第9話スナックの仕事

 30-09

こうして花梨は働き出す事に成った。

週三日(梨花)で夜の仕事、母の久美子が昼間から夕方まで里奈の世話をして、夜の仕事の時は夜迄ワンルームに泊まってくれる。

兄嫁登美には母親が居ない方が嬉しいので大賛成で、久美子に小遣いまで持たせて里奈におやつでも買ってあげてと言うのだ。


しばらくして、花梨は意を決して、宏隆の事を鎌田の家に電話をすると「そんな事知らないわ」とまるで自分が話した事を忘れた様に言い出した。

興奮した花梨は鎌田の家に乗り込んで直談判をしたが、離婚の時に宏隆は渡さないと決めたでしょう?と言われて引き下がる事に成ったが、流石に気が引けたのか「会いたい時に会っても良い」と智己は少し折れて決着をした。

その後は、何度となく宏隆と花梨は会う事に成ったが、甘やかされて育った宏隆は勉強も出来ずに、高校を卒業と同時に就職をしたのだった。

そして、仕事を始めると一人で生活を始めて、鎌田の家と花梨に気を使いながら生活をする気の弱い大人に成った。


色々な事がこの十年間有った。

数年前から地元のホームセンターでの準社員の仕事と、スナック(梨花)の仕事で生活が安定してきた。

病気だった里奈も、今では高校生に成って元気な生活を送っている。

公団住宅に入ってからは広々とした室内に満足をして、母久美子が泊まっても狭さを感じなく成っていた。

時々宏隆も自宅に来て、親子三人で水入らずの食事をする事も有って和やかな生活に成っていた。

嫌いだったスナックの仕事も慣れて、心の底では馬鹿にしている客とも適当に話を合わせて、不味いと思いながらも酒を飲んでいた。

客の中には言い寄る男も沢山いたが、全く相手にしないので殆どの男性が諦めてしまう。

花梨は今でも、スナックに来る人は総て軽蔑の眼差しで見ているのだ。


最近では隣町から週に三度、花梨の出勤日を狙って、ケーキ、饅頭、寿司と毎夜の様に持参する文具店社長、大藪俊樹六十四歳。

近所の建設会社の社長渡辺悠介五十八歳が、花梨を目当てにやって来る。

明らかに二人は、身体を目的だと判るので、美千代は花梨に忠告するが「ママ、大丈夫よ!私絶対に無いわ、お客さんとは有り得ない」と断言した。

この十年間に、ホームセンターで働く前に居た会社の上司と関係に成りそうに成ったが、奥さんの存在に諦めて会社を辞めて別れていた。


圭太はタクシーの運転手の仕事が合っていたのか、あれから転職もしないで続いていた。

水揚げの五割を貰って、僅かな固定給との合計に成るので、地元ではこれ程の水揚げには成らないが、圭太の勤めている会社は大都市ではないが、中規模の町なので水揚げも多少は多かったから何とか生活に成っていた。

既に子供も独立して家族は両親だけだが、すれ違いが多く殆ど合わない。


宏隆は花梨の家に近い場所に住んでいるので、鎌田の祖父母は「お爺さん、私達も公団に住みましょう、花梨さんの公団綺麗で、広いって宏隆が話していましたよ」

「俺達も申し込めば住めるな」

「圭太と住んでいても、一緒に住んで居る気がしませんからね、それと宏隆にも里奈にも会えますよ」

「そうか、孫に会えるなら、変わろう」と早速申し込む二人。


数ヶ月後、公団に引っ越してくる鎌田の祖父母。

「お母さん、お爺さんとお婆さんが、ここに来たそうだわよ」と日曜日に里奈が言う。

「お爺さんって、もう随分前に亡くなったわよ」と意味不明の答えをする花梨。

「違うわ、お兄ちゃんが、鎌田のお爺さんとお婆さんが、ここの公団に引っ越して来たって教えてくれたわ」と里奈に言われた時。

「えーー」大声で驚く花梨。

「何故?ここに来るのよ」と怒る花梨。


冬の寒空を、急いで自転車を漕いで自宅に帰って行く金井花梨。

今夜も美味くも無い酒を飲みすぎたと思いながら、急いで帰って行く。

小さな田舎町は、JRの駅前の近くだけに、夜の繁華街が数十軒存在して、その場所を少し過ぎると、真っ暗で街灯が点々と存在する程度で不気味な暗さだ。

公団の入り口に差し掛かった時、老婆が駐輪場の前で待っていた。

もう時間は真夜中の十二時半「花梨さん!」と後ろから声をかけられて「ドキリ」とする花梨。

振り返ると、そこには鎌田智己がコートの襟を立てて立って居た。

智己を確かめて「お母さん、驚かさないで下さいよ」と振り返って言うと「遅い時間にすまないね、お爺さんが熱を出してね、水枕を貸して貰おうと思ってね、ここに来てまだ僅かだから知り合いが居ないのよ」と困った顔をした。

「今時、水枕なんか有りません、頭に貼る物なら有りますけれど、自宅に行けば娘が居るでしょう?」

「部屋番号忘れてしまって、今夜は働いている日だと思ったので、待っていたのよ」花梨は仕方無く、熱を取る物を持って家から出て差し出した。

だが、これが始まりに成るとは考えもしていなかった花梨。

その後度々花梨の自宅に色々な物を借りに来る始まりだった。


いつの間にか宏隆は、とび職の見習いの仕事をしているので、稼ぎは多い。

花梨に小遣いを持参して、里奈にも来る度に何か土産を持って来る様に成って、親子三人の関係は親密で微笑ましい物に成っていた。

仕事の関係でお酒を飲むのかと思っていたが、全く飲まないので驚いて尋ねる花梨に「親父がお母さんを泣かせたのを見ていたから、飲めないよ」と笑った。

花梨は子供心に、その様に見ていたのかと感心して、今では三人の時が一番幸せを感じる時間に成っていた。

今の心配の種は近所に引っ越して来た鎌田の祖父母が、今後どの様に自分に関わってくるのか?それが不安だった。

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