マカロニスープ

見上げた空は高くて

だんだん手が冷たいの

君の温度はどれくらい?

手をつないで歩くの。

名前を呼び会う時に

少しだけ照れるくらい

そんな空気もいいよね。

やわらかいよね。


これくらいの感じでいつまでもいたいよね。

どれくらいの時間を寄り添って過ごせるの?

これくらいの感じで多分ちょうどいいよね。

わからない事だらけ、

でも安心できるの。



「すいません!カッパ二本とトマトください。」

「あいよー、トマト味付けは?」

「何が良い?」

「じゃあー塩で。」

「あいよー!」

「鈴木君て誰にでも優しいの?」

「誰にでもってなんか聞こえ悪いな。」

「ごめん悪い意味じゃなかったんだけど、」「優しいんじゃなくて臆病なだけだよ。」

「臆病?」

「そう。みんなに嫌われたくないの。この店の胡瓜みたいに、人気者でいたいだけ。」



昔からよく男の人に勘違いされる。

私はそんなつもりないのに、相手は私が気があると思うらしい。

彼氏がいても高校時代からやたらと告白されてきた。

カフェで働いている時も、オーナーの妻という立場にいながら、お客さんがプレゼントを持ってきたり、ご飯に誘われたりすることが何度もあった。

その時はだいたい鈴木君が出てきて、困っている私の間に入り笑顔で丁重にお断りしてくれた。

彼はあまり怒らない。

店のバイトの子らは、男の子も女の子もそんな彼を慕っていたと思う。


ただ一度だけバイトの男の子に激怒した事がある。それは店の忘年会でそのバイトの子が酔った勢いで私に絡んで告白してきた時。

最初は離れたところでその子をなだめていたように見えたが、

突然普段ださない大きな声で


「おまえさー、今自分が何を言ってるのかわかってるの?!」


「はぁ?だから鈴木さんは佐藤さんのなんなんすか?」


「あっー?!」


「わかってますって、どうせ鈴木さんも佐藤さんと………したいだけでしょ!」


そして彼は黙って彼を投げ飛ばした。


テーブルにのっていた料理が飛び散り、

大分前に冷めていた、マカロニの入ったミネストローネが床に散乱した。


当然忘年会は中止。

みんなで黙って掃除とかたづけが始まり、投げ飛ばされた彼はその場から消え、二度と店にはあらわれなかった。


でも誰も鈴木君を責めなかった。その子が私にとんでもなく失礼な事を言ったのも、普段怒らない彼が怒ったのも納得しているからだ。


そんな鈴木君を私は好きになってしまった。



いつもは怒らず、柔らかい感じの彼。

でも芯はあってそれは絶対に曲げない。

何種類もの具材が沢山入った温かいミネストローネ。マカロニは柔らかく全部の味を吸収して存在感をしめす。

みんなの善いところも悪いところも自分が引き受けて、旨味にかえる。

彼はそういう存在かもしれない。 

私は…


「佐藤さんはトマトかな?」

「えっ?」

急に私の妄想に入り込んでびっくりした。「真っ赤に育ってリコピン満点!みんなの栄養素ってところかな?」

「とか言いながら今ちょっと胸見てたでしょ。」

「みっ見てないよー!?」

「うそ。冗談だって。あと佐藤さんじゃなくて、キミちゃんとかでいいよ。なんか堅苦しいし、鈴木君は?なんかあだ名とかなかったっけ?」

「じゃあーお馴染みのスーさんでお願いします。」

「スーさん!釣りバカ日記みたいだね。」「いや釣りバカ日誌だし。」

とスーさんからじゃなくて、隣のおじさんから突っ込みが入り、まわりを巻き込んで大爆笑がおきた。


〆のお茶漬けを食べ終わったのは23時45分をまわっていた。

「キミちゃん終電大丈夫?」

酔いもまわってるせいか、なんの躊躇もなくキミちゃんと呼んでくれるスーさん。


「終電は大丈夫だけど、私が大丈夫じゃない!」


私も箍がはずれて大胆な発言をする。


「えー飲み過ぎた?気持ち悪い?」

「違うよ!そんなに優しくされたら私の気持ちが大丈夫じゃないよ。」


私は昔から優しいスーさんが好きだ。


「えっ?やっぱり酔ってる?そういう事いうから誤解されるんだよ。」

「酔ってないし、誤解じゃない!」


あの頃は私も結婚していたし、スーさんも婚約者がいた。でも今は違う。

とにかくもう少し一緒にいてほしい。


「明日仕事は?」

「休み。スーさんは?」

「夜勤だよ。夜23時から」

「じゃぁ問題ないね!」

「わかった。家に来る?後悔しない?」

「後悔させないでよ。」

「はい。」

「少し外の空気すいたいな!」

「じゃあ歩いてかえろうか。」


自然と手をさしのべて彼の手を握った。

雨はすっかり止んでいた。

彼の体温を感じながら、火照った顔にあたる夜風が気持ち良かった。

恐らく今日の最終電車の、

車窓から漏れる灯りが暗闇を切って

できた光の線が

私の進むべき道を

照らしているような気がした。

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