四話 招来サンダー(後)
俺は少女を見送ると、すでに少し小さくなってきた玉の維持とやらを意識する。
膜と言っていたがどんなイメージでもいいのだろうか、とりあえずシャボン玉に空気を入れるイメージで玉の大きさを膨らませていく。
するとすんなりと大きくなり、俺の身長がなんとか入るサイズだったのがもう、頭一つ分くらいの余裕が出来た。
これならあの少女は随分と余裕が出来ている筈だ、この玉の大きさが同じになるのならだが。
……少女と言えば、俺はあの少女の名前すらまだ知らないことに気が付いた、聞く暇もなかったとは言えいつまでもあんたなんて呼ぶのは失礼だろうし、落ち着いたらまずは名前を聞こうと心に決めた。
そしてそのまま玉の維持に少し意識を割きながら外へ飛んでいった少女の方を見ると、少女の入った大きな透明の玉の周りに新しく、バレーボールほどの大きさの玉が二個浮かんでいた。
同じようにねねの方にも小さな玉が見える、こちらは野球ボールくらいの大きさで少女の玉よりも少し小さいが数が五個と多い。
二人ともあの玉を使って戦うのだろうか、そう思っているとねねの方から動きがあった。
周りに浮かべている小さな玉から次々と電気のような光が走り少女を襲っている、それに対して少女は避けようと動くがねねの攻撃の方が早いのかいくつか避けきれずに玉に当たっている。
今度は苦しそうにしていないのを見ると、案外大丈夫なのかもしれない。
二人が戦っているのをじっと見ていると玉の維持が疎かになってしまい、気が付くとまた自分の身長と同じくらいの大きさへと縮んでしまっていた、俺は慌てて玉の方へ意識を集中させる。
「なかなか面倒なんだな、これ」
玉の大きさを元に戻しながら一人で愚痴っていると雨天の空から本物の雷様の轟きが聞こえてきた。
気になって外を見てみると、ねねの入っている大きな紫の玉の周りを、小さな玉たちがねねの頭上に弧を描くように半円に並び、数珠繋ぎのように全ての玉と玉を光で繋げていた。
そしてねねは両腕を上に伸ばして右手と左手の甲を重ねていた、見た目だけで言えば子供が背伸びをしている、そんな可愛げのある光景に見えなくもない。
だが周りの光が発する強烈な破裂音と同時に発光する五つの玉が、ねねの姿を本物の雷神と見間違えるほどの存在感へと変えていた。
少女の方を見てみると逃げることをやめたのか、二個あった小さな玉を前に集めて高速でぐるぐると回転させながら両手を前に突き出している。
あれで防御出来るのだろうか、見ているこちらが心配になってくるが俺に出来ることは何もない、精々言われた通りに玉の維持をするくらいだ。
玉……この玉を厚く出来るのなら多少なりともマシになるのではないか。
そう思い付いた俺は急いで目を閉じて意識を玉に集中させてイメージを固めていく。
――――厚く、シャボン玉からガラス玉へ。
――――厚く、ガラス玉から鉄球へ。
――――厚く、鉄球からダイヤモンドへ
ある程度イメージが固まったと思った瞬間にねねの声が唸る。
「受けよっ!」
ねねの入った玉から目を覆いたくなるほどの強い光が発した瞬間、ねねの上に浮かんでいる玉から五匹の紫の“龍”が咆哮しながら少女へと伸びていく。
俺がしっかりと目を開いた時にはもう、少女は龍たちに飲み込まれていた。
そして何秒という短い時間、龍たちが通り過ぎていった後に感じたのは鼓膜が破れたのではないかと思うほどの無音と、一瞬だけ遅れてやってきた頭の奥に残るような耳鳴りだった。
少女はどうなったのか……急いで少女のいた場所を確認すると、少女は驚いた顔をしていた、俺から見る限りでは特に痛そうには見えないので胸を撫で下ろす。
すぐにねねの方も見てみるとこちらも驚いたような顔をしていた、そしてそのまま見ていた俺とねねの視線がぶつかる。
先に我に返った少女が、その一瞬の隙を突いてねねに向かって突撃していく。
少女が叫びながら、さきほど防御に使ったであろう小さな玉をねねに投げ付ける。
「これでぇっ!」
「なんじゃと!」
俺の方を見ていたことで、ねねは少女の攻撃に対応出来ずに直撃を受けていた。
少女の小さな玉とねねの入った玉でぶつかった衝撃が雨風と一緒に俺にまで届いてくる、そしてねねは意識がないのか周りに飛んでいた小さな玉もねねを覆っていた大きな紫の玉も消えて、ここからでも屋上が見える施設の屋上へと落ちていった。
屋上に設置してあった貯水タンクにねねがぶつかり倒れ込む、ぶつかった衝撃で穴が開いたのか大量の水が流れ出ているのが見えた。
そのまま何分か経ってもねねが起き上がる気配がない、それでも少女は警戒したままのようで俺も倒れたねねから目を離せずにいた。
するとねねから光の柱のようなものが現れて、雲が晴れて雨が止んでいく。
それでもまだ注視しているとねねの身体が段々と光の粒子になり空に消えていった、何日かぶりの星空が俺の目に映る。
ねねの身体が完全に粒子になって空へと昇っていき目で追えなくなると、今までのことは何事もなかったかのように静寂が俺を迎えていた。
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