安積君
あなたはいつも言わない。
「今何してる?」とか
「会いたい」とか
私を想っている言葉。
空気みたいな存在に
私はなりたくなかったの。
あなたの過ごす一日に
私はどれだけあるのかな?
「愛されるよりも愛したい」なんて
誰かが語る愛よりも
私はあなたに愛されたい。
私を充たす言葉が欲しいだけ。
「ルーラ」の曲はシンプルで、直球のところが好きだ。
私はもどかしく、まどろっこしいのは苦手。誰にでもわかるそういうのが良い。
私生活でも、思わせ振りな態度や遠回しな言い方をされてもわからない。
まーつまり鈍いのだと思う。
天然とか言われるけれど
前向きに捉えれば「鈍感力」が強いということだ。…多分。
新譜の曲を公開前に聞けるのは私がradioのDJだから。
っというわけでもない。音楽のイベントで一緒に仕事した時に渡辺君とはラインを交換した。まぁ友達の一人だ。
「いいねー好きだよ私は。」
イヤフォン外してから、チョコソースのかかったアイスのカフェモカに口をつけた。
「良かった。人の評価ってやっぱり気になるじゃないですか。一番嫌なのって独り善がりになってしまう事だから。」
そう言いながら何も入れてないアイスコーヒーを一口飲んで渋い顔をする。
そんな顔するならシロップいれろよ、なんて思いながら
「まぁ強いて言えば…。」
「遠慮なく言ってください。」
「私はKinKi Kidsのファンだからなー、愛されるよりも愛したいは馬鹿にされたくなかったかな(笑)」
「ばっ馬鹿にしてないですよ!俺もKinKi Kids好きだし!」
ガッシャーン!!
焦って言い返した際にテーブルの水の入ったグラスに手が触れて床で粉々にくだけ散った。
「なにやってんの!」
「すっすいません…。」
慌てて駆け寄る店員さんが笑顔で片付けながら、
「大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」
なんて聞いてくれる。
「ありがとう。本当にすいません。」
「大丈夫ですよ。」
と言いながら素早く片付けて持ち場に戻っていった。
「なんかすいません。」
「いや私も悪かったわ。」
冗談にいちいちムキになるところがかわいらしい。
年下の男前。
もてるんだろうなー。
でも年下には興味ない。
結婚した夫も歳上だ。
彼は芸大時代の講師だった。
映画が好きで、いつも好きな監督の話とか、
好きなシーンの事を自分の事の様に話していた。
楽しそうに語る彼が好きだった。
そう…。
好きだったのだ…。
彼に最近満たされない。
そして彼もきっと私に満たされていない。
結婚してから笑顔が消えたのか、
笑顔じゃない彼を知らなすぎたのか、
一緒に生活することで、
見えなかった彼の一面を
受け入れられずにいる。
恋はまやかし。
相手に気に入られようと自分の良いところばかりアピールして、お互いに本心を隠し続ける。
自分の…そして相手の闇(病み)と直面した時に、繊細な感情は急激にひび割れていく。
テーブルから落ちたグラスのように、
一瞬で砕け散るのだ。
割れたグラスはもう二度と元には戻らない。
砕けた破片を拾い集めて
強力な接着剤で繋ぎ合わせても
もう二度と前を見透す透明感は戻らないのだ。
「あずみは一方通行だ。」
なんて尊樹(たかき)はいうけれど、
愛なんて相手が自分を受け入れなければ、永久に一方通行じゃないか。
本当の自分をわかってくれる人なんて、いるわけがない。
相手を思えばこそ、気を使い自分は良い人でいたいと思うのだから。
幼なじみの彼には私は唯一素の自分をだせる。彼くらい私をわかってくれている人はいないと思う。
彼の名字が安積じゃなければ、
私は彼を選ぶだろうに。
学生時代に良くからかわれたものだ。
結婚したら「安積あずみ」
もし彼が婿養子になったとしたら
「高木尊樹」冗談みたいな話。
悲しい運命だ。
「あずみさん聞いてます?」
「あっごめんボッとしてた。」
完全に妄想世界にトリップしていた。
「Adeleの話ですよ…。」
「あーそうそう。sky fall ね。これたしか、007 sky fall の為にAdele が書き下ろしたやつみたいでさぁ、私この前飲んでたbarで流れていて思わず映画見たくなったわ。」
「へぇーそうなんだ。それは知らなかったなー。俺もこの曲書く直前にradioでたまたま流れていて…。」
「あー他局の番組でしょう?」
「違いますよ。ユキラインハートのAORですよ。同じFmでしょ!」
「それなら許す!」
「いや俺悪い事してないし!」
店を出て渡辺君に手を振る。
降り始めた雨をパーカーのフードで遮り
大きな歩幅で遠のきながら、振り向いてニコニコしながら会釈をしてそのまま駅へと向かって行った。
小雨の内に家に帰ろうと、自転車にまたがりゆっくりとペダルをこぎはじめると、湿気を含んだ暖かい風が頬を抜けていった。
雨とはいえ日が伸びて夕方はまだ明るい。
曇空も暗幕を下ろしかけていた。
薄暗くなってきた道を新幹線のパンタグラフの青い光が通り抜けていく。
まだ闇に染まりきっていない、灰色の曇と白い空の間にか細く伸びる月明かりの線が舞台上のライトのように見えて幻想的に感じた。
なんだか急に彼の声が聞きたくなって、自転車をおりて電話をかけた。
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