六話 Clear Mind

 俺は駅前にある漫画喫茶の一室で目を覚ました。

 設定してあった通りの時間に耳元で震える携帯端末を手に取り時間を確認する、シフトは昼前からなのでまだ少しだけ余裕がありそうだ。

 仕事のある日は習慣にしている朝の一服をする為のコーヒーを取りにドリンクコーナーまで向かう、綺麗に並んでいるコップの中から特に考えることもせず手前から一つ取ってサーバータンクの辺りまで進む、その途中で漏れ出る欠伸を隠すことはしない。

 だが目当てのコーヒーの前には俺より幾分か歳上そうな男の店員が、補充の為か何やら作業をしていた

 急いでいる訳でもないので終わるまで近くで待つことにするが、店員はこちらに気付いていないのかゆっくりと作業を続けている。

 もう一つ欠伸を漏らしながら他の飲み物が入ったタンクを眺めていると、作業が終わったのか店員は周りを片付けて場所を空ける。

 その時に目が合った気がしたので労いのつもりで一言どうも、と声を掛けた。

 店員はこちらに何か返すこともなく俺の横を通り過ぎていく、この店に入って受け付けをしてくれた時の若めの女店員も無愛想だと思ったがこの人もなかなかだな。

 俺は特に気にすることもなくそのままコーヒーをコップに注いで自分に割り当てられた部屋へと戻った、もう一度時間を確認してコーヒーを口へと運ぶ。

 やることがある訳でもないので置いてあるパソコンを使って、ネットニュースを眺めながら時間を有意義に浪費していく。

 ニュースを見ていると偉い人たちもまた有意義に国土問題や、少子化等の未来ある会話を交わしているのが分かる。

 そういえば俺がまだ成人して間もない頃、職場の人たちの勧めからこの一服の時間だけは煙草もふかしていた。

 いつだったか税金の引き上げがあった時に、シフトがよく被る主婦と禁煙仲間になってからは一本も吸うことがなくなってしまった、どちらにせよ店の中では火を使うことはないが。

 コップの中にあるコーヒーを飲み終わってしまったのでまた時間を確認してみる、そろそろ職場へと向かう時間が近付いていた。

 丁度いいのでこのまま出勤しよう、そう決めてトイレで身支度を済ませてから部屋のゴミを片付け終えると伝票を持って受け付けへと向かう。

 受け付けに着くと先程の無愛想な男店員がパソコンで何やら作業をしている、その隣にはその店員と同じ歳くらいに見える眼鏡を掛けた男店員が欠伸を噛み殺しながら暇そうにしていた。

 会計をしようと伝票をカウンターに置く……が二人とも動く気配がない、俺は眼鏡の店員の顔を見ながら声を掛ける。


「あの」


 ……少し待っても動く気配がない、少し苛立ちながらも今度はパソコンの方の店員へと声を掛ける。


「すいません」


 ……こちらも同じくパソコンとの睨めっこを続けている、挙句の果てには眼鏡の店員の方へと質問を始めてしまった。


「ちょっと! すいません!」


 この店に来てから苛立つことが何度かあったせいか、つい声を荒げてしまい自分でも少し驚いてしまった、悪いなと思ったがこれで二人もこっちを見てくれた。


「お会計ですね、ありがとうございます」


 ようやく眼鏡の方の店員が受け付けをしてくれた……があろうことか、まるでたった今俺が伝票を持ってきたかのような笑顔で対応をしてくる。

 この店の店員は全員こんななのかと言ってやりたかったが、怒りを抑えながらも会計をして店を出る。

 今から仕事だし切り替えていこう、そう思いながら職場へと向かっていく。

 この街は都心から少し離れているが、高層ビルはいくつかあってアパートやマンションも見受けられる、だからこそ人通りもそこそこあるし職場であるコンビニエンスストアも、駅前の大きな道から一本外れているとは言え暇とは言えないくらいの客数が毎日来る。

 今歩いている大通りで行き交う人を見ても主婦やサラリーマン、海外から出稼ぎに来ている黒人と列挙していくだけで暇な時間くらいは潰せそうだ。

 そんなことを考えながら歩いていると目的地であるコンビニエンスストアへ曲がる道が見えてきた、手櫛だが髪をある程度整えながら進んでいく。

 入口が見えてくると顔に見覚えのあるOL風のお客さんが何人か出てくる、あの人たちはこの時間に昼休憩なのだろう、すれ違いながら俺は入店音を鳴らす。


「おはようございます」


 入ってすぐにカウンターで立っている朝のシフトに入ってくれている小柄な主婦の大橋おおはしさんへ挨拶をする、裏の事務所で着替えようとカウンターへ入ると、同じ時間のシフトに入っている主婦の荻倉おぎくらさんが丁度制服に着替え終わったのか事務所から出てきた。

 こちらにも挨拶をするが二人は俺に気付いていないのかこちらに返事もなく事務所前の扉で話し出す、こんなこと朝から何度かあったなぁと漫画喫茶で居た無愛想な店員たちの顔を思い出していると、二人の主婦から気になる話しが聞こえてきた。


「ねぇ、聞いた? 桐須くん昨日から連絡取れないんですって」

「え、そうなの? 何かあったの?」

「なんかね、今日店長が深夜入ってたんだけど、お客さんから昨日の雷のせいで桐須くんの住んでる辺り、停電とか事故がいくつかあったって聞いたんですって。無事かどうか聞きたかったんだけど全然連絡繋がらなくて心配してたのよね、大丈夫かしら」

「無事ならそろそろ来るか連絡の一つもあると思うけどね、でも確かに心配だしちょっとまた掛けてみようか」


 そう言って荻倉さんが事務所に戻っていった。

 どういうことだ……?

 俺には何の連絡も来ていない、今日の朝なら電波が込み合っていた時間とも思えないし連絡だけならいくつか手段もある、それなのに一つも連絡がなかった。

 確かにこちらから連絡はしなかったが、今日店長へ報告して帰ったら管理人さんにも話しをしてみちるからあれこれ聞きだして、なんて呑気に考えすぎていたのかもしれない。

 考えてみると朝から……いや、昨日の夜からおかしなことが起こりすぎている、既に“普通”じゃないのだから。

 そう考えていると昨日から何度か聞いた声が入店音と一緒に聞こえてきた。


「印嘉さん! どこ行ってたんですか!」


 それは額に前髪をぺたりと張り付けたままのみちるだった。

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