第11話恋心
30-011
数日後、その男は再び店にやって来て、係の人に「金井さんって方、いらっしゃいませんか?」と尋ねた。
同僚の伊達尚子は「金井さんですか?今日は早番ですから、もう上がりましたよ」と答えた。
「そうですか?」と残念そうに言うので「何か伝えましょうか?」と尚子が聞くと「私、佐伯と言いますが、先日教えて頂いて、助かりましたのでお礼に来ただけです、また来ます」と会釈をして帰って行った。
佐伯は今年春に定年で役所を嘱託に変わって、今役所が終わったので直接店にお礼を言いに来たのだ。
時計は六時過ぎに成っていて、花梨は五時半には店DSアサヒを終わって自宅に向かっていた。
今夜は(梨花)に行く日で、明日は休みで気分的にも一週間で一番楽な曜日だ。
佐伯は数年前に妻と離婚して、今は年老いた母と二人で暮らしている。
子供は別れた妻との間にも居ないので、寂しい老後に入ろうとしている。
春の定年の時には、建設課の課長補佐で終わっているので、それ程の出世でもなかった。
仕事柄、昔から飲みに行く事は結構多くお酒も強い方だ。
木曜日に花梨に尚子が「火曜日に、佐伯って白髪のお父さんの様な人が、お礼に来ていたわよ」と伝えた。
花梨は直ぐに想い出さないで「何のお礼?」と尋ねる。
「言わなかったわ!と尚子が言うと「白髪のお父さんの様な人ね」と考えながら仕事を始めた。
昼過ぎに成って、花梨は店内アナウンスの声で呼ばれて行くと、その白髪の佐伯が笑顔で待っていて会釈をして「金井さん、先日はありがとうございました、月曜日に医者に行きまして、お見立て通り逆流性食道炎でした」と持って来た菓子の包みを差し出した。
「そんなに気を使って頂かなくても」と恐縮の花梨に「実は、前からよく夜胸焼けで眠れなくて困っていたのですよ、金井さんのアドバイスで原因が判ったので助かりました」と微笑んでお礼を言って帰って行った。
尚子に話すと「あの佐伯さんって役所の人ね」と話すと「何故?」と尋ねる。
「あの服は役所の建設の人よ」
「そうなの?もっと歳が上かと思ったわ、まだ現役なのね」と勝手な理解をした。
「白髪だったからね」尚子が納得した様に言った。
「丁寧な人ね、昼休みに抜けて来たのよ」そう言われて好感を持った花梨。
休み時間に、二人で貰った饅頭の包みを開けて食べ始めて「美味しいわね」と微笑む。
「本当だわ、高いかも?」と話合っていた。
花梨の心に、佐伯と云う名前と良い人と思う気持ちはこの時に根付いていた。
その後花梨も忘れ始めた時、建設会社の渡辺が、白髪の男ともう一人若者を連れて(梨花)にやって来た。
「珍しわね、社長がお客さんを連れて来られるとは」と恵美子が笑う。
「たまには私も連れて来ますよ」と笑う渡辺。
「あら、社長さんは花梨ちゃん目当てでしょう?」七時過ぎの(梨花)は恵美子一人が早く出て来て、他のママとはチーママは七時半過ぎにやって来るのだ。
「会合が合ってね、こちらは役所の佐伯課長と久保君」と紹介をした。
白髪の課長と呼ばれた男性は「渡辺さん、違いますよ、もう課長ではありませんよ」と笑って恵美子からおしぼりを受け取る。
上品な紳士に見える佐伯が「一杯だけですよ、今夜はお袋さんをお風呂に入れてやらないといけないので、直ぐに帰りますよ」と言う。
「久保君は、付き合っても良いでしょう」と渡辺が勧めて、ビールで乾杯が始まる。
「課長はお酒強いのですよ」と飲み干したグラスに直ぐに注ぐ渡辺。
しばらくすると、今日の会合の話を始めた三人、二人の客が入って来たのが原因で、恵美子が応対に行ったからだ。
しばらくすると、優子がやって来て、三人に挨拶をして「私は、そろそろ失礼しなくては、母が待っていますので」と佐伯が席を立って出て行った。
佐伯が帰るのと、入れ替わりに花梨が息を切らせて入って来て「いらっしゃいませ」と挨拶をした。
「珍しいわね、渡辺さん今夜は二人?」と前に来て言う花梨。
「残念だったな、三人だ」と微笑む渡辺に「トイレに?」と指を指すと「もう帰ったよ、愛する女性とお風呂に入ると言ってね」と笑う。
「まあ、いやらしいわね」と花梨が言うと、久保が「違いますよ、高齢のお母さんをお風呂に入れる為に帰られました」と話す。
「何だ!感心な方なのね、渡辺さんの様に若い女性とお風呂かと思ったわ」と笑う花梨。
その後は酔った勢いも有って上機嫌で話をする渡辺、今夜はライバルが来ないのだと思うと、この久保が邪魔な存在だったが中々帰らないのだ。
数日後、佐伯は役所の帰りにDSアサヒに、母親のおむつを買いにやって来た。
もう時間は六時半を過ぎているので、金井さんは居ないだろう?と思いながら色々と捜すが、中々母に合うのがどれなのか判らない。
一度も買った事が無く、先日夜トイレに行こうとして、転びそうに成ったのとお漏らしをしてしまったのが気に成っていたのだ。
「あっ、何かお探しですか?」と佐伯を見つけて声をかけた花梨に振り返ると「金井さん、いらっしゃったのですか?」と笑顔に成った佐伯。
「はい、今夜は遅番なので、閉店まで居ます」と花梨は微笑んで答える。
佐伯も「そうでしたか?実は母のおむつを捜しているのですが?始めてなのでよく判らなくて」と微笑む。
花梨は母親の状況を聞いて、おむつを選ぶと「すみません、助かりました」とお礼を言うと花梨が車まで運んでくれた。
「良いのですか?」と礼を言うと「半時間休憩が有るので」と花梨が微笑むので「そこで、コーヒーでも飲みませんか?」と誘う佐伯。
悪い印象を持っていない花梨は、隣に在る小さなコーヒー店に入った。
佐伯は度々お世話に成った礼を言って、花梨は家族の者が誰も居ない事を佐伯から告げられて「大変ですね」と言う事しか言葉が無かった。
高齢の年寄りの介護は大変な事は(梨花)の同僚に聞いて知っていた。
恵美子の本職は介護の老人ホームだったからだ。
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