五話 おやすみでぃざすたー
俺が星空を見ているとふわり……と少女が降りてきた。
「終わりました、さっきはありがとうございました」
「あ、あぁ」
今まで少女が戦っていたことが嘘のような静けさに、まだ呆けている俺は曖昧な返事を返す、少女は特に気にしていないようで勝手に部屋を見回している。
少女が一通り見て回って帰ってくる間に俺の頭も少しずつ現実を認識しだす。
「な、なぁ。こういうこと何度も聞いて悪いんだが、夢……じゃないんだよな」
「はい、全部現実ですよ」
少女はじっとこちらを見つめてくる、その目には夜空のような不思議な煌めきを感じた。
「そうか……なぁ、そういえばあんたの名前を教えてくれないか」
少女が戦闘は終わったというのだから少しはゆっくり出来るだろう。
俺はいつまでも固まっている訳にもいかず、先程決めていたことから少しずつ聞いていくことにした。
「名前、ですか?」
「あぁ、俺たちまだ自己紹介もしてないだろ」
俺がそう言うと少女は少しはにかんで嬉しそうな顔をする、話すことが好きなのか少女に興味を示したのが嬉しかったのかは分からないが、喜んでいるならそのまま話しを続けようと思う。
「俺は
「いんか、珍しい名前ですね。」
「まぁそういう反応だよな」
俺の名前を聞いた全員がほぼ同じような反応をする。
まだ小さかった頃はこの名前でクラスメイトたちにからかわれたりもした、そのことで喧嘩の一つや二つ起きるのはよくあった。
だけど今となっては覚えてもらえやすい等の良いこともあることに気付いたし、授業の一環で親に名前を付けた意味を聞いた時には大事にしようと思ったからというのもある。
「しるしの印に、嘉は吉の下に茄子の茄で嘉だ」
「すぐには出てこないですね……すいません」
少女は申し訳なさそうに頭を下げてくれたが、これも昔からよくあることで俺は特に気にしていないので頭を上げさせる。
「謝らなくてもいいよ、そんなすぐに出る人見たことないからさ」
「はい……」
礼儀正しいというかまだ距離があるというか、とにかくこちらの紹介は終わったので本題である少女の名前を聞くことにする。
「それで? そっちはなんて名前なのか教えてくれるか?」
「あ、はい、私は
「みちる……だと少し馴れ馴れしいか。柚田さん、でいいかな」
俺は独り言のつもりで言ったが、それを聞いていたみちるは笑いながら俺の顔を覗き込んだ。
「ふふっ、みちるでいいですよ」
「え、でも」
俺はみちるとの距離感をまだ掴めずにいた、そこでみちるからそう言われてもじゃあ……なんて簡単に言っていいものか。
自分もまだまだ若い筈なのに、最近の若い子の考えはよく分からないなんて思ってしまったのは老いの始まりなのだろうか。
「みちる、でお願いします。私も印嘉さんって呼びますからね」
みちるが強引ながらも、もう一度念を押してくると俺は折れるしか選択肢はなかった。
「分かったよ、みちる。これからよろしくな」
「はい! よろしくお願いします、印嘉さん」
嬉しそうなみちるの顔を見るとこれで良かったのかもしれないなんて思いつつ、ほだされているなと自覚してしまう。
でもそれもいいのかもしれない、これからのことをみちるに賭けたとも言えるのだから。
そして俺は名前の次に聞こうと思っていたことを恐る恐るみちるに聞いてみる。
「それでなんだが、この部屋って……直せたりする?」
何度も言うがそういう“もの”としては直せたり直せなくても何処かに休める場所の心当たりがあるのが定番だ。
個人的には部屋を直してもらって、みちるをこの辺りなのか分からないが自宅へと送ればいいと思っている。
それが出来ないのなら一日くらいは満喫で我慢してもらうしかないだろう、だがみちるから出た言葉は悲しい現実を突き付けてきた。
「すいません……直すことは出来ないです」
「そうか……」
そう上手くは進まない、そんな気もしていたがやはり二次元の世界ではないという
「じゃあ、この空いたままの壁はどうしようか……」
「えっと、私たちが戦った後は普通の方には自然災害のような形に見えるみたいです、だから大丈夫だと思います」
頭を悩ませているとみちるはフォローのつもりなのか励ましてくれた、何が大丈夫なのか全く分からないが。
……だが気になる話題が一つ出てきた。
“普通の”とはどういうことだろうか、みちるが言っていた“適合”とか“因子”とかの話しになってくるのだろうか。
「なぁ、その普通のってのはどういうことだ?」
「それは『使徒』や『主』となる存在以外の人間のことです」
「シトとシュ? 分からないことだらけだな……」
みちるが言うことが真実かどうかはこの際置いておく、だが言っていることが理解出来ないことが余りにも多すぎる。
……会った当初からずっとこんな感じで頭を悩ませ続けているな、なんて心の中で苦笑する。
顔に出てしまっていたのかみちるは不思議そうな顔でこちらを見てくる。
「いや、何でもないよ」
俺は誤魔化すかのように笑い返す。
「そうですか? じゃあ説明は明日にして、ひとまず今日はもう時間も遅いですし……」
みちるはそう言うと俺のベッドに身体を潜り込ませていた。
「おやすみなさい、印嘉さん」
そう言うとみちるからはすぐに穏やかな寝息が聞こえてきた。
――――っておいおい、今日会ったばかりの
『据え膳食わぬは』『美人局』なんて言葉たちが出てくる余裕がない程、俺の頭の中は混乱していた。
いきなり男の部屋で寝る奴がいるか、人のベッドを取る奴がいるか、こんな状況を人にでも見られたら等々、文句はいくつか出てきたが明日の仕事を考えると俺もそろそろ寝ておきたい。
だがベッドはみちるが勝手に占拠してしまっている、道徳的にもそこに潜り込むなんてことは当然出来る筈もない。
「はぁ……」
口を開けば文句しか出そうにないが、まだ成人もしていなさそうな少女に当たり散らすのも大人げない。
そこまで財布に余裕のある訳でもないが、今日は駅前の漫画喫茶かカプセルホテルにでも泊まることにする。
書き置きだけしておけば朝起きた時にでも分かるだろう。
『今日は何処かに泊まって仕事へ行く、帰るのは夕方になる、朝と昼は部屋にあるものでもいいから勝手に食べておいてくれ』
机の上に書き置きを置いて、近くにあった空調機のリモートコントローラーで何処かに飛んでいかないように抑えておく。
「これでいいかな」
そして俺は薄めの上着を一枚羽織ってまだ少し肌寒い夜の中、駅前に向かって歩きだした。
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