第12話白髪の悟

 30-012

佐伯は自分の身の上話を何故か不思議と花梨には話せた。

自分は一人っ子で、母親時子の三十歳の時の子供で、父親はもう随分前に肺癌で亡くなったと話した。

最近は母親が、少し足腰が弱く成ったので気をつけていると話す。

花梨は殆ど自分の事は話せずに「私も離婚しているのです」とだけ話して、又何か聞きたい事が有ればメール下されば自分が判る範囲なら、教えますと言って別れた。

お互い好印象を持っていた事は確かだった。


それからしばらくして、佐伯は母親の事を考えて介護のディサービスを受ける事にして、時子も友人が出来ると行って、喜んで出掛ける様に成っていた。

それも花梨が知り合いの所を紹介したのが切っ掛けで「これで、安心して出張にも行けます、ありがとうございました」と佐伯はお礼を述べた。

勿論(梨花)の同僚恵美子の老人施設の関係先のデイサービスだ。

時子は老人ホームに入ろうか?と言ったが佐伯悟は、もう少し身体が弱ってからで良いよと話した。

もう老い先短い母親を、手元で見守りたい気持ちが有ったからだ。


そんな佐伯も、建設関係の業者と飲む機会も多く。

再び(梨花)を訪れたのは、最初に行ってから二ヶ月近くが経過していた。

今までは隣町で飲む機会が多くて、店も隣町の方が多く接待にもよく使われていた。

小柳元課長の流れで(千歳)にも数十回以上行った佐伯だった。

最近、行く機会は減少していたので、退職金を狙われる心配は無かった。

清美は、最近は製缶会社の会長一筋で贅沢をしていたので、佐伯の事が眼中に無かったのも幸いした。

小柳課長は、結局退職金を総て剥ぎ取られて、放り出されて哀れな老後に成っていた。

それは晶子が面白可笑しく、花梨に教えるから自然と(千歳)の事はよく知っていた。


「お久しぶりです」と(梨花)の扉を開いた佐伯と水道課の男、恵美子は一度しか会っていないので、記憶をたぐり寄せる。

「あっ、渡辺さんと来られた方ですね」とようやく思い出して微笑むと「今夜は水道の本田君」と紹介をした。

「これから、また時々は飲みに出られますね」と本田が微笑む。

「そうなのだよ、母が介護の処に泊まる日は飲めるよ」と笑う佐伯。

「お母様が、介護の処に?」と恵美子が聞いた様な話だと思う。

「週に二日だけですが、良い方に紹介して頂きまして、助かっています」と微笑む佐伯。

「私もここはバイトで、本職は介護の仕事なのですよ」と微笑む恵美子。

「そうですか?」と言うと「私は、少し遠くですから、この辺りの方は居ませんけれどね、先日もここの従業員の知り合いを、近くの介護施設に紹介しました」と微笑む。

まさか、それが佐伯の母親で、花梨が恵美子に尋ねていたとは、全く知らない二人。

似た様な話が有るのだと、介護の話に花が咲く。

八時前にはママの美千代がやって来て、しばらくして田中弓子も出勤してカラオケが始まった。

弓子の歌声に「お上手ですね」と絶賛する二人。

本田も佐伯も遊び慣れているので、歌も上手に歌うから、四人が交代で沢山歌って盛り上がる。

帰りにママの美千代が「みんな歌が上手ですから、是非歌いに来て下さい」と言いながら見送った。

佐伯達が帰ると、店には常連の客が二人残って「歌謡ショーだったね」と笑った。

「でも感じの良い方だったわね」と弓子が言うと、恵美子が「高齢のお母さんと二人で、大変みたいよ」と聞いた話を伝えた。

「恵美子が紹介していた人とよく似ているね」と美千代が言うと「少し前に花梨さんに聞いた話と似ていたわ」と言う。

「それだけ、高齢者が多いって事よ!恐いわ!私も近いから」と言うと「ママは元気だから大丈夫ですよ」と弓子が言う。


佐伯はその後数週間に一度、DSアサヒに行って母親の介護に必要な物を買い求めるが、行く日はいつも花梨の遅番で、休憩時間を狙って行く。

「丁度、役所の帰りがこの時間に成りまして」と無理な言い訳をして、コーヒーに誘う佐伯。

何度か会ううちに、手土産を持って来る様に成った佐伯、それは時には果物、饅頭と色々な物を持って来る様に成る。


その様な傍ら、寂しさを紛らわす為に時々(梨花)にやって来て、弓子と恵美子の二人とデュエットするのが楽しみに成って、最近では一人で訪れる事も有った。

毎回ビールを飲み、数曲を歌って帰る佐伯が「焼酎キープしょうかな?」とその日は機嫌が良かったのか?友人と居酒屋でビールを飲み過ぎて、腹が張っていたのか?そう言うので「いつも課長さんとお呼びしているので、名前知らなかったわ」と恵美子が言う。

ボトルに名前を書くのに、マジックを渡すと(白髪の悟)と書いて笑わせた。

佐伯が帰ると「自宅には一人で住んでいると、話していたわね」と恵美子が言うと、ママが「あの歳で、これから一人は寂しいだろうね、私は孫も子供も居るから、大変だけれどね」と話して「役所も、もうすぐ定年だろう、寂しいね」と言う。

「もう、定年過ぎたと聞いたわ」と弓子が話した。

「嘱託なら、尚更後数年だわね」と言う美千代。


翌日花梨が店に行くと、お客が居なくてボトルの整理を弓子と杏子が行っている。

「ママ、お客さんと同伴で九時に成るらしいわ」と花梨に教える。

二人が、横に並ぶと花梨が細く見えて、ボトルの移動に並んで通路を通れないので、三人は大笑いで帳面とボトルの場所を記入していく。

「白髪の悟って、誰?」と杏子が弓子に尋ねる。

すると花梨が「新しい人?」と尋ねると「歌の上手い役所の人よ、始めてボトルを入れてくれたのよ」と弓子が言う。

「良かったわ、私なら歌が下手だから、無理だったわ」と笑う花梨だった。

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