第23話美千代の話

 30-023

昏睡状態に成ってしまった時子。

医者の話では、もう年齢的に回復は難しいだろうと言われて、その日から意識が無い状態が続く。

自宅に帰って片付けをしながら、佐伯はもうすぐ一人の生活に成ってしまうのか?

母と二人だけの長い生活を思い出していた。

その時急にポケットにしまっていた手紙に気づいて、取り出した。

母の手紙の様で、宛名が金井花梨様に成っているのに驚く佐伯。

手紙なのか、箇条書きなのか判らない書き方で、文章に成っていない乱れた文字で書かれていた。


金井花梨様へ

私、佐伯時子はもうすぐあの世とやらに招かれる様です。

そう成った時、残念ながら私にはもう身内と呼べる人が、誰一人居ないかも知れません。

それは唯一の子供悟が、亡くなった主人と同じ肺癌で、亡くなっているかも知れないからです。

悟には昔、結婚した女性が居たのですが、相性が悪かったのか?結婚生活は長続きせず離婚で、子供も無く私と二人で長い間生活をして参りました。

最近に成って、悟が貴女様を好きだと申しますので、私も陰ながら応援をして、結ばれる日を楽しみにしていましたが、その夢叶わず親子揃ってこの世を去る様です。

誠に勝手なお願いですが、僅かな蓄えと自宅を貴女様に貰って頂きたくお手紙を書きました。

悟は不器用な子供で、中々貴女様に気持ちを伝えるのが下手ですから、判らないかも知れませんが、本心は本気で好きに成ったと思います。

また、貴女様も紫陽花の様に本心を隠して、生活をされている方だと思います。

今更、愚痴の様な事を書いても致し方有りませんね。。。。。。。。

どうか私達の意思を尊重して、お受け取り下さい。

                       さようなら   時子


「何なのだ!」と佐伯は涙をこらえて、天井を見上げた。

母は、親子が同時に亡くなってしまうと、考えて毎日病院のベッドで考えていたのか?それで自分の顔を見たので、この手紙を破れと言ったのか?自分が母の寿命を短くしてしまったと、佐伯は涙に暮れてその夜を過ごした。


母時子は一週間後に老衰で永眠をした。

親戚も殆ど無く、母時子の兄弟も既に他界して、子供から孫の世代に代わっているので、家族葬も本当に質素な物で終わった。


葬儀の片付けが終わって、佐伯は見舞いのお礼に(梨花)を訪れたのは、美千代が見舞いに行ってから二か月が経過していた。

酒を飲まなくなった佐伯は、カウンターの片隅で美千代の来るのを待って、ウーロン茶を飲んでいた。

今夜は優子が早出で、一人のお客の相手をしていて「課長さん体調は?」と尋ねた。

「もう大丈夫です、仕事も復帰しましたから」と作り笑顔の佐伯。

「少し痩せられましたね」

「病院での食事と病気の影響でしょうね」と微笑む。

しばらくして美千代が「いらっしゃい、体調は如何ですか?」と佐伯を見て言った。

「もう、大丈夫です」と微笑むと、見舞いのお礼の品を差し出して会釈をしてから「ママ、聞きにくいのだけれど、例の頼んだ品は?」と小声で尋ねる。

「えっ、お礼の電話もメールもしてないの?次の日に直ぐ渡しましたよ」と驚く美千代。

普通は高級品を貰って、お礼もしなかったのか?見舞いに行かない事は聞いたけれど、失礼過ぎると思う美千代。

「お礼も言ってないのね、何を考えているのよ」と怒り出す美千代。

「お礼なんて、いいのです、彼女に渡ってさえいたら、それでいいのです」と同じ様な事を言う佐伯。

「ママ、一曲歌います」

「そう、課長さんの歌久しぶりね、何を歌いますか?」

「紫陽花の花って歌有りましたね」

「有ったと思うわ」そう言いながら探して、曲が流れるが、佐伯は歌わない。

「知らないのに?」と尋ねる美千代。

「良いのです」と言うと歌詞を読みながら、涙が頬を伝って流れている。

美千代はそれを、見てはいけないと思いながら見てしまう。

何が有ったのか判らないが、年老いた男が歌を聴きながらこんなに泣く事は見た事は無い。

歌が終わると「ママすみませんでした、紫陽花ってこの歌を聴いても良くわからないのですが?どの様な意味が有るのでしょうか?」と涙声で尋ねる佐伯に「紫陽花の花の花言葉は移り気かな?最近では家族団欒とも言うわね」と答える。

「移り気なのかな?」と呟く様に言う。

「どうしたの?」と心配顔の美千代。

「母の遺言の様な手紙に書いて有りました」

「それで、泣いていたの?」

「はい、曲は知りませんが,歌詞を見ていると泣けてきて」と側のおしぼりで目頭を押さえる。

「そうだったの、遺書?お母さん亡くなられたの?」と急に言う美千代。

続けて「それは、ご愁傷さまでした」と美千代が言う。

「九十一歳ですから、大往生です、でも最後の手紙が気になりまして」

「どの様に書かれているのか知りませんが、何か意味が有るのでしょうね」

「本心を隠してとか書いていましたね」と説明をする佐伯。

「紫陽花の花って綺麗に見えているのは、花では無いのよ、本当の花はね、小さな花が隠れて咲いているのよ」と教える美千代。

「その事ですね、多分母は気持ちを隠して。。。。。成る程、そうかも知れません」と言うと勘定を払って、帰って行った。

「早く元気に成って、また飲みに来て下さいね」と見送る美千代。


入れ替わりにやって来た花梨に「貴女、お礼もしなかったの?私が恥をかいたわ」と怒る。

「何の話?」とキヨットンとした顔の花梨に「佐伯さんによ!普通はお礼位するでしょう?」と怒る美千代に「その時、忘れたから、そのまま忘れていた」と平気な顔。

「高価な物なのに、お礼も出来ないのは本当に駄目よ」と怒る。

「十万もしないでしょう?」平然と話す花梨。

「馬鹿じゃないの?三倍はするわよ、あの大きさの石なら、私はね佐伯さんは貴女に本気だったと思うのよ、でも癌に成ったから諦めたのよ」と言う美千代。



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