第15話 支える人
如月と宮前とで情報交換をし、今後の対策を話し合った後、父親の公介は帰って行き、入れ替わりに圭介が戻って来た。公介の発案もあって、圭介が少しの間手伝いという名目で残ることになっている。
「修介、聡子さんのお帰りだよ」
「すごいね、さすが双子だ、そっくりだよ、ハル兄」
そう言いながら聡子が入ってきた。
「一発で見破られたよ」
圭介がむくれていた。
「似ていないから無理だよ」
和也が改めて二人をみると、服装以外は見分けがつかない。大人になるとある程度は変わって来るとは言うが、全くそんなことは感じさせない。そっくりである。
「俺はわからないな」
和也はそう言った。
「ねぇ、何があったの。和也、夕御飯食べて帰るの」
和也がいて、圭介がいることに違和感を感じながらも聡子はいつもと同じように聞く。
「帰る。おばさんに頼まれて荷物を持ってきただけだから。じゃぁハル兄、よろしく。こっちは予定通り動くから」
「おう、わかった。サンキュ、また電話する」
「詳しいことはハル兄から聞け、聡子」
「はぁ、何の話」
「俺には衝撃的すぎ。おばさん、県北に引っ越すって話」
「何だ、やっとじゃん」
「知っていたのか」
「本当だったら1年前の話だよ。後任のナースが見つからなくて一時期保留になって、その頃、私が退職しちゃったりしたから期間限定で残ったのよ。もう問題はなかったと思うけど、本人足を骨折しちゃうし」
「いや、そうじゃなくて。再婚すると聞いたぞ。お前は賛成なのか」
「やっと自分の幸せを考えるようになったんだよ。娘として両手上げて喜ぶけどね。相手はあの星野先生だし」
「どんな人か知っているのか」
「何度か会ったよ。私は母さんが好きになった人なんだなぁ、納得できる人だなぁと思った。何より、母さんが幸せそうなんだよね。それに無理に父と呼ばなくたって良いってそう言ってくれた」
「え、そこまで話が進んでいるのか」
「直也伯父さんも倫人さんも会っているはずだよ」
これには和也が驚いていた。
「再婚まで話が進んだのならもっと喜ぶべき話だよ。この間の法事の時、倫人おじさんが母さんのことを叱っていた。誰にも何も言わせないからって、そう言っていたから、やっと決心したのかもね」
「待って待って、未だに文句言うやつがいるのか」
「古い土地だからね。自分が望んだ相手と結婚させたいという親戚連中はいるもんだ。まぁ、登紀子さんの事だ。ノラクラかわしているんだろうけどね」
遥人がそう言った。そういう意味で静子も苦労したのだ。だから静子は如月の地を離れたし、逆に登紀子は持ち前の強さで乗り切っているだろうことは想像できる。
「まぁ、親戚連中にチャンスはあったけどそれは悉く私が潰しちゃったし」
「お前が潰したって…親父は何も言わなかったぞ。第一、再婚話があったなとかも親父は言わなかった」
「言えるわけないじゃん。本家に逆らったらどうなるか、わかっているでしょ。だから立場の弱い私達のところに言いに来るのよ。まぁ、そこであれこれかわしちゃうのがあの母さんだから向こうは余計に腹が立つわね。だから、後添いにって話や、私へのお見合い話にあれこれ言っちゃってくれてさ。それがひょんなことから倫人おじさんにバレてちょっと大変だった」
和也に思い当たることが幾つかある。ここ最近、今まで頻繁に本家に顔を出していた親戚がぱったり来なくなったり、急に引っ越して遠方に行ってしまったりということがあった。
「和也、帰るなら帰らないと、ラッシュに巻き込まれちゃうよ」
「ああ、本当だ、帰るよ、俺」
「ありがとうね」
遥人は和也を見送ると言って一緒に出て行ったので、聡子は食料品を台所に持ち込む。この食料品は週に2回、配送手配しているものだ。
「圭介さんも夕飯食べるよね」
そう言いながら材料を調理台に並べる。
「修介、ここで食べているのか」
「の時もあるし、部屋で食べることもある。ウチはシフトで時間が違うから、俺と遥人と聡子ちゃんの三人でオカズ持ち寄りご飯が多い。聡子ちゃんは意外と和食が得意でさ」
「雪子さんは私より和食上手だし」
「義姉さんここに来るの」
「こっちに来ると毎回顔を出しているぞ。雪子は聡子ちゃんのことを妹みたいに思っているのかなぁ。可愛くてたまらないと言っていたよ」
そう答える修介の顔は嫁にデレデレの夫の顔だ。
「光栄です。圭介さんはアレルギーとか、苦手なものはある」
「ないない」
「じゃぁ、うん、大丈夫」
聡子は食事の支度をはじめ、修介は当たり前のように手伝い始めた。
4人で食事をして、楽しい時間だったと言いたいところだが、食後のコーヒーを出したところで聡子がすっと圭介に目を向けた。
「それで、圭介さんは何を調べているの」
圭介の顔が聡子に止まった。
「聡子、あのな…」
「お父様が探偵をしていて、修介さんには双子の弟さんがいることは知っているの」
「え」
これには遥人が驚いていた。
「先代の住職から聞いたの。私ね、あの事件の後如月の土地は離れたけれど、墓参りとかは欠かさないで通っていたの。あんなことになっちゃって、苦渋の決断。だから、如月のことは住職が教えてくれていたんだよ。そうそう、如月の墓をお参りする人が増えたってことに住職が不審がってね。聞けば、ハル兄の大学の同級生で、一緒に会社をやっています、って名乗ってくれたって。なのに、何で父親までって思ったら、実は内定取り消しのことで息子が不審がったので私が息子と一緒に調査しました、手を貸しましたって、名刺を差し出したんだって。先代住職は事情を知っているから物凄く警戒したんだけど、このことでハル兄にどうこうする気はないと明言してくれて、私たち親子やハル兄にもしも何かあって、自分たちに力になれることがあったら連絡してくれって、言ったんだって」
ずっと黙っていたことを暴かれて、修介は黙った。如月家の菩提寺の住職には、
良くしてもらった。だからこその申し出だった。
「それ、いつの話だ」
「私が中学位の時。あれから、毎年8月になると必ずどちらかがお参りに来るって。今も欠かさず」
「……修介」
「内緒の話をばらすの、聡子ちゃん」
ため息混じりに、言って欲しくなかったと言う気持ちがまるわかりの様子で修介がそう言った。知られたくないからずっと秘めていたあの事件のことを無理やり暴いたからこそ、遥人には知らない、と通すことで自分の罪を償う意味があったのだ。
「ん、ばらす。先代も、今の住職も、ハル兄がうらやましくて仕方ないって。こんなに大事に思ってくれている人がいて、その人がハル兄の傍にいてくれて嬉しかったって。私もそう思う」
修介が照れたように視線を泳がせた。
「その住職から連絡があってね。あの男がお墓に現れたって。私達がどこにいるか聞いて来たって。暫くして、母さんのアパートに待ち伏せしていたあの男が現れた。…真っ先に私や母さんに知らせなきゃ、と思ったんだけど、出来れば遥人を支えてくれている修介さんにも知らせて欲しいって。その連絡の後、圭介さんがここにいるのなら、普通変だと思うでしょ」
「概ね正解だな」
「住職の話だと、出所後父親の遺産を分与してもらって二度と関わるなと言い渡されたそうよ。話しぶりからも更生したとは言えないって。だから、探偵雇って調べ始めたんじゃないかと…」
遥人はため息をついた。修介と公介の話がつながった。
「一つ訂正だ。あの男が依頼したのは宮前の親父さんではない、他の探偵に依頼している。その調査対象が広いから仕事を受けた探偵さんを親父さんが手伝っているだけで、今の段階では親父さんは登紀子さんや聡子の居場所を教えているわけじゃない」
「わかった」
遥人と修介と圭介が正確な情報を聡子と共有した。
「奴の目的が分かれば良いのにな」
「謝罪」
「まさか。嫁にしたいんだって」
聡子が即答した。
「は」
「聡子ちゃん」
修介も圭介も遥人も固まった。聡子が即答できるほどの材料を持っているとは思わなかったが。
「瀬川の本部に何度も『婚約者』なのだと言って押しかけてきたり、電話かけてきたり。要するにね、あいつの頭の中では私は婚約者で、相思相愛で、近々結婚する、そういうことになっているみたい。直近にあいつと接触した住職もそう言っていたって。連絡先を知りたがったけれど、教えなかったとも言っていた。で、速攻母さんと私のところに連絡してくれたのよ」
「なるほど」
納得できた。
「ある意味、幸せな人なのかもね」
「幸せ、か」
「自分がおかしい、ねじれていると言うことに全く気が付いていないのって、幸せなんじゃないかな。人の気持ちなんて考えないもん。普通の人は、相手のことを考えるからいろいろ苦しくなるんだと思う」
確かに、と同意した。
「まずは、遥人は今日からスタジオ泊まるの禁止。何かあった時、助けに入れないから」
修介がそう言った。
「ああ、わかった」
「聡子ちゃんは絶対に一人にならないように。危ないのは買い物とか、トイレとか、だよな」
「仕事は」
「内勤にする。丁度アタマを貸して欲しい案件が山とあるからな」
「はーい」
今後の対策を話し合った。
それからしばらくは穏やかな日々が流れていた。
内勤になったことで、聡子は企画に力を入れ始めた。無論、それまでの人脈や経験が存分に生かされ、修介は目を見張ることになった。
今現在、キャラメルボックスと言う会社は、各分野の作家たちが作った作品を契約している店舗に販売し委託販売を行うことで利益が上がっているが、実はもっと大口の取引先を見つけたいと思っているのが修介の本音だった。例えば、専用の売り場面積を構えたいというのが希望の一つだ。
だが、店舗を構えて人員を配置する投資費用や固定費は負担が大きすぎる。
「だから、インテリアショップとか家具屋で扱ってもらえれば」
それが修介の密かな目標である。
だが聡子は違う。その時々、季節によって変わる商品を扱う以上、来客数の少ない店舗で扱うのはリスクが大きすぎるという考えだ。会社自体の知名度は上がって来ているのだから販路を広げることには賛成だが、販路を選ぶべきだと言って修介を黙らせた。その為の情報収集は進んでいるという。データ会社から引き出したデータも混ざっていたが。
「どうやってこのデータを集めたんだ?」
「だから、データ会社のアルバイトやっていたって言ったでしょう?」
倉庫から新商品を確認して戻ってきた修介と聡子が、その商品の売り出しに向けての計画を話しあいながら事務所に戻ってきた。
「キサ!」
「はい!」
聡子が反射的に返事をして顔を挙げた。事務所内がしんと静まり、事務所の横の来客スペースで面会を待っていたらしいスーツ姿の営業マン二人が立ち上がっていた。二人とも、驚いていていた。
「わ、九条さん!熱田バイヤーまで!」
「え」
今まさに宮前を呼ぼうとしていた吉住が驚いていた。
「いや、正式に面会要請をしてだな…」
「瀬川から面会要請があってな。とりあえず、話を聞くだけと言う条件で会う約束をした」
修介がそう補足説明した。
「いや、本当にここにいたんだな。元気そうで何より」
「でも、ストーカー事件は解決していないんで、居場所は内緒ですよ」
「ああ、もちろんだ」
「では、奥の応接室へどうぞ」
苦笑しながら修介は奥の応接室に案内した。
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