七話 リーブ24h

 どうしてみちるがここにいるのか、書き置きには『夕方に帰る』と書いておいた筈だから外まで探しに来る必要もなかっただろうに。


「みちる? どうしてここに?」

「印嘉さんの情報を辿りながら探しに来たんです! 私が寝てる間にいつの間にかいなくなってますし!」


 みちるは迷子になった子供を叱るような口調で俺へと怒りをぶつけてきた。


「そっちが勝手に俺の布団で寝るからだ、他に用意なんてしてないから仕方ないだろう」

「う……で、でも攫われたりしたんじゃないかって心配したんですよ!」


 俺が反論するとみちるは言葉に詰まるが自分の主張が正しいとばかりにまた俺へと噛み付いてくる。


「誰にだよ……大体書き置きしてあったろ、今日は短めのシフトだったから夕方には帰るって書いた筈だけど見てないのか?」

「えっ……見てないです」


 おそらく近くに俺がいないからって家を飛び出してきたんだろうな……悩みながら書き置きした意味がなかったと思うと、途端に気疲れが襲いかかってきた。


「と、とにかく! 勝手に何処かへ行っちゃう方が悪いんです!」


 この有意義な議論でみちるは引く気はないらしい。

 このままでは埒が明かないので、俺は溜息を吐いてとりあえず一言謝っておきながら周りの様子を見る。

 みちるが来てから俺たちはずっとカウンターの内と外で騒がしく話しをしていたが、隣で備品の補充をしている大橋さんや店内にいる数人の客は一度もこちらを見てくることはない。


「なぁ、ちょっと聞いていいか」

「なんですか!」

「まだ怒ってんのかよ……」

「……怒ってないです」


 話しを変えたいのもあったが、みちるがこのままだと質問することもままならない。


「さっき謝ったじゃないか」

「ですからもう怒ってないです」


 そう言うみちるの顔はまだ不機嫌そうに俺を睨み付けている、俺は諦めて強引ながらも話を変える。


「分かった、じゃあこの話はもう終わりだ」


 みちるはこちらを睨む顔を変えないまま、不機嫌そうに一言はいとだけ返事をしてくる、一応聞くつもりはあるみたいで俺は少しほっとした。


「それで、俺たちがこれだけ騒いでるのに周りに気付かれてなさそうなのはどうしてなんだ?」


 思い起こせば昨日の夜から――――そう、漫画喫茶の無愛想な店員たちと、大橋さんに荻倉さんの俺への反応を考え直してみると無視されている、というよりも認知されていない、俺自身がまるでそこに存在していないかのような扱いだったのだ。

 店員たちには強めの口調で話し掛けてやっと気付いて貰えたが、主婦の二人はすぐ隣に俺が立っていたのにも関わらず全く気付いていなかった。

 それに二人の話しぶりからすると、昨日の夜中に店長からの連絡が来ていないとおかしいことになる。

 マンションの管理人さんからも連絡は来ていないが、もしかしたらこちらも連絡が取れずにいて、心配してくれているかもしれない、それに部屋には大きな通気口が出来てしまっているのでこちらも聞かなければいけない。

 また後で二人には連絡を入れてみようと決めていると、みちるは何度目かの話しを持ち出してきた。


「それは昨日も話した通りです、とりあえずは印嘉さんの部屋に戻りましょう」


 その言葉を聞いた俺はまたはぐらかされていると感じて少し頭に来てしまった、大人げないとは思いつつもつい責めてしまう。


「みちるはそればっかりじゃないか、昨日も話しをするって言ってたけど戦い始めるし、それが終わったら話しはここまでとか言って説明途中で寝始めるし、まぁ戦い始めたのは向こうが襲ってきたからだし、俺も時間的に寝なきゃいけなかったから仕方なかったが。だからとは言え今もここで説明しない理由はなんだよ、家に戻ってまた別の話しを持ち出すつもりなのか?」

「そんな! そんなつもりじゃ、なかったのに……」


 俺に立て続けに責められたみちるは悲しそうな顔で俯く、俺はそんな顔をさせるつもりはなかったのだが、自分の短絡さに後悔する。

 女の涙には勝てないと言うが涙が出ていなくても男は勝てないのだろう、今のは俺の言い方が悪かったところも大きい。


「いや……すまん、その、こんなことを言いたい訳じゃなかったんだ、ついはぐらかされてばっかりで頭に来て……悪かった」

「あ……い、いえ、私もやっと一休み出来そうだったから、ごめんなさい」


 俺たちはお互いに頭を下げあって少し笑いあう、気を取り直してもう一度確認していこうと思う。


「それで、問題がなければなんだがこのまま話を進めてもいいか?」

「えっと、ここだとまた“使徒”に襲われる可能性があるんです。本当なら今日起きてから一緒に印嘉さんの部屋でプロテクトを作って、安全に話しをしようかと思っていたんですけど、その……もうずっと身体を休めていなくて寝て起きたらもうお昼近くて、周りに印嘉さんも居なかったので探しに来たんですよ」


 みちるは苦笑しながらそう教えてくれた、人の寝床を勝手に取っていったのはとりあえず置いておくとしてその予定を伝えてくれていればもう少し別の方法を探しても良かったかもしれない。

 ……他の代案がすぐ出てくる訳でもないのだが。


「なので、一旦戻ってプロテクト作業をしてからじゃダメですか? 帰りながらでも良ければですが話しはしますので」

「わかった……じゃあそれでもいいから話してくれないか」


 そう提案された俺は渋々ながらも、今度は大人しく頷いた。

 シフトに穴を空けてしまうのは申し訳ないが、もしまたシトとやらに襲われて店が壊れたり人に怪我させたりするのは困る、というかこれ以上損害賠償やら器物損壊やらが発生するかもしれないリスクは背負いたくない。

 俺は後ろ髪引かれる思いのままカウンターの内側から出ると、みちるへと声を掛ける。


「じゃあ、行くか」

「はい」


 みちるは返事だけすると俺の後ろを着いてくる、俺たちは自動ドアを反応させて店を出ていく。

 自動ドアが閉まる、その瞬間にも店の中から声が掛かることはなかった。

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