第2話 二人の転校生

 北に王城を据えた六角形の堅牢な高い城壁に取り囲まれている城下街ロストエルス。

 この街の中心地には法王の座する大聖堂が二本の塔を両脇に抱え聳え、道はそこから東西南北に向かい枝葉を伸ばして幾つもの区画に別れ、まるで一片の雪の結晶の様に秩序正しく構成されていた。

 区画ごとの貧富の差はそれほど顕著なものではなかったし、スラム街に該当する区画もあったがそんな場所でも社会的な最低限の福利厚生は行き渡り、犯罪検挙率も九十パーセントを誇り、所謂犯罪の温床とまでは至らず、金に腐敗した政治家ではなく国民から敬意を払われる王族が統治したこの国の社会主義は成功を奏していた。

 そんな街の西側に大きく整備された王立魔法学園も例外なく国民の収める税により無償で誰もが入学を認められていた。

 晩夏を終え、秋めいた装いも腕を伸ばす季節に長期休暇を終えた王立魔法学園の生徒達は新学期を迎え、魔法科、魔導科ともに九年間ある中で十五才となったエリーとメグ、カインは最後の季節を迎えようとしていた。

 赤いブレザーに赤いチェックのスカートをヒラリと風に揺らしエリーはメグと共に朝の挨拶を級友と元気に交わすと黒いブレザーに藍色のネクタイを締めたカインと別々の校舎へと別れて行く。

 始業のベルが鳴るまで十分程あるところ、校庭や体育館を使う運動部は朝練の撤収を始め、それを合図かの様に流行りとなっているサーフボード型の神械『チェイサー』で敷地内を縦横無尽に行き交う生徒達も校舎内へと足を向けて、中には校舎内でのチェイサーの使用を咎められる生徒もちらほらと見受けられたがベルが鳴ると皆一様に規律を守り自分達のクラスへと向かって行った。

 凡そ二十人編成で全七クラスある中でもエリーとメグは同じクラスに席を置いていた。優劣のないクラス分けではあったがどのクラスにも出来の良い生徒、悪い生徒はいるもので、自由に席を取れる環境に於いて生真面目に最前列に席を取る努力型、反対に後部で怠惰に居眠りにふける 悪童型とクラス内での住み分けがされているので一瞥するだけで各々の人間性が見える様な席順になっていた。ただ例外的に、筆記試験も実施試験も常にトップのエリー達の級友ユディトはいつも決まって窓側の最後部に席を取り授業中も何処吹く風に空を眺め入り黄昏ていたり、校内でも悪名高い、こちらも級友アンヘルに至っては、始業ベルと同時に開け放たれた窓からチェイサーで突っ込んできて廊下側の壁に激突、破損させ、空いてる席に適当に座ると昼まで居眠りをし続ける教師達が頭を抱えるような生徒もいたので、傾向としては見れたが一概には出来なかった。そんな中、努力家のメグも最前列に席を取り、エリーは難しい授業内容を聞いたり、ちょっかいをかける為にその後ろに席を取るのが常であった。


 どんな授業に於いても、個人の魔力に依存し自然的な奔流に任せる『魔法』には制限は無いが、呪文さえ唱えれば誰でもその術式レベルに応じた魔法が扱える『魔術』。その中でもレベル4の魔術は、使用した者の魔力を奪い取る禁忌の術式であることを教師が口を酸っぱくして授業で教えるには訳があった。

 それは卒業を控えた生徒の最後の実施試験が個人対抗によるバトルトーナメントという学園の伝統行事にあった。毎年無茶をしてこの最高位魔術を扱い体を壊す生徒が後をたたないのが理由である。敗戦したからといって卒業が留年になる訳ではないが、血気盛んな少年少女達はついつい同じ轍を踏んでしまうものだった。

 それもその筈、大会は国内外から毎年多くの見物客が集まり観戦し、その動きぶりや頭の働かせかた試合運びなどを考慮しスカウトにやって来る国や仕事関係者も多く、生徒達から見れば就職口を得るチャンスであり、先方の人事から見れば優秀な人材を得るチャンスでもあったので無理もなかった。

 しかし、だからと言って学園側から奨励する訳にもいかず体が資本というていで本人の意を尊重し教えるしかなかった。

「はーい、僕ちん出来るよーん」

 唐突にアンヘルが寝ぼけて何やら呟き席を立ち、両手を天井に向けて教師が戦慄するほどの凄まじい魔力を収束し始めると、周りの生徒達が全力で覆い被さる様に止めに入りアンヘルを夢の世界から連れ戻した。

 嘆息混じりに教師が胸を撫で下ろすと同時に終業のベルが鳴り、昼休みの時間となると生徒達は蜘蛛の子を散らす様に昼食へと向かった。

 エリーとメグが友人になったばかりのルーナの話を話題にテラス席で昼食を取っていると珍しくユディトが黒髪を風に揺らしやって来て腰を下ろした。

「ここ、いい?」

「あ、うん」

「何の話、してたの」

 日頃一匹狼のユディトが能動的に話に加わるのに驚き、エリーは咄嗟に嘘をついた。というより、もしもの事故が起きる危険な場所であったし、興味本位にルーナルの事に関与させて見せ物の様にし彼女を傷つける事はしたく無かったのだ。最もユディトがそういった下卑た行動を取る人物ではない事は解っていたが、壁に耳あり、用心して話は三人だけの秘密にしておきたかったというのが本音であった。

「いや、さっきのアンヘル危なかったねって話をしてたの。あのこ年に一度は何かしら校内で破壊しちゃうからさ」

「へぇ、そうなの」

「そうそう、ユディトは転校してきて三ヶ月しか経ってないから解らないだろうけど、去年は夏の水泳の授業中にプール壊したし、一昨年はなんだっけメグ」

「体育館の屋根ね確か」

「そうそう、バレーボールの授業中に。この九年間毎年毎年だから皆今年は一体何を壊すんだろうって賭けをしてるの。ユディトも乗らない?」

「ふーん、遠慮しておくわ」

 白いカップに天使の羽の柄のついた白い陶器を口元で傾けて紅茶を啜るユディト。

 男子に混じりチェイサーで敷地内を暴走して競っているアンヘル本人の姿を一瞥したもののその表情からは何の興味も無いのが見て取れた。

「え、えーと・・・・・・」

 転校してから挨拶はすれど日常会話は二言三言しかしたことが無かったのでエリー達の合間には気まずい空気が流れたがエリーはこれを機に親しくなろうと気構えて兼ねてから持っていた疑問をぶつけてみた。

「使ってるとこ見たこと無いけどその腰に携えてるのって神械だよね。なんの神械?ユディト自分で造ったの?」

 ユディトのブレザーの裾とスカートの合間に見え隠れする蝶の装飾のついた楕円形の柄の様な物を指してエリーが訊いた。

「いいえ」

「じゃあ、魔導科の友達?パートナーとかいるの?」

 エリーは小さな恋話になるかと期待を込めて訊いたが返答はその的を得なかった。

「これは、兄のものよ」

「お兄さんが居るんだ。じゃあもう卒業生ね」

 メグが訪ねると少しばかり視線を反らしてユディトは応えた。

「形見・・・・・・みたいなものよ」

「そうなの、ごめん」

「謝る必要はないわ。事実だもの」

 そう言っておもむろに腰から外すとテーブルの上にコトンと置いて見せた。触ってもいいかと了承を得るとエリーは日差しを受け乱反射させて光る宝石で出来ているかの様な蝶の中を覗いてみた。

「スゴくきれい、万華鏡みたいね」

 エリーの感嘆の声をきいて隣で自称結晶コレクターのメグが訪ねる。

「その装飾、光の結晶ね。てことはユディトのお兄さんは光の属性?」

「ええ、兄も私も光の加護を受けているわ」

 エリーの覗き込んでるところへユディトが手をかざすと、蝶が内包する光は七色の輝きを見せ、エリーの感嘆の声を一層大きなものにした。

「すごいねぇ!光の属性ってこの国全体の二割しかいないのにこんな身近にいたなんて、流石天才転校生!」

 エリーは皮肉を一切込めずに口にしたが、メグが察して小突いて来たので他意はないと取り繕い笑って見せたが、そんなことにも表情一つ変えずにユディトは全く意に介していない様子だった。

「ところであなた達、その神械を持ってる人物を他に知らない?」

「え?」

 唐突な質問に二人は首を傾げた。

「さっき言った様にこれは兄の忘れ形見なの。これが神械だと知って私はこの学園に転校してきた。ここならこれが何であるかを知るのに一番近いと思って。でも魔導科の生徒に訊いても誰も知らなかったし、扱い方もわからなかったわ。あなた達は心当たりはない?」

 真率な顔で訪ねるユディトに二人はもう一度その神械を注視してみるが心当たりは無かった様だったのでメグが思いつき教師に訊くことを立案した。ベテランの教師ならば卒業生の事を、ましてや数少ない光属性の神械の事を覚えているかも知れない。隣でエリーも放課後に訊いて回ろうと深く頷いたので、一条の光明が差したようにユディトは初めて二人の前でにこやかに微笑んだ。

 そんな三人の和やかな席を横目に校内へと入って行く二人組の燃える様に熱く或いは冷たく刺す様な視線をエリーはまだ気づく事が出来なかった。

 午後の授業の始業ベルが鳴るとその二人組は担任に連れられエリー達のクラスへとやって来た。一人は透き通るような青い髪の、もう一人は艶やかかな赤い髪の、同じ年頃の女子達から見ても目を疑う驚く程の美少女二人組であり、双子であった青い髪の少女の名は、リーリヤ・エルス、赤い髪の少女の名をロザリヤ・エルスと言った。

 リーリヤは清楚に、ロザリヤは少しぶっきらぼうに挨拶を済ますと隣同士に席に着いた。

 クラス内を感嘆のどよめきが収まらない中、口火を切ったのは担任ではなくブロンドのショートボブを揺らすアンヘルであった。

「スゴい真っ赤な髪だにゃー、ボクちんのブロンドと同じ位目立ってるにゃあ」

 ロザリヤの髪を人差し指でクルクルと遊んで見せた。クラス内の誰もに緊張が走りどよめきが収まる。

「気安く触るな」

 言葉よりも早く爆発音と共にアンヘルが壁まで吹きとばされ張りつけとなった。頭をガクンと垂れるアンヘルを他所にリーリヤは妹の行動を静かに嗜めた。

「おやめなさい。転入早々にはしたないですよロザリヤ」

 アンヘルから視線を戻すとロザリヤは姉に対し最上級の敬いを持って応えた。

「申し訳ありません姉様」

「油断大敵だにゃー、おバカさん」

 一瞬にして壁を蹴り加速したままロザリヤの懐まで入ったアンヘルは自分が受けた魔法を模倣し、ロザリヤへと返した。

 しかし、ロザリヤも同等の魔法で応戦してこれを相殺しようと試みると二人の炎魔法はその中間でくすぶり、魔力の渦が生まれ周囲の机や椅子、生徒を吹き飛ばし始めた。

 無表情のロザリヤに対し半ば遊び心で笑顔を広げるアンヘル。お互いに譲る気はない様子で拮抗する魔力だけが昂り、最早先に力を抜いた方は死に直面する程に魔力の渦は溢れていた。

 エリーもメグもユディトも担任でさえ近づけずにいたこの状況下でロザリヤの隣で嘆息をついたリーリヤがそっと魔力の中心に向かって手をかざした。

「失礼」

 すると、ロザリヤとアンヘル、魔力の渦もろともに周囲が完全に凍結し、氷の棺を発生させて中心と外界とを分断した。

「頭は冷えたかしらお二人共」

 暫くしてリーリヤが氷の棺を砕くと中からはびしょ濡れになったロザリヤとアンヘルが倒れ込み、あれだけ猛威を奮っていた魔力の渦もすっかり消え失せていた。

 気絶し倒れたアンヘルに駆け寄り抱きあげるエリー他数名とロザリヤを抱き抱えるリーリヤ。

 担任はやむを得ず午後の授業を止め、緊急の職員会議を開き、その時間を生徒達には散乱した用具の後片付けに当てると終わり次第下校を命じるしかなかった。


 アンヘル・クローネンは孤児であった。家は法王の治める教会区、大聖堂の裏側に併設されて建つ孤児院に身を寄せていた。司祭や神父、修道女達に大変厳粛に育てられたアンヘルにとっては学園こそが唯一厳格な戒律から解き放たれる遊び場であったのは言うまでもなかった。

 日頃から厳しい視線を送ってきた彼らもエリー達がふらふらとした足取りの満身創痍な彼女を送り届けるとその厳しい眼光はたちどころに慈愛に満ちてアンヘルを庇護し、エリー達に礼を述べ祝福を与えた。そんな状態に至った理由についてはアンヘルが罰を受けぬようにエリー達は日頃の彼女の奔放さを隠しつつ、一件についても一部はぐらかす様に説明した。それだけ教会区の厳格さは外部の人間にも知れ渡っていたからだった。

 帰り際エリーが振り返ると大きく影を伸ばした大聖堂は夕陽に燃えて暖かな橙色に染まり、その柔らかな色は安堵を生むように町の往来へと降り注いでいた。

 一方でロザリヤはと言うと姉の胸の中で目を覚ますと姉に謝罪し姉に促されるまま皆に一礼をし、疲弊した様子もなく確実な足取りで姉と共に帰路へと着いていった。

 臨時の職員会議の結果を受け今後の二人の衝突を避ける為翌日からロザリヤは別のクラスへと移る運びとなった。

 この一件はたちどころに学園内を駆け巡り、双子の転校生は一躍話題となった。何せ行動と言動はさておき、魔法科一の天才少女と呼ばれていたアンヘルを打ち負かした妹、更にはそれを意とも簡単に制止した姉の容姿端麗才色兼備な、天才を上回る天才姉妹が現れたのだから話題に上らない筈はなかった。

 と或る日、上級生と下級生による合同の課外授業が行われる際、エリーの妹リリーは戦々恐々としていた。それはパートナーである相手がリーリヤであった事に他ならない。

 上級生の噂話は危険な不良の先輩という尾ひれを付け下級生に出回っていたので当然であった。

 目を合わせると氷漬けにされてしまう。そんな雪女の話のような噂に下級生の誰も彼もが校舎ですれ違う際には目を合わせない様に逸らしていたし、そそくさと逃げる様に教室へと身を潜めた。そんな不安な中リリー・フローエは課外授業に挑んだ。勿論、姉であるエリーにも相談したがそんな噂はデマであると伝えられても常に楽観主義のこの姉の言葉は気休め程度にしかならなかった。

「こんにちは、今日は宜しくお願いしますね」

 リーリヤの氷の様な冷たい視線とは裏腹に丁寧に落ち着いた挨拶をする礼儀正しさと内に持ち合わせて滲み出る品格を持ってもリリーは不安を払拭出来ずにいたし、当惑は隠せなかった。

 ただ、授業で与えられた課題、例えば一輪の花を凍結させてそれを無傷で解凍させるなどという上級技術をそっと触れる程度に簡単にやってのけてしまう魔法の扱いに関しては感嘆するしか無かったし、リリーが時間をかけて同じように凍結させた一輪の花を何度も花ごと砕いて解凍してしまうのを見て懇切丁寧にコツを教えてくれたりとしている内に、その印象は随分と良くなり、授業が終わる頃にはいつの間にか不安は憧れへと変貌し杞憂となっていたことにリリー自身もびっくりした。

「リル、大丈夫だった?」

 授業も終わり周囲の友人達が駆け寄ってくるもリリーはいかにリーリヤという先輩が凄い人間なのかを熱弁するほどだった。そのお陰もあってかリーリヤに対する雪女疑惑は徐々に、雪原が春の日差しを受け斑に春の大地を露にするように解消されていった。

 だがロザリヤについてはそうはいかなかった。元々ぶっきらぼうで他人に興味が全くない性格からしてクラスで一人浮いた存在で、エリーの様な自由奔放で物怖じしない生徒が話かけても暖簾に腕押し、誰とも接点は無かった。

 授業では姉と同様に非常に優秀で常にクラスのトップであったので、新しいクラスでは一部の生徒から嫉妬と羨望の念を向けられてはいたが、どうやら彼女には姉にしか興味がないようであった上、他人と対峙するとその眼差しは威嚇的に向けられたので尚更であった。

 だが人の噂も七十五日と兼ねてから彼女に目を付けている人間が一人いた。ユーゴ・ビアンキである。

 カインの友人で魔導科に籍のある彼は自分の 神械を託すに相応しい存在を探していた。

 ビアンキ家といえば神械産業でも世界で一二を争う大企業であり、彼はその御曹司でここロストエルスに於いてはその支社のCEOを弱冠十五才にして任せられている超エリートであった。

 金髪に丸眼鏡をかけた彼は決して美男子ではなかったがその技術は魔導科で群を抜いて秀でていたので、魔法科での実施試験、バトルトーナメントでの必須条件、魔導科の生徒とパートナーを築きその神械を持って出場するという、その為の神械の発表展示会が行われる前から魔法科の生徒達から引く手あまたではあった彼なのだが、彼が神械を託し得るに充分と思える生徒はせいぜいユディトやアンヘルなど魔導科にも名が轟く数名位であった。

 そこへ来て今回の事件を彼はチャンスと捉えロザリヤにどう近づこうかと思案していた。勿論、先の二人に、姉リーリヤにも可能性を見いだしてはいたが彼にはロザリヤの方が魅力的に映った。彼女を見つめる度鼓動が高鳴るのを感じ、いてもたってもいられず体が熱を帯びる。とどのつまり惚れたのであった。

 しかし、急に現れ告白をしても入念に調べ上げた彼女の性格からして一蹴されるのは目に見えていたのでどうにかならないかとカインに相談を持ちかけていた。

「頼むよカイン。なんとかならないものか」

「急にそんなこと言われてもなぁ・・・・・・それなら」

 とカインが発案したのは魔法科で顔の広いエリーに持ちかける事だった。

 放課後、カインを随伴してエリーの元へと訪れ恋慕の件を省き訳を告げるとさしものエリーも困った顔をしてしまった。ロザリヤの入った新しいクラスにも友人はいたがそれでも到底期待に応えられる人物はいなかった。

 ロザリヤとの会話を仲介してくれる人間に検討もつかず各々考えあぐねているとそこへひょこっと顔を出したのは妹リリーだった。

「なにしてるのエリー姉、帰らないの?」

 閃いた様にエリーはイタズラな笑みを浮かべた。

「思いついた!」

「え?どんな方法」

「思いついたんだけどタダじゃ教えられないなぁ・・・・・・」

「なんだよ、どういう事だ?」

 ユーゴは怪訝そうにして耳を傾けた。

「実はさ、あたしもリルもチェイサー持って無いんだよね」

「そうなのか、今時珍しいなぁ・・・・・・」

 イヤな予感がしたユーゴは話題を核心に持ち込まれないように遠回しに整然と返事をしたが、エリーの実直さは露骨な面をみせて賄賂を要求した。

「最新型で無くてもいいよ」

 にこやかに微笑むエリーに苦渋の決断を余儀なくされたユーゴは呆れた沈黙を持って応えた。

「行動するのはあたしじゃなくてリルなんだけどね」

「え?なにが?」

 リリーへこれまでのユーゴからの要望を伝えると訝しげな面持ちで口を開くがエリーが遮ってビアンキ社製のチェイサーを目の前にふらつかせる。確かにクラスの中でチェイサーを持っていない人間は少数派で、それさえあれば登下校も格段に楽になるのは明白でありクラス内での人権を得るためにはまたとないチャンスであった。

 カインとユーゴがなんのことやらさっぱり解らない状態でいたのでエリーがかいつまんで説明すると、どうやらリリーは課外授業の一件以来、学園内でリーリヤと出会うと親しげに会話をする仲であり、名前も同じ由来であることから妹の様に接してくれている間柄になったのだという。傍らにはロザリヤが常にいたので口利きくらいは容易な筈だとしたたかに語った。

 三人は嘆息をついたが他に方法を思いつかずユーゴとリリーはしぶしぶ同意せざるを得なかった。


「ほんとに大丈夫かなぁ」

「大丈夫だって、リルは気にかけて貰ってるんだから。うん、美味しい」

 二人で囲む夕食がてらにリリーはエリーに疑念をぶつけていた。

「ロザリヤと違ってリーリヤは人の話を聞く人だし同じクラスの私が言うんだから間違いないって」

「でもロザリヤさんには嫌われたくないよ私」

「ロザリヤはリーリヤの言うことなら何でも訊くでしょ?そのリーリヤはリルのこと可愛がってくれてる。なんの心配もないって」

「ほんとに上手くいくかなぁ」

「リルはチェイサー欲しくないの?私は欲しい!」

「・・・・・・欲しいけど。なんかリーリヤさんをだしに使ってるみたいで気が乗らないなぁ」

「大丈夫、大丈夫。そんなこと気にしないし、あの二人だってパートナー見つけて神械を持たなきゃ実施試験に参加出来ないんだから」

「それはそうだけど」

「因みに私はカインともう約束したんだけどねぇ」

「エリー姉は筆記試験で落ちるわよ!」

「なんだとう?そんなこと言う奴はこうだ!」

 エリーのフォークはリリーの皿に乗ったアップルパイの上のとろみがかったリンゴのプレザーブをかっさらっていった。

「もう!」

「へへーんだ」

 姉妹の住む丘の上の簡素な小屋はこうして無数の星空の下、暖かい光を漏らし暖かな談笑に包まれ夜と共に更けていった。

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