第六片

 カラスを追いかけること数十分。葵は御明灯村の西に位置する白虎びゃっこ山の中でも中腹辺りまで登っていた。しかし、ここはいくら御明灯村と言っても葵の知らない場所だった。

 そして、問題が一つ。

 何故カラスの大群がこの山に入って行ったのか。というのも、あのカラス達おそらくただのカラスではない。纏う気配からそう感じていた葵。

 そうしているうちに辺りは暗くなり、黒い体のカラスの姿は見えなくなっていった。

(暗い…今は昼だぞ?)

 一度歩みを止めて辺りを見回した。

「やはり、こんな所は初めて見た…」

 その時。

「紫貴神社の、葵だな」

 後ろから不穏な気配が漂ってきた。この気配からして三人の妖怪。

「…何者だ」

 葵は動じることなく冷静に返した。

「我らは鴉天狗。大人しく来てもらおう」

 少しずつ声が近付いてくる。そして、その姿が葵の目に飛び込んできた。

 確かに、黒い羽と黒の毛に覆われた体が確認出来る。

「断る。貴様らについて行く道理はあいにく持ち合わせていない」

 この辺りでは見かけない妖怪だ。

「ならば!」

 その一言で突然突風が吹き荒れ始める。やがてその風は葵を中心として囲むように吹き荒れた。

「その風に触れれば人間の体など粉々だ!」

「ほう…。普通の人間ならば、な」

 しかし、葵の顔に焦りの表情は一つも無かった。葵は口元に笑みを浮かべてスッと瞳を閉じた。すると、足元から出現した光の柱が葵を包み込んだ。

「くっ、この光はっ」

「目が焼けるようだっ」

 まばゆい光の柱を目の前に天狗たちが後ろに引いていく中、光の柱の中から再び現れた葵はきっぱりと言い放った。

「私は紫貴神社主祭神紫貴の、葵だ。この地は我らが守りし地だ。勝手に荒らしてもらっては困る」

 白桜をぐっと握り意識を集中させる。

「―精霊よ、集い我に力を貸し与えたまえ。風鳥ふうちょう!―」

 葵の周りに渦を巻くようにして現れた大きな風の鳥。風鳥は、葵の周りで吹き荒れていた荒風をその大きな翼を広げることで、一瞬にしてかき消してしまった。

「あの風を一撃でっ」

 自分達よりも小柄な人間の少女がこれほどまでに力を持っていたとは計算外だった。

 顔色を変えた天狗達の姿を確認した葵はこのまま押して行こうと白桜を構えたが、その直後に小さな声を耳にした。

「ママっ…ママっ」

 今にも消えてしまいそうな小さな声。しかし、もしかしたら。

 葵は辺りを懸命に見渡した。すると葵のすぐ近くに小さな少年が座りこんでいた。

(良かった…。無事で…)

 見たところ怪我もないようだ。そっと胸をなでおろした。

「もう大丈夫だ。必ず両親のもとへ帰してやるからな」

 少年と同じ目線までしゃがみこみ、少年の頬をつたう涙を拭う。すると少年はかすかだが笑みをみせた。

「うんっ」

 それは、心からの安心を示していた。

「…さて、まずはこの天狗どもからか」

 葵は立ち上がり、天狗と向き合う形を取った。相手は三人。

「くそっ、こんな力があったとはっ。こうなれば」

 天狗の一人が葵に向けて刀をつき出してきたが、葵は左手に持っていた白桜で防ぐと槍の尾で天狗を突き飛ばす。

「私に手を出したのが最後だったな。何故子どもを誘拐したか、詳しく聞かせてもらおうじゃないか」

 刃をゆっくり天狗達に向ける。

「私は今、機嫌が悪い」

 その通り、葵の周りには風鳥が作り出すが風が強風となって渦を巻いている。

「くっ、教えるわけにはいかぬ!」

 すると、二人の天狗はその翼を使い宙に浮くと、そこから大風を起こす。

「こんな猫だまし…」

 かき消してやる。そう思い白桜を構えたのだが、ふと後ろか少年の気配が消えた

 振り返ってみると、少年は強風のせいで後方に飛ばされていた。地面に手をつき必死に風をこらえている。

 それもそのはず。幼い子どもにこの風は強すぎる。いや、普通の人間には強すぎる。

「今すぐ助ける!」

 少年の救助のために足の向きを変える。やっとの想いで見つけ出したのに、ここで失いたくない。神社で泣いていたあの女性のニの前にはさせたくな。

 手を伸ばして少年の手を強く握り手繰り寄せた。

「すまない、怖い想いをさせた」

 少年は思いっ切り葵の服の裾を握る。それを見た葵は少年が無事なこと確認出来た。しかし、安心出来たのも束の間。

「まだまだ甘い!」

 少年を抱きしめた時、ぐさりと鈍い音が左肩から聞こえた。それと同時にじわじわと左肩が熱くなり、深紅の赤が白の服を染めていく。

 痛みを感じたのはその後だった。

「うぐっっっ!!!」

 顔を上げた少年は葵の左肩を見て絶句した。何故なら、葵の左肩には鋭い刃が突き抜けていたから。

「ここにいる天狗は二人ではないわ!!我もいたことを忘れるでない!」

 風鳥の姿は消え、天狗による大風も止み、上空にいた天狗も地上に降りて来た。そして、再び鈍い音を立てながら刃が抜かれた。

 その刃の元とたどれば、そこに立っていたのは葵が突き飛ばした天狗だった。

 少年に寄りかかることなくなんとか耐える葵だが、左手に力が入らず持っていた白桜は音を立てて地面に落ちた。その音がやけに響く。

「お姉…ちゃん?」 

 ピクリとも動かない葵を不審に思ったのか少年は葵に声をかけるが、葵が反応するころはなかった。

 否、反応する余裕など、どこにも存在しなかった。

 痛みが左肩から全身へと伝わっていく。次第に痛みのあまり意識までもがもうろうとし始める。

 熱くて、熱くて。全身が燃えるようだ。

 相手は自分よりも数が多かったにも関わらず、力で押し切ろうとしたのが間違いだったと、今になって後悔する。だが、もう遅い。

「やっと大人しくなったか。連れていくぞ」

「この小僧はどうする」

「放っておけ」

 天狗の一人が葵の体を持ち上げる。その衝撃で痛みが強まり、その痛みに葵の顔がゆがむ。それを見ていた少年は立ち上がろうとするが、天狗の威圧に押され、体が動かない。

「行くぞ」

 飛び立とうと翼を広げる。

(私一人でどうにかなるなど…甘かったか)

 瞼がゆっくりと閉じていく中、やけに少年の泣き声が頭の中に響いた。

(すまない…紫貴)

 瞼が完全に閉じる、その直前、葵は少年の隣に今までこの場にはいなかった人影を見つけたが、瞼が再び開くことはなかった。




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