HEXE FRIEZE

村雨月乃

第1話 風の生まれる場所

 誰にでも心地好い瞬間というのは千差万別あれど必ず持ち得るものだ。それが美味しい食事時であったり、睡眠を取る時間であったり、恋をした時であったり、或いは覚えたての歌を口ずさむ時、新しい物語を読んだ時。実に様々である。

 それはエリー・フローエにとっては心落ち着く一番心地好い瞬間であった。少しばかりの炎魔法を応用し足下に向けて放出する。すると、地表は暖められ上昇気流と対流とが生まれ風が生じ、その風を操り、そよぐ風に赤い髪のポニーテールを靡かせ天性の才でそのままフワリと浮かぶ事が出来た。

 その浮遊感がエリーにはとても心地好い。目を閉じ身を任せればそれぞれの季節の風はその香りを纏って流れ、体感することが出来た。あとは思いのままの高度で思いのままの風速で飛行するのだ。

「ふぅ。さて、みんなが待ってる。リルあとは宜しくね」

 眼下で見上げている妹に家の留守を頼むと、エリーは文字通り風の様に友人達との約束の場所へと飛び立って行った。

「もう!お姉ったら仕方ないんだから!」

 リリーは姉の無責任な奔放さを不機嫌な顔をして軒先から送りだすと残りの家事をこなす為二人暮らしの家へと引っ込んだ。

 街のある中心地から離れ森を抜け田舎道の続く山間の村の先、郊外にある小高い丘にエリーと妹リリーの住む家は質素に構えられていた。そこから目的の場所の山の麓へは全速力で飛べば凡そ五分程度で着く事が出来たが、エリーは途中の村へと立ち寄り幼なじみのメグとカインとで徒歩で向かう事にしていた。約束していた村の湖付近へと差し掛かると上空へと手を振る幼なじみの影が見えエリーはゆっくりと下降し二人に手を振り返した。透明度の高い陽光を反射してきらびやかに煌めく湖には澄んだ青空と自分の姿が映っていた。

「二人ともお待たせ」

「十分遅刻ねエリー」

 メグは遅刻を指摘したが柔和な笑みをたたえて嫌みたらしさは微塵もなかった。そもそも時間にルーズなエリーの性格を熟知していたので十分程度は定刻通りとの解釈であった。

「おはようエリー」

 ぼそぼそとした口調のカインもメグと同じ見解でもともと引っ込み思案な性格もあるが特に不機嫌になる様子はなくエリーを迎えて三人は改めて今日の散策地である山へと向かって歩き始めた。

「ごめんね二人とも僕の課題に付き合わせて」

「ううん、いいのよカイン。私も音無の山には興味があったし楽しみよ」

「私も結晶が手に入るならそれにこしたことはないし」

 今回の散策はカインの発案であった。王立魔法学園の同級生である三人はそれぞれに学園から課題を受けており、カインは心細い事もあってか魔法科に属する幼なじみの二人に声をかけていたのだ。

 魔法科とは文字通り魔法を自在に使いこなす為のノウハウを習うクラスである。この国では生まれながらにして女児は六元素のうちなんらかの魔法の才を持って産まれてくるものであり、先ほど見たようにエリーは風の属性に秀でており、代わってメグは水の属性に秀でていた。それぞれが秀でている属性の魔法を勉学を通し昇華して将来的に魔女という職業を生業とし世界各国に旅立ち人々の役に立つ事を目的とする為に構成された科であった。

 対して男児には一部例外はあるものの基本的には魔力を持って産まれてくることは無かった。ただそれと引き換えに魔力結晶を扱う才、魔力を導く魔導の力に恵まれていた。

 魔力結晶とは読んで字のごとく魔力が結晶化したクリスタル状のものでそれらを駆使して人々の役に立つ『神械』と呼ばれる道具を扱い造る事に長けていた。それが魔法学園に於いて魔法科に対して創設されている魔導科でカインはそこで扱う魔力結晶採取の為、かねてから噂に上がっていた貴重な結晶化したクリスタルの自生が著しいと言われている音無の山へと足を運ぶに至ったのだった。

「見つかったー?」

「ううん、こっちにはないよ」

「おかしいな、この辺りの筈なんだけど」

 三人は中腹まで登ると周囲に目を配り出した。結晶はおろか緑さえない岩肌の剥き出しのこの禿山は当然ながらかつての大企業の採石場の跡地であり、地表に目立つ結晶は大なり小なり全て堀尽くされ放棄されてから数十年、見た目にも形骸化した実質的な廃墟となっていた。勿論そんなことは既知の事実であった三人が探していたのは山の山中へと掘り進められた坑道の入り口であり、黎明期を過ぎ放棄されて久しい山肌は落石などにより坑道を塞いでいてもおかしくなかった。目を皿の様にして探るにもどこもかしこも同じ光景になかなか入り口を見つける事が出来なかったのでエリーが立案し上空から鳥瞰し探し始めると山頂付近にそれらしい穴がぽっかりと空いているのに気づき、幸いにしてたいして高い山では無かったので二人を誘導しながら登頂する事となった。

「ここで間違いなさそうね」

「カイン坑道の地図は持ってきてる?」

「ああ、ちゃんとここに」

 友人から譲り受けたというカインは手元の坑道地図を拡げて見せ目当ての結晶の自生が著しいという場所に赤いペンで印を付けていた。そこには放棄されて数十年経った今でも魔力の結晶化は無尽蔵に進んでいるという場所で、一企業が商業的に採石するには雀の涙程であったが個人で採石するには十分な質と量が期待された。

 坑道内は薄暗く廃墟じみて等間隔に設置されているライトも電源は通っておらず当たりを見渡すのは裸眼では難しかったがそれも予想の範疇、カインが魔力を媒体とする松明に似た神械を造り持ってきていたので明かりとりには困らなかったし、魔力結晶に反応する計測器も用意周到に持参していたので不便は特に無かった。

 最後尾を歩くエリーがおもむろに口を開く。

「見て、この壁キラキラ光って見える。これも結晶なのかな」

「そうだね。結晶の赤ちゃんてとこだと思うよ。ここに入ってから計測器が僅ながら反応してるのはそのせいだろうね」

 先頭を行くカインが昆虫の触覚のような針金を剥き出しにしている計測器を二人にも見せる。

「壁だけじゃなく天井部や床からも反応があるみたい。それだけ魔力が豊潤ってことかしら。それにしても一体どこから供給されてるんだろう」

「不思議ね」

 エリーとメグが顔を突き合わせるとカインが補足した。

「魔女科では話題にならないの?数百年前の伝承だけどこの山にはオトナシっていう山の主の怪物がいてその怪物が魔力を常に放っているっていう噂。魔導科では有名なんだよ」

「それって都市伝説ってやつ?ねぇメグ」

「とは言っても昔話の域は出なくて採掘が盛んだった時にも誰一人その怪物を目にした者は居ないんだけどね」

「でもでも、伝承には何かしら謂われがあるものだから突然唸り声なんかがしたりして」

「やめてよエリー、私がそういうの苦手なの知ってるでしょ」

 唐突にメグの肩を叩きエリーが背後からおどけて見せるとメグは肩をすくませて明らかに不安げに不機嫌な顔をしてみせた。冗談だと取り繕う割には口を開けて笑うエリーは悪童のそれであったが悪気なく出来てしまう天真爛漫さには憎めないものでありメグは無視してカインに話の続きを求めた。要するに早いとこ話題を切り替えたかったのだ。しかしカインにその意図は伝わらなかった。

「オトナシの怪物の正体は昔のお伽噺が出所らしいよ。知ってるだろ?パピヨンに恋をした歌姫の話」

「あー、ええと確か一目惚れをした魔女が近衛兵に昼夜問わず自分の歌魔法を聴かせ続けていたら王様の逆鱗に触れて口を塞がれて遠方に幽閉されちゃったてやつ」

「それそれ、そのあとも歌姫は魔法で歌い続けたけれど魔力の枯渇と喉を潰したせいで夜な夜な悲哀に満ちた唸り声が聴こえていたって、その幽閉の地がこのオトナシの山らしいって話だよ」

「そんな三百年も昔の話!口伝えで尾ひれがついてるだけよ!」

 とメグが否定的に一蹴しかけたその時、何処からともなく生暖かい風が坑道内へ吹き込み金管楽器が重低音を鳴らしたような音が辺りに反響しこだました。すっかり体の強ばるメグはそれこそ一蹴しようと風使いのエリーへと訪ねた。

「い、いまのは風の音。そうでしょエリー!」

 エリーは笑い顔で解れない様に真顔を意識的に作りメグへと返答する。

「今の風はちょっと嫌な感じがした・・・・・・そう、まるで呪いの怨嗟のような」

 その真率めいた顔でメグへと迫ると、メグは無言で先頭を行くカインを追い越し、暗闇の中先へ先へと進んで行った。

「やり過ぎだよエリー」

 カインの忠告に舌をペロッと出して微笑むエリーはメグに向かって駆け出し、カインもそのあとを追った。

「メグたんメグたん。冗談だよお」

 追いついたエリーは前方の影にその肩辺りをぽんっと叩いて悪ふざけを謝った。

 後から少し遅れてやって来たカインはメグが開けた部屋の手前で立ち止まっているのを見つけるなり

「ごめんよメグ。僕が変な話を持ち出したばっかりに」

「別に怒ってなんかないわ。泣いてなんていないもの」

「あはは。そうだね。でも良かった待っててくれて。この先は地図によると地盤が脆くなってる場所が多いから慎重に迂回しながら進まないと危ないんだ」

「やっぱりね。私も水脈の変化から感じとって待ってたんだけど正解だったみたい。エリーは飛べるからいいけど」

「そうだね。僕らだったら真っ逆さまに落ちてしまうもんね」

「エリー?」

「・・・・・・あれ?」

 メグが振り返り、カインが覗き込むがそこに悪童エリー・フローエの姿は無かった。


 やけにヒンヤリとし武骨なその肩にエリーはすぐ様それが親友メグ・リースのものではないただの鍾乳石である事に気がついた。

 思い立つとすぐ行動に出るエリーの長所はいつも迂闊を共に引き連れていたもので、ましてやこんな迷宮染みた坑道内に於いてはその方向音痴は死活問題の様相を孕んでいた。

 ただ幸いにして恐らく間違えたであろう二股の分岐点からはさして距離は無かったであろうから暫くここで大人しくしていれば二人の友人が連れ戻しに来てくれる事は明らかであったが、やはり迂闊な長所はエリーを前方へと誘導するのであった。炎の下等魔法で辺りを照らして進む坑道は逸れた道よりも狭苦しく、道事態も岩がでこぼこと足元や頭上で前進を阻んでいたにも関わらずエリーは前進を続けると、やがて少しばかり拓けた部屋へと辿り着いた。

 警戒しながら慎重に進むべきであったと部屋の中央を踏み抜き落盤する瓦礫と共に真っ逆さまに落ちながらエリーは後悔した。


「うわあああぁぁぁ」

 自由落下で暗闇の中を落ちていくエリーは風魔法を駆使してなんとか姿勢を制御し落下を食い止めようとしていたがなかなかどうして魔法は発動しなかった。それが唯一魔力を吸収する性質を持った闇の結晶が落下する壁面に自生しているせいであると知ったのは随分と際どいところであった。

 そんな中、エリーの目は自生する緑色に輝く風の結晶を認めると落下速度を勘で割り出し咄嗟に手を伸ばしてそれを引き抜くことに成功すると結晶を胸に当て魔術と呼ばれる術式を唱え始めた。

 すると体は風に包まれるように急激に落下速度を落とし渦巻く風によって激突していた筈の着地点へとなんとか不時着する事が出来た。

「ふぅ、ギリギリ危なかったぁ」

 瓦礫の山の上で胸を撫で下ろし周囲を見渡すとそこもまた大きく拓けた部屋であった。だが様子も雰囲気も普通の空間と違うことは一見してすぐにわかった。

 壁面から天井、床に至るところに札が貼られているのである。

「この札、古い術式が書いてある。これは封印の術式ね。なんでこんなところにこんなに沢山」

 瓦礫の山をひょいひょい軽い足取りで降りると部屋の奥、その突き当たりに頑強な鉄格子が口を閉じているのが目に映った。中には何があるのか、得体の知れないものへの恐怖心とは人の体をすくませるものであるが、同時に抱く好奇心は時にそれを凌駕するもので、エリーの足を恐る恐る鉄格子へと向かわせた。

 そしてその鉄格子にもまた無数の呪符が貼られていた。なにか邪悪なものを封印しているのか、そう思案もしたが格子の隙間から漂う風にはそんな空気は孕んでおらず寧ろ何も無いような、或いは寂寥感に似た空虚が満ちておりエリーの心情を何となく寂しくさせた。

 近づくに連れて呪符は紫色に来るものを拒むが如く発光した。どうやら呪符は外からの解放をさせぬようにと貼られているものらしく、その朽ち欠けた様相と裏腹に今も強力な結界を鉄格子の前へと発生させていた。

「ウオオオオオオオオーッ!」

 結界の前に立ったエリーへと岩牢の奥から魔獣の雄叫び似た低音域が強く吹き付け、それは室内を揺さぶり震動させ、坑道の洞穴内に響き渡って行った。

「さっき聴いた音・・・・・・」

 常人であれば身がすくみ、その場で腰を抜かすか急いで踵を返して逃げ惑ったであろうその声をエリーは臆する事なく受け止めた。それはその風圧の中にやはり先程感じた寂寥感めいたものが含まれているのを風使いのエリーが敏感に感じ取った事に他ならない。近寄るなと言わんばかりに何度となく咆哮は繰り返されたがその度にエリーの胸の奥は締め付けられた。

「苦しいの?」

 エリーの指先は格子に触れようとするが結界に弾かれ指の腹を黒く焦がした。

「ムダよ」

 岩牢の奥から女性の華奢な声がした。近づいてくる気配は少しも感じなかったがいつのまにやらエリーの目の前には女性の青白い像がボンヤリと浮かんでいた。てっきり獣が閉じ込められていると思っていたエリーは目を丸くした。

「その呪符はレベル4の術式と法王の鍵で施されたもの、あなた程度の魔力ではどうにもならないわ。それに」

「あなたなの?奥から声をあげていたのは」

「そうよ」

 呟いた女性の鉄格子越しに覗く体は声と同じく華奢で寂しげでゆらゆらと漂うそれはまさに幽霊であった。

「あなた、体が・・・・・・」

「そう、私はゴーストね。体はもう随分と前に朽ち果てたわ。だけど滑稽ね。あなたにも見えるしまだこうして話す事もできる。それもこれもここが結晶の産地である事とそれのお陰、皮肉ね」

 女性は呪符へと目を配る。

「それはそうと人がこの場所に来るのなんて何十年ぶりかしら。この部屋へは入れない様に坑夫達が堅牢な扉を造っていた筈、あなたどうやって来たの」

「えっと、落盤事故に合っちゃって」

「ふぅん」

 背後にある瓦礫の山を指差しながら照れ笑いをするエリーにさも興味無さげに応える女性。

「なら、用はないでしょ。帰りなさい」

 そっと静かに虚ろになっていく女性に引きとどまるようエリーは咄嗟に声をあげた。

「待って!帰れないよ!」

「どうして?胸ポケットに見える結晶から察するにあなた風使いなんでしょ?天井に空いた穴からお戻りなさいな」

「違う・・・・・・いや、風使いなのは当たりだけど、そうじゃなくて!あなたのその悲しい風を感じたら何もせずになんて戻れないよ」

 真率なエリーの表情に、幽体の女性は突き放す様に語気を強めて応えた。期待は過度な高揚を与え例え僅かであろうとも希望へと誘う。それは一見幸福論ではあるが喪失し破られてしまうとその身と心を切り裂く諸刃の剣に成り得る事を彼女は熟知していたし、現実的ではなく抵抗して抗うのが最良だと信じていた。

「あなたには出来ないわ!私の事何もしらなないでしょうに」

 エリーは先刻のカインの話を思い出し閃いたようにポツリと呟いた。

「リーヴァルの歌姫・・・・・・」

 その呟きにハッとして向き直る女性。

「そうなんでしょ?・・・・・・その昔、法王直属の部隊パピヨンの一人に恋をして二人はそのまま駆け落ち同然のように姿をくらましたっていう話。今じゃ都市伝説の域を出ないけどそれくらい有名な話」

「帰りなさい・・・・・・あなたには何も出来ない」

「そうかも、知れないけど、力になりたいの」

「なにができるって言うの?その制服を見たところ魔法学園の生徒みたいだけど、それなら知っているでしょレベル4の魔術式は禁忌の術式。おまけに法王の鍵の暗号解読をしなければ何も進展はないしあなたはその準備すら持ち合わせていない、私に関わるべきではないわ」

 肩を落として頭を垂れるエリーにそれ以上何も告げず女性は岩牢の奥へと静かに消えて行った。エリーの瞳には好奇心と同情めいた哀れみ、しかしそれ以上に心底親身に人を助けたいと願う願望を湛えていた。だからこそ彼女は巻き込むまいと引き下がったし徒労に終わると知っていた。

 奥まった土壁の前には朽ち果て白骨化した自分の亡骸が横たわり、口元には今もなお歌声を抑えつける為に起動し続けるマスク型の神械が覆い被さり形骸化していた。隣に座り込む彼女は顔を膝に埋めて小さくすすり泣いた。


 どれくらいの時間が経ったであろうか、数十分、数時間かまるで分からなかった。そもそも地縛霊として永久に幽閉されてる彼女には時間の概念は遠い昔に忘れさられていたが、先刻交わされた一抹の希望を忘れる程には時間は経っていなかった。

 あの子はもう帰ってしまっただろうか。期待も不安も一切持たぬふりをして彼女は岩牢の結界付近へと無機質に向かった。するとそこには土埃にまみれた少女の姿が未だにあった。その手には黒い闇の結晶が血と共に握られ呪符へ向かって叩きつけては弾き飛ばされていた。

「なにしてるの」

「やぁ、起きたの?」

 満面の笑みを見せるエリー。

「一体何をしてるのよ!」

「うん、闇の結晶でこの呪符の魔力を削り取ってやろうと思って」

 降り下ろしたエリーの腕は手元で闇の結晶が砕けると同時に体ごと結界によって吹き飛ばされる。

「・・・・・・イタタタタタ。へへ、何の!次!」

 その度に自生する闇の結晶を何処からか持って来ては吹き飛ばされるのを何度となく繰り返していたエリーの体は既に満身創痍の状態であるのは誰がみても明らかであった。

「闇の結晶の魔力を収束する特性で呪符の魔力を。止めなさい!そんなことではここは開かないのよ!それにあなた自信の魔力だってその結晶を握る度に吸いとられているのよ!分かるでしょ!」

「分かるけど、分からない!」

「何を言ってるのよ!」

「どうして恋をしただけでこんなめに合わされなくちゃならないの!二人だけで過ごした時間は二人だけのものなのに!他人に奪われる筋合いなんか無いでしょ!それにこんな誰も来ないところに死んでからも幽閉され続けて天国で会うことも叶わないなんて理不尽過ぎる!こんな恋心を踏みにじる魔法なんて私は許さない!」

 絶叫し吹き飛ばされても立ち上がり、また吹き飛ばされてもそれでも立ち上がる少女の姿は、まるで恋に必死だったあの日の自分を投影しているようで、悠久の時間に忘却していた自己を想起させ、次第に彼女の時間に凍らされていた内側を揺さぶり咆哮させた。

 ゆっくりと立ち上がる少女に声を震わせて囁く様に応えた。

「もう、いいから」

「よくない、よくないよ・・・・・・」

「あなたの気持ちは伝わったから、その欠片を捨てて」

 エリーは彼女の前髪に隠れた瞳に輝きを認めると血塗れになった闇の結晶を放り出し彼女に言われるがまま鉄格子の前へ座り込み傷だらけの手のひらを見せた。

 彼女が口ずさむ様に歌うと傷痕こそ僅かに残ったが、エリーの手のひらの傷はたちまち塞がり止血された。

「それが歌魔法・・・・・・」

「そう、本来ならもっとキレイに治せるのだけど結界と私にかけられた呪いではこれが精一杯」

「あなたにかけられた呪いって」

「そう、何度も聴いたでしょ?歌を歌うとまるで魔獣のような咆哮になってしまう」

「それを解放することは出来ないの?」

「こればっかりは無理ね。呪いのかかったまま私は死んでしまったから」

「他に私に出来る事はないの?」

 青白く浮かぶ女性はにっこりと微笑みそっと呟いた。

「じゃあ、歌を歌ってくれないかしら」

 思いがけない提案にエリーは慌てふためいた。

「ええええ、そんな歌なんて、私上手じゃないし」

「あら、何でもしてくれるんじゃなかったの?」

 彼女のイタズラめいた笑みにエリーは恥じらいながら小声で音楽の授業で習った古い歌を口ずさみ出した。それを穏やかに聞き入る彼女も途中から声を合わせ呪いの発動しない音量で小さく囁く。

 二人は照れ笑いを浮かべて何曲も何曲も歌い岩牢の呪われた部屋を音楽で満たした。

 時にはエリーの学校での過ごし方、魔法での失敗談、苦手な先生への愚痴にエリーは疎かったが小さな恋の話。それらも適当なメロディーに乗せ歌ってみせたりもした。

 明かりとりに取られた部屋の壁面の隙間から見える空が茜色に燃えるまで二人は充足感に満ちた時間を共に笑い過ごした。

「そろそろ日が傾いて来たしここまでね」

「えええ、私はまだ平気よ!」

「あなた一人で来た訳ではないでしょ?」

「あっ!」

 見計らったかのように部屋の天井にぽっかりと空いた穴から呼び声が届いた。

「エリーっ!」

「おーいっ!」

 両手を大きく降ってメグに応えると岩牢に向き直る。

「また来るね」

「ふふふ、来ないでって言っても来そうね」

「へへへ、もちろん。ところで名前教えてよ。オトナシなんてへんちくりんな名前じゃなくてさ。私はエリー、エリー・フローエ」

「私の名前は、ルーナル、ルーナル・フェリエよ」

「じゃあルーナって呼ぶね、必ずまた来るから」

「今度は上のお友達も紹介してね」

「うん!一人は幽霊が大の苦手だけど」

「じゃあ驚かせるのにうんと準備しないとね」

 二人はにこやかに手を振り合うとエリーは術式を唱え始め体をフワリと浮遊させて上昇していった。


「こんなとこに落ちてたの?それに右手の傷痕、どうしたの?平気なの?」

 メグは上昇してきたエリーを心配そうに見つめる。

「へへ、大丈夫、大丈夫。それよりカインは?ていうか助けに来るの遅すぎない?」

「カインは入り口で待ってるわよ。いやいやそれに別れた後珍しい光の結晶の群生地見つけちゃって、ほら」

 メグの腰からさげた巾着の中は大なり小なりの光の結晶で溢れんばかりに満ちていた。

「ところでエリーこそどうしてたのよ。誰かと喋ってなかった?」

「え?えーと。まだヒミツ。特にメグにはねぇ」

「なに、私にはって」

「準備があるの!」

「だから準備ってなによ。教えなさいよ!」

「だーめ」

 フワリと浮遊するとエリーは逃げる様に飛び、その後をメグが怪訝そうな顔で追いかけ二人はカインの手を降る坑道の出口へとその姿を消して行った。

 

オトナシの怪物は岩牢の格子の隙間から夜の星を眺めて小鳥が囀ずる様に小さく、優しくそっと歌を歌った。

「今日はね、友達が出来たの。貴方にも紹介したいくらい変な子、でもきっと気に入ってくれるわ。いつもと何も変わらないけど、何かが変わるといいなぁ。ねぇ、ハイン・・・・・・」







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