませんので、心配に成りまして」と微笑みながら言うと「役所も今は休まれて、何処かに旅に行かれたと思いますよ、私に伝言されて行かれましたからね」と言う。

「旅行ですか?」

「お母さまがお亡くなりに成られてから、元気が無く成られましてね」

「いつ頃帰られますか?」

「一週間程、休みを貰ったと言われていましたから、週末には帰られるでしょう」

「そうですか?また寄らせて頂きます」とお辞儀をすると花梨は帰ろうと、自転車の側に行くと、初老の女性が「もしかして、息子さんの婚約者の方?」と尋ねた。

「えー!」と驚いた顔をすると「ここのお母さんが元気な時に、もうすぐ息子が再婚出来るかも知れないと、嬉しそうに話されたのを思い出しまして、間違っていたらすみません」と謝りながら、花梨を見送った。

ママが話した事は本当だったのだ。

本気で考えていたの?飲み屋さんでのお遊びでは?確かに指輪のサイズも自分にピッタリに成っていた。

いつ?測った?と帰り道に考えると、遠い昔DSアサヒの横のコーヒー店で、アイスコーヒーを飲んでいた時の事を思い出していた。

「ここに指輪をしていたのは、もう遠い昔の話ですよ」と言いながら、ストローの入れ物を丸めて薬指に着けた事が有った。

あの時、佐伯さんはその紙屑をポケットに入れていたのか?あの時から?意識していた?

確かに自分も感じ良い、母親思いの方だと、来られる日を楽しみにしていたのは事実だ。

ある日を境に、その思いは完全に消えて、飲み屋のお客さんに変わってしまって、全く意識をしなく成った。

その後も変わらず、佐伯さんは自分を求めていたのか?ネックレス、ピアス、ブレスレットと次々と貰ったのは?佐伯さんが私を確かめていた?その様な事を考えて、自分の行動が悪かったのか?と考える様に変わった。


弓子が漸く、大藪の文房具店で捕まえたのは、そんな日の夕方だった。

「大藪社長さん、漸く会えたわ、お聞きしたい事が有るのですが?」と詰め寄った。

店では都合が悪い大藪、ママの美千代に言われて、来たのだと思うので、近くの喫茶店に連れて行く。

「申し訳ない、内緒にする約束だったのに」といきなり謝り始める大藪に「あの日酔った花梨さんをホテルに連れ込んだでしょう?」と言い出したので、大藪がこれはママの依頼では無いと思ったが、状況的に変な事を喋ったと困っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る