九話 詰めろコンパチブル

「ごめんなさい!」


 俺は後ろを向くと、みちるが長く伸びた髪を垂らしながら頭を下げている。

 謝るようなことがあるのか俺は見当も付かなかったのでとりあえず、みちるの頭を上げさせる。


「えっと……頭、上げてくれよ。謝られるようなことは何もなかっただろ?」

「いえ、鍵を開けたまま家を出てきてしまったので……ごめんなさい」


 そう言ってみちるは頭を下げたままの姿勢でいる、俺は怒ってもいないし実害がある訳じゃない、ただ鍵を閉め忘れただけのことだ、だからそんなに気にすることじゃない。

 それに今の俺達の状況を考えると勝手に入ってくるような人は居ないだろう、しかも俺は部屋の鍵を渡してる訳でもない。

だからこれはしょうがないことなんだ、と説明するとみちるはまだ苦々しい顔をしながらも頭を上げてくれた。


「まぁとにかくだ、あの変な玉のことが少しは分かったけどさ。じゃあみちるのはどんな能力なんだ?」


 相変わらず風通しのいい部屋へと入った俺はハンガーを使いながら上着を壁に掛けて、みちるの方を向いて聞く。

だがみちるは暗い表情のまま玄関に立ったままだ、俺は何か不味いことでも聞いたのかと心配になった。


「そんなに言いずらいことなのか? それともやっぱり隠したいことなのか」

「いえ……隠し事はもうしないって、約束しましたから」


みちるは覚悟を決めたような顔で喋りだした。


「そうか、ありがとうな」


 これでやっぱり言えません、なんてなれば昨日約束をした意味もこれからの信頼関係も無くなってしまう。

 それでも俺自身がみちるを信じると決めたんだ、もしも喋れませんと言われてももう追及する気は無かった。

 だからこそ、ここでみちるが話し出してくれたのはとても嬉しかった。

 俺たちは机を挟んで対面になるように座って本格的に話を始める。


「こちらこそすいませんでした、それで私の能力は……“死”です」

「シ? 生きる死ぬの死ってことか?」

「はい、私のスフィアは人に対して死を与えることが出来ます」


 ねねの“雷”に対してみちるは“死”と言った。

 みちるもねねと同じような……というよりも物理的に目に見えるような能力だと勝手に思っていた。


「死を与えるって、そんなの強すぎるんじゃないのか?」


 つまり生物なら何でも殺せる、それどころか無機物も同じかもしれない。

 そう考えているとみちるはいいえ、とすぐに否定してきた。


「このスフィアはその能力の特殊さから完全に適合出来る人間がまず存在しない、したとしても私のように適合率がそもそも高くないんです」

「でも誰でも殺せるってことだろ?」

「そんな単純な話しじゃないんです、死を与えるというのは不死の存在に死を植え付ける。または死ぬ為の直接的な要因を与えるという能力なんです」

「えっと……それはつまり、誰でも殺せるっていうのと同じじゃないのか?」

「いいえ、その為の状況や条件が揃っていないと駄目なんです。例えば印嘉さんと初めて会った時だと転落死という結果が死因としては一番可能性が高かった。他にも焼死、溺死、感電死などいくつか候補はあった筈です、それでも印嘉さんの身体は外へと飛んでいきました」


 つまりは玉の能力で直接殺せる訳じゃなくて、死ぬ直前の状態にまでは持っていける、将棋やチェスなら王手やチェックみたいなものという事だろうか。


「じゃあその玉で直接殺せるって訳じゃないのか……ん? でもねねの時は攻撃が当たって身体が消えていってなかったか?」


 俺はねねが消えていった時のことを思い出しながら質問を繰り返していく。


「それはまず私たちの、使徒の身体のことから説明しないといけないんです。私たちは基本的にバックアップを用意してあって、今の身体が傷付いたり何らかの要因で動けなくなったりした時に自発的にデリート出来るようになってるんです」

「デリートって、自分を殺すってことじゃないのか?」


みちるはそんな大袈裟な話しではないんですけどね、と笑いながら言う。

でも俺にはそんな簡単な話しには聞こえなくてどうしても気分が重くなってしまう。


「一言で言っちゃえばそういうことですね」

「そういうこと……って、だって自分で、なんて」


 みちるがあまりにも軽い口調で喋るからか、俺がおかしいことを言っているんじゃないかという気持ちになってきてしまう。

 でもやはり自らの命を消すというのは怖いのが当然なんじゃないのだろうか、そう考え込んでいるとみちるはフォローするみたいに話しを続けてきた。


「バックアップがあるのでデリートする直前の記憶もそっちに転送出来るんです、だからただ身体を移し替えるだけですよ。まぁ身体を作り直すのに少し時間が掛かっちゃうんですけどね」


 俺はみちるの話しにだんだんと恐怖を感じながらも今聞いた話しをまとめながら答え合わせをする。


「だけって言っても……あ、じゃあねねはまだ死んではいないってことなのか?」

「そうなります、まだ記憶を移している段階だと思うのでもう少しは安全だと思いますよ」


 それはもう少し後になったらまた危険になるということなんじゃ、というのは胸の奥にしまいながら必死に頭の中でインストールを進めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る